第19話 新しい飼い主が見つかって里親のところで暮らしているよ

 しばらくすると、出港時間を調べに行った猫が戻ってきて、

「午後三時に出港」

と伝えてくれた。会戦かいせん時間を考慮すれば、正午までに敵を見つける必要がある。

「できれば、夜戦やせんに持ち込みたい」

と、あたしが独りちると、黒猫クーが、

「どうして?」

と訊ねた。あたしは指折り、

「猫の強みは、七つある。柔軟な体。すばしっこい動き。走るスピード。ジャンプ力。するどい爪。よく聞こえる耳。夜でも見える目」

「そうだね」

「これらの強みのうち、夜目よめくのは、夜だけ」

「やつらだって、暗視ゴーグルを付けているよ?」

 すると、もの知り猫のリューが、人差し指を立てながら、

「暗視ゴーグルは、静止した目標を探すのに適していますが、動き回る標的ひょうてき捕捉ほそくするのに向きません」

「どうして?」

被写体ひしゃたいが動くと、映像がブレるからです。機械の目を通して見る限界です」

裸眼らがんで見るのとは違うんだね」

「はい。それに、映像がフルカラーではなく、緑の単色で見えますから、物体を、濃淡のうたんで見分けなければなりません」

「僕たち猫も、暗闇では、白黒テレビのように見えているけど?」

「慣れの違いです。人間には、フルカラーが当たり前。一方、夜の猫は、モノクロで当たり前」

「それなら、確かに、見づらいだろうね」

「さらに、約一キログラムのゴーグルを頭部に装着しますと、頭が重くて、バランスを取りにくくなります」

「だいたい、千ミリリットルのペットボトルを、頭に付けて、動くようなものね」

「また、人間の目は、遠くを見通すのに適していますが、光量の少ない夜ですと、遠くまで見えませんから、不利です」

「その点、猫は、遠くは見えないけど、近くは、少ない光量でも、よく見えるもんね」

「そうです。猫の目は、夜間の狩りに適しています」

「かなりハンデがあるね」

「最大の難点は、視野です。人間の視野は、左右あわせて二百度ですが、暗視ゴーグルを付けると、四十度までせばまります」

「五分の一?」

 あたしはニヤリと笑って、

「横や後ろから攻撃されたら、見えないってことさ」

と付け加えた。それなら、楽勝。

「接近戦になれば、重い暗視ゴーグルが、かえって邪魔になるはず」

 そこへ、伝令が戻ってきた。

「敵、発見!」

 伝令の話によると、敵の三人組は、島の中心部に位置する火山付近にいるらしい。

「他に、情報は?」

 ボス猫のハローが、身を乗り出して訊ねた。

「被害者は、出ていない模様」

「なんで分かるんじゃ?」

「猫の子一匹見つからねえ、と文句タラタラの様子」

「おうおう、探しても見つかんけぇ、カバチもんくたれるしかありゃせんのじゃろが」

 あたしも身を乗り出して、

「他に何か言ってなかった?船が、どうとか」

 伝令は、首をひねり、一生懸命、思い出そうとしていたが、やがて、

「そういえば、夕飯どうするとか」

「それよ!よく思い出して」

「えっーと。夕メシ、どうする?屋台のジャンクフードは飽きた。それじゃあ、旅館でメシ食う?旅館のメシは高いだろ。じゃあ、湯治場とうじばに帰って自炊する?仕方がない、そうしよう」

「湯治場に泊まっているんだね?」

 決まった。やつらは、今日の船で帰らない。次の定期便が来るまで、最短でも一週間は滞在する。

「決戦は、今夜。猫ヶ原ねこがもりにて。そう、みんなに伝えて」

と伝令に頼んだ。

「やつらが移動したら、常に、居場所をとらえておいてね」

 伝令のハンゾーは一言、

「承知」

と短く答え、消えるように去っていった。

「それじゃ、作戦開始まで、寝て、体力をたくわえておいて」

と、あたしは、見晴らしの良い大木を登り、太い枝の上に座った。黒猫クーも、あとをついてくる。

「ミー姉ちゃん、一つ聞いてもいい?」

「なに?」

「どうして、人間を嫌うの?」

 あたしは不意を突かれ、うろたえた。

「そんなつもりじゃ……」

「そうかな。思い過ごしかな」

「そうよ」

「僕は、人間のところで生まれて、途中まで人間に育てられて、母親と一緒に捨てられたけど、人間に拾われて、ここで人間と一緒に暮らしているから、人間を嫌う気持ちが、分からないんだ」

「そう」

「だから、どうして、人間を嫌うのか、教えてくれない?」

 あたしは、話題を変えたくて、答えずに、

「お母さんは、どうしたの?」

と問い返した。

「新しい飼い主が見つかって、里親のところで暮らしているよ」

「あんたは一緒じゃなかったの?」

「まだ、僕が小さい頃だったから、大きくなるまで、この島で育てるって約束になっているみたい」

「じゃあ、いつか、お母さんと一緒に暮らせるのね」

「うん」

「良かったじゃない」

「うん。そんな人間を、僕は好き」

 黒猫クーの体験談を聞いたあたしは、つい、

「あたしは、嫌い」

と、本音を漏らしてしまった。

「やっぱり!そうだと思っていたよ。どうして?」

と問われて、答えるのに躊躇ためらっていたが、意を決して、

「あたしの夫が、人間に、殺されたからさ」

「え?」

「ショーに生き写しなアメリカンショートヘアの優しい猫だった」

「……」

「名前も同じショーだった」

「うん」

「通い婚だから、あたしが夫の家へ行ったり、夫が来たり、結婚してから、十一歳になるまでの十年間、仲むつまじく暮らしていた」

「うん」

「ところが、ある日、夫の飼い主が、夫のショーを、車で、動物愛護センターへ連れて行ってしまった」

「え?」

「新しい引越し先では、猫を飼えないという理由で」

「な……」

「たった、それだけの理由で、あたしの夫は、ガス室に入れられ、もがき苦しみながら死んでいった」

「……」

「それでも夫は、飼い主を恨んでいないと思う」

「うん」

「楽しかった飼い主との十年間を思い出しながら、笑って死のうと思ったはず」

「……」

「安らかな死に顔だったと信じたい」

「……」

「そう思うと、やりきれない気持ちで、胸がつまるのさ」

「そうだったの」

「そんなあたしが、どうして、人間を好きになれる?」

と、一気に打ち明けた。それを聞いた黒猫クーは、

「ごめんね。つらい過去を、思い出させちゃったね」

と謝り、しばらく、沈思黙考ちんしもっこうしていたが、やがて表情を明るくして、

「強みで戦うって言ったよね?」

「そうだよ」

「僕も、僕なりの、強みで、戦う」

「え?」

「ローコーの所へ行く。それじゃ」

と走って行った。

 ボーッ

と船の汽笛が鳴る。出港が近いようだ。

 雲が低く垂れ込めた埠頭に、乗船客が続々と集まって来ては、順序よく、船へ乗り込んでいる。

 やがて、船は埠頭を離れ、港を出、暗雲あんうんが迫り来る海のはる彼方かなたへ消えていった。

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