第18話 猫ヶ島の喧嘩いうたら二つしかありゃせんのでぇ

「まーた、喧嘩けんかの相談してんじゃないだろうね?お前たち」

と、女医が、一匹のブチ猫を抱いて入ってきた。

 太い眉毛のシールを貼ったのか?と見紛みまごうほどクッキリした極太眉ごくぶとまゆだった。

 抱きかかえられているブチ猫ブーは、牙をむき出しにして、キティ組のボス猫ハローへ、

「てめえ。よくも、オレ様の縄張りを、荒らしやがったな」

と食ってかかると、ライバル関係にあるらしいボス猫ハローも、

猫ヶ島ねこがしまに、大将は、二匹も、りゃせんのじゃあ」

「だったら、てめえが子分になりやがれ」

「ゴロ売るなら、もちっとマシな売り方せえや」

「余裕かましやがって。退院したら、ブッ殺してやる」

るんなら、今ここで殺りないや。能書のうがきはらんよ」

「こちとら忙しいんだよ。これから避妊ひにん手術でな」

「避妊?ふん。おまえみたいな馬鹿とは、話しする気もせん」

ののしり合っている。すると、白衣の女医が、

「ニャーニャーうるさーい」

しかった。

 小柄で若い女医だが、言動が粗暴そぼうで、男まさりで、汚れた白衣をだらしなくはだけ、そのくせ、化粧は完璧だった。

「ほらほら、ボス猫ハローたちは出て行きな。これからブチ猫ブーを手術するんだ。どけ」

と、足で蹴散らす真似をした。その足を避けながら、あたしは黒猫クーに、

「誰だい?あいつ」

と訊いた。

「ゲーだよ。ドクトル・ゲー」

「ドクトル?ドイツの獣医?」

「ううん。普通の獣医」

「じゃあ、どうしてドクトルなの?」

「わかんない」

「だったら、何もドイツ語じゃなくたって、ドクターじーで、いいじゃない」

「Gは、ドイツ語で、ゲーでしょ?」

「そうだね」

「ゲーだから、ドクトルなの」

「意味わかんない」

「だから、名前がゲーなの。眉のゲー」

 ゲーは呼び易いが、呼び捨てるわけにもいかないので、ドクトル・ゲーと呼んでいるらしい。

 とても本名とは思えないが、何となく腑に落ちるくらいインパクトが強い眉毛の持ち主だった。

 病院を追い出されたあたしたち千匹は、貨客船の猫丸ねこまるが停泊している港へ向かった。

 埠頭には、船内で一泊した乗客が、大勢いる。ここにいれば、敵も手出しできまい。そこで作戦会議することにした。

「三毛猫の」

と、ボス猫ハローが口火を切った。

「力になると言った以上、二言はない。わしと、千匹の手下の命は、あんたに預けるけぇ、好きぃに使いなや」

「いいの?さっき会ったばかりのメス猫に采配さいはいを預けちゃって」

「わしも格好つけにゃぁ、ならんですけぇ」

「全員が、無事に済むとは限らないよ?」

猫ヶ島ねこがしまのケンカいうたら、殺るか?殺られるか?の二つしかありゃせんのでぇ」

 彼の目を見つめながら、あたしはうなずいた。

「わかった。必ず勝つから」

 そう約束して、戦略を発表した。

「強みで戦う!猫ヶ原ねこがはら野外やがい決戦だ」

と宣言し、

「誰か、船の出港時間を調べて来て」

と頼んだ。

 すかさず、ボス猫ハローがかたわらを振り向き、

「行って来い」

と指図するようにあごをしゃくると、子分の一匹が走り出した。

「なんで猫ヶ原ねこがはらを選ぶんじゃ?」

「人間は、狭い隙間すきま認識にんしきできるけど、猫は、狭い隙間を認識できないからさ」

「できんのう」

「木々が鬱蒼うっそうと茂る猫ヶ森ねこがもりや、墓木ぼぼくが並び立つネコロポリスじゃ、強みを発揮できない」

「強みって、何なら?」

「こっちには、千匹の猫がいる。だだっ広い猫ヶ原ねこがはらで野戦さ」

「それは強みだね」

と黒猫クーが言った。「強みを活かして戦わなくちゃ」

「そう。猫対人間とはいえ、千対三。この強みを活かして、敵を知り、己を知り、有利に戦える猫ヶ原ねこがはらへ誘い、勝ってしかるべく戦う」

「天下分け目の関ケ原せきがはらならぬ、猫ヶ原ねこがはらの戦いだね」

 ボス猫ハローが「おう」とこたえた。

「先んずれば制すじゃ。いっぺん後手に回ったら、死ぬまで先手は取れんのじゃけん。先制攻撃じゃ」

 しかし、敵の顔が分からなくては、攻撃しようがない。

「大丈夫。探さなくても、向こうから探しに来てくれる」

「どういうことだい?」

と、カシラのジロチョーが訊ねた。

「やつらが、猫狩りに来ていることは確かだね?」

「ああ」

「猫を殺しに来たのが目的ならば、この埠頭や、温泉で、まったりしているはずがない」

「そうか。観光目的じゃないんだったら、今も、どこかで、いじめる猫を探しているはず」

「だから、千匹の猫が伝令になって、島の猫すべてに、猫殺しが来ていることを伝えてあげて」

「よし。特に、クロスボウには注意するよう言っとく」

「注意を呼びかけ終わっても、戻って来ないで、そのまま、島のあちこちに散らばって、猫殺しを探して」

「すぐに見つかる。あっちだって、こっちを探しているはずだから」

「不意打ちを喰らわないよう、できるだけ、二匹一組で動いて。一匹づつ、離れ離れにならないで」

「一匹に何かあっても、もう一匹が復命ふくめいできるように」

「何が動きがあったら、情報を伝えに戻ってきて」

「わかった。他には?」

「伝令部隊のリーダーを決めておいて」

「よっしゃ。伝令のリーダーはハンゾーじゃ」

と、カシラのジロチョーは立ち上がって、千匹の猫へ、

「てめえら!分かったか?」

と問うと、千匹の猫が一斉に、

「応!」

と答えた。

 観光客たちが目を丸くしている。それもそのはず、千匹もの猫が一斉に、

「ニャア」

と大合唱して、一斉に散らばって行ったものだから、驚くのも無理はない。

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