第10話




 単身者用の貸し部屋に連れ込まれて、「タオル持ってきます!」と奥の部屋にフォクシーが姿を消したところで「これはまずいのではないか」とモニカは気づいた。

 未婚の女性が未婚の男性の部屋に入るなど、婚約している仲でもない限りあり得ない。


(まずい、よね……人に見られないうちに出て行かないと……)


 モニカが慌てだした。

 その時だった。


「フォクシー! あんた、いい加減に花祭りのことちゃんと決めなさいよね!」


 入り口が開けられ、モニカより少し年上らしい茶髪の美人が入ってきた。


「え?」

「あら?」


 モニカをみつけて目を丸くする。長い髪の大人っぽい女性だ。

 お互いに言葉をなくして、しばし見つめ合う。


「モニカさん! お待たせしました……って」


 タオルを抱えて戻ってきたフォクシーが、女性を見て慌てた表情を浮かべた。


「お前、何しに来たんだよ!」

「はあ? アンタがいつまでもぐずぐずしてるから、わざわざ来てやったんでしょうが! 花祭りの花ぐらいビシッと決めなさいよ!」

「ばっ……」


 女性が怒鳴り返すと、フォクシーは顔色を変えてモニカを見た。


「……!」


 ようやく頭が働き出して、モニカはわなわなと震えた。


「モニカさんっ、これは……っ」

「わ、私、帰るっ!」


 モニカはぱっと身を翻してその場から逃げ出した。後ろからフォクシーの声が負ってきたが振り返らなかった。

 走って走って家まで辿り着くと、びしょ濡れのモニカを見て母親が驚いた。

 走ったせいで汗もかいて、頭は熱いのに背中は寒かった。

 モニカは心配した母親に風呂場に押し込まれたが、着替える気にもならずずるずると座り込んだ。


(綺麗な人、だったな……)


 どういう関係なのだろう。部屋にまで来る仲で、花祭りの花の話をする相手……


(そんなの、本物の恋人しかいないじゃない……)


 フォクシーが女の子に言い寄られるのを嫌がっていたのは、本命の彼女がいたからに違いない。

 モニカに「恋人のふり」を持ちかけたのは、友達に見栄を張っているモニカを見て同情したからだろうか。それとも、何か事情があって、本命の彼女と付き合っているのを公表できなかったのかもしれない。

 でも、花祭りで花を贈る話を二人でしているのなら、もう二人の間には何も障害がないのだろう。

 綺麗で大人の女性だった。フォクシーとお似合いだ。


(私なんかより、ずっと……馬鹿だなぁ。何を傷ついてるんだろう。初めから、私があんまりにも惨めだから同情して付き合ってくれていただけなのに)


 ぼろぼろとこぼれ落ちる涙を拭って、モニカはずきずき痛む胸を押さえてうずくまっていた。


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