女子二人、現代ダンジョン、森の中
@seidou_system
第1話 このお人よし!ヒーロー気取り!!おっぱいのついたイケメン!!!
「おんまりしえいそわか おんまりしえいそわか おんまりしえいそわか……」
印を組み一心不乱に摩利支天真言を呟く私の前を、黒い毛皮の虎がのっそりと通り過ぎていく。
追いかけていた獲物を二匹とも見失って怪しんでいるのだろう。ゆっくりと頭を巡らして辺りを見回している。気付くなよー、気付くなよー。よーしいい子ですから、あっちいけー。
(ねー、ヒカリン。いま奇襲しかけて倒す方が楽じゃない?)
耳元で不意に囁かれてゾクッとする。なんかいい匂いもする。ホントに私と同じシャンプー使ってるのか疑わしい。絶対アキさんはフェロモンとか出してるに違いない。
ともあれ今真言と結印を止めたら隠形術の効果も切れてしまう。だから奇襲の提案には首を横に振って答えた。
私達じゃ勝てない、とは思わない。けど無傷ではすまないし、倒して得られる素材も必要ではない。戦わなくてもいい相手ならやり過ごすに限る。そういう事でアキさんも納得したはずだけど……。ジッとしてるのに飽きたのかな。活動的な彼女はどうにもこういう潜伏みたいな事に堪え性がない。
膝立ちで隠形術に集中する私の背中に半ば被さるようにしてアキさんは身をかがめていた。近い方が術の効果が大きいからこうなるのは合理的なんですけど!でも鎧越しに伝わる体温とか!緊張のせいか耳元で荒くなる吐息とか!いい匂いの髪の毛とか!そういう目覚めそうなの止めてほしいんですけど!止めてほしいんですけど!
言いだしそうになる自分をこらえて術に集中する。黒虎が通り過ぎるまでの短い時間。おそらく一分もかかっていないだろう、とても長く感じる時間が過ぎ。戻ってこないだろうと確信できたとき、やっと私は術を解いてその場にへたり込めた。
「……っかれた~!!」
「お疲れヒカリン、立てる?」
そういって先に立ったアキさんが手を差し伸べてくれる。残念ながら素手じゃなくて鋲打ちの革手袋だけど。鉄片仕込みの皮鎧(ブリガンダイン)を身に纏い両手持ちの大剣(ツヴァイハンダー)を肩に担ぐ傭兵スタイルに、長い金髪と整った顔が乗ったアキさんの見た目は見慣れていても奇妙に映る。ソシャゲのキャラみたいな非現実感。SSR。☆5。幾らで天井に届きますかね?
そんな彼女の手を取り、息を整えながら立ち上がる。私は彼女と違って軽装……といっても肌の出ない春秋の登山装備ぐらい。術の都合で両手がふさがるので武器も盾もなし。地味なアウトドア系女子のなりなので、アキさんと並ぶと「RPG系ソシャゲに日常系アニメがコラボした絵面」に見えてしまう。どんなゲームだ。
「さて、じゃあそろそろ移動しますか。コレが理由で魔物に狙われたなら早めに消費しちゃいたいですし」
「う~ん、今更だけどさ。やっぱ倒しちゃった方が良かったんじゃない?BBQしてる途中に来たら厄介だし」
「それを言い出したらアイツじゃない別の魔物が来る可能性の方がよっぽど高いですよ」
「それはそうなんだけどぉ」
「? 妙にゴネますね。何か気にかかる事でも?」
「気になるというか、ヤな予感が……」
「ひぎゃあああああ!?」
アキさんの声を遮ったのは、男性の悲鳴だ。そう、それは黒虎が歩いて行った先から聞こえた。私が(まさか?)と思っていると、金髪をなびかせてアキさんが走り出す。
「ヒカリン、行くよ!」
「ああ、もう!」
この〈森〉、達川町ダンジョン2層目。つまり現代ダンジョンの中にいるなら、あの悲鳴上げてるのも冒険者でしょうに!!このお人よし!ヒーロー気取り!!おっぱいのついたイケメン!!!
クーラーボックスをおいて彼女を追いかける。おいていかれないように。
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