第17話 弱いものをいじめて快感を得る人間がいるって?

 カシラのジロチョーは、

「カタギの猫さんを巻き込むわけにゃいかねえ」

と止めたが、負けず嫌いのあたしは、

「だって、今日の船で、帰っちまうかも知れないんだよ?そうなったら、一巻の終わり」

 もの知りリューが、その先を引き取り、

「やつらが、武装しているということは、その気で、島へ来た証拠です」

 ボス猫ハローがただした。

「その気って、何なら?(山陽地方の方言で「何だい?」。岡山県・広島県・山口県あたりで生まれ育って捨てられた猫のエビデンス)」

「猫を殺したり、いじめる目的です」

「なんでえ分かる?」

「はい。三つの理由があります。先ず、猫さらいでは無いこと。猫さらいなら、生きてらえて売り渡そうとしますから、洗濯ネットで充分です」

「二番目は?」

「軽くて、小さくて、安価な、洗濯ネットで充分なはずなのに、重くて、大きくて、高価で、持ち運びにくいクロスボウを、わざわざ持参して来たということは、島へ来る前から、危害を加える意思があった証拠です」

「三番目は?」

「ストレス発散です。猫のみならず、自分より弱い者をいじめて快感を得る人間は沢山います」

「快感を得る?」

「快感を得るという表現が不当でしたら、面白がる、楽しむと言っていいでしょう」

「面白がる?楽しむ?」

「小動物をいじめたり、殺したりする様子を、誇らしげに、インターネットで公開し、逮捕されたやからがいるくらいです」

「自分の楽しみで、いじめたり、殺したりするなんざ、狂っちょる」

「そうでもありません。告白していないだけで、結構います」

「なに?」

「本人の好むと好まざるに関わりなく、産まれながらにして加虐かぎゃく性の強い人もいれば、経験によって加虐嗜好しこうになる人もいます」

「サドか」

「はい。サディストやSMといえば、分かりやすいかも知れません。個人の趣味として楽しむ範囲でしたら、問題ありませんが、危害を加えるとなると、加害者になる危険性があり、犯罪になる可能性が高く、要注意です」

 ボス猫ハローが「むう」と腕組みして黙り込んだので、あたしが代りに尋ねた。

「強さを誇示こじするのとは違うの?」

「そういうサディストもいます。弱いものを制圧することで、自分は強いと誇りたい弱者ですね」

「他には?」

「幼児性です。子供が虫を殺して遊ぶのと一緒で、誰にでも、攻撃性や、残虐性はありますが、成長するにつれ、制御、自律するようになります」

「わかる」

「一方、それが出来ない人もいます。特殊な環境で育った人や、病人ならばともかく、図体だけ成人した子供は、あおり運転にしても、痴漢にしても、犯罪行為を自制する能力に欠けます」

「頭の中は、小学生のままってこと?」

「突き詰めれば、犯罪心理学の分野になりますから、詳しくは学問に譲るとして、いじめたり、殺したりして、ストレスを発散する、犯罪者予備軍よびぐんがいることは確かです」

「誰が予備軍なのか、わかるといいのに、ね」

「犯罪者になるかどうか、見た目では、判別つかないだけに、厄介です」

 確かに、事件が起きるたび「あの真面目そうな人が」とか「普通の人でした」といったインタビューを見聞きするが、世の中は、普通の人だらけで、異常に見える人は、ごく少数。むしろ、異常がゆえに、普通をよそおう。

 それに、異常だから事件を起すとは限らない。普通の人の狂気が、事件を引き起こす。

「人は、誰しも、誰かに認めてもらいたい、誰かと繋がっていたいと思う、社会性を持っています。だから、電話したり、Eメールを交わしたり、集団になって徒党ととうを組みますが、おそらく、今回の犯人たちも、徒党を組んで武器を持たなければ、弱いものさえ、いじめることができない、弱者であろうと推察できます」

 弱いから、武器を持つ。なるほど、北斗神拳の使い手が、武器を持つ必要は、ない。

「か弱い女の子だって、拳銃があれば、プロレスラーを斃せるからね」

「引き金を引くことができれば、の話です」

「どういうこと?」

「引くのが、狂気です。引かないのが、正気です」

 ということは、見た目には普通な狂気の弱者が三人、猫を殺傷さっしょうして楽しんだという事件に他ならない。

「彼らは、もうすでに、一匹しとめましたから、れきとした犯罪者です」

「犯罪?」

「動物の虐待を、法律で取り締まる国は多く、日本の場合、殺したり、傷つけた者は、二百万円以下の罰金。またはニ年以下の懲役」

「他の国では?」

「オーストラリアの場合、五百万円の罰金が課せられます」

「払えなければ?」

「身柄を拘束され、強制的に、刑務所の中で、作業させられます」

「刑務所!」

「働く場所が刑務所内ですから、実質的には、懲役刑と同じです」

「アルバイト先が、塀の中とは」

「日当五千円換算かんさんで、払い終わるまで働かされます。五百万円ですと、千日間、刑務所の中で、働くことになります」

「三年くらいタダ働きするのね」

「それには、法のさばき必要です」

 裁かれてこそ犯罪者であって、裁かれなければ、何も無かったかのように、のうのうと、島をあとにするだろう。

「その犯罪者が、もしかしたら、今日の船で、帰っちまうかも知れないんだよ?そうなったら、もうかたきは討てない」

「味をしめて、また、いつの日か、再来するやも知れません」

「その時は、人数が、増えているかも」

「もしも、今日の船で帰らなければ、最低一週間は、滞在することになります」

「一週間あれば、どれだけ犠牲が増えるやら」

「もしかしたら、二週間。三週間。一ヶ月以上の滞在だって有り得ます」

「長ければ長いほど、次々、襲われる危険性が高くなる」

「次に狙われるのは、誰か分かりません。ボス猫ハロー親分かも知れませんし、カシラのジロチョーさんかも知れませんし、三毛猫ミーさんかも知れませんし、黒猫クーかも知れませんし、僕かも知れません」

「いずれにしても、今ここで仇を討っておかなくちゃ、また誰かが殺される」

「そういうことなら、力になっちゃるけん」

と、ボス猫ハローが言った。

「狙われるモンより、狙うモンのほうが強いんじゃ」

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