第15話 守ってあげたくなるメス猫になりな

 あたしたちは、吊り橋へ急いだ。しかし、吊り橋の上からは、猫一匹見えない。

「おかしいなあ。確かに、声が聞こえたんだけど」

 聞こえた方角は合っている。

「誰もいませんね」

「だったら、逆転の発想で、吊り橋の下から見上げてみよう」

「それ、名案かも」

 あたしたちは、急斜面を駆け降りて、川辺に立った。すると、頭上から、

「助けてええええ」

と弱々しく叫ぶ声が聞こえた。吊り橋を見上げると、ロシアンブルーのシャドーが、逆さ吊りになって、ブラ下がっている。

「助けてええええ」

 ネコロポリスで、風の音だと思って聴いたのは、この叫び声だったのか。

「ニャアアアアアア」

「いま助けるから、待ってな」

 急ぎ、吊り橋の上へ戻って、シャドーを引き上げた。引き上げられたシャドーは、グッタリした様子で、

「助かったあ。ありがとう」

と座り込んだ。

「一体、何があったんだい?」

「ブチ猫ブーたちから逃げているとき、吊り橋が大きく揺れて、橋の外へ放り出されたの」

「危なっ!つり橋から落ちたら大変」

「その時、後ろ足の爪が、橋を支える植物のつるに引っかかって、落ちずに済んだのは良かったんだけど」

「それで宙づりになっていたの」

「上がることも、下がることもできず、一晩中」

 あまりの馬鹿馬鹿しさに、一同、あきれて立ちすくんだ。

 これが、今まで感じていた違和感の正体だった。

 猫パンチングのシャドーボクシングと聞いて感じた違和感は、シャドーの名前そのもの。

 売店で売っていた猫柱に違和感を感じたのは、ネコロポリス近くで耳にしたシャドーの声。

 呆れ顔の黒猫クーは、

「猫なんだから、前足のカギ爪で、よじ登ればいいのに」

と言って聞かせた。

「そうしようと思ったんだけど、お腹が空いて、力が出なかったの」

「とにかく、無事で、よかった」

「心配かけて、ごめん」

「事の経緯けいいは分かった。問題なのは……」

と、あたしは真顔まがおで詰め寄った。

「あんたがいなくなったことに、誰も気づいていなかったってこと」

「え?」

「存在感が無いってことさ」

 あたしは、白い袋の中から、赤い発光体を取り出して、シャドーへ手渡した。

「これ、クリスマス・プレゼント」

「何?これ」

「これは“魅せる心”といって、あんたの魅力を引き出してくれるパワー・キャンドルさ」

「わたしに、魅力なんて無いよ」

「あんたもブチ猫レベルのバカねえ。魅力の無い猫なんて、いないよ」

「ここにいるよ。わたし」

「自分の魅力に、気づいていないだけ」

「そうなの?」

「今まで、魅力を磨いて来なかっただけ」

「どんな魅力?」

「あんたは、内気で、自己主張しなくて、居るか居ないか分からないくらい静かだよね?」

「うん。そう言われる」

「それがダメなんじゃなく、逆に考えるのさ」

「逆?」

「内気だから、消極的で、社交的じゃなくて、自己否定的で、控えめで、争うのが嫌いで、静かに過ごすのが好きだと思ってるでしょ?」

「うん。思ってる」

「違う違う。非社交的ってことは、恥かしがり屋ってことさ」

「確かに。恥かしがり屋さん」

「自己否定的ってことは、純粋ってこと。たとえば、純文学には、自己否定的で、ピュアな主人公が登場するよね。だから、どいつもこいつも自殺しちゃう」

「なるほど」

「思い悩んで自殺するくらい純粋な主人公の物語だから、純文学なのかも」

「不純文学なんて、ないもんね」

「ところが、純文学の主人公たちは、時代を超えて愛されている。何故だと思う?」

「純粋ってことは……」

「守ってあげたい母性本能、父性本能をかきたるのさ」

「純文学の主人公を?」

「そう。あんたのことも」

「私のことを?」

「そう思わせてしまうのが、あんたの魅力の一つさ」

「そうかな?」

「だから、こうして、あんたを救いに来たのさ」

「そうかあ」

「あんたと正反対のタイプの、守ってあげたいタイプには、魅力さ」

「わたしと同じタイプの、守ってもらいたいタイプには、魅力でも何でない」

「あんたの魅力が分かるタイプと付き合えばいい。二兎を追う者は一兎をも得ずってね」

「他には、どんな魅力があるの?」

「自分で探しなよ。でも、そうやって、空気を読まずに、思ったことをハッキリ言ってしまう天然ボケも、魅力の一つ」

「へえ。ボケも、魅力になるんだね」

「ご飯のことで、ブチ猫ブーに、クレームをつけた時のように、ね」

「あれは、ボケているつもりじゃ無かったんだけど……」

 シャドーは恥かしそうに笑った。

「怖いもの知らずの天然ボケに見えたとは」

「そうした内面ばかりじゃないよ?あんたには、ロシアンブルー特有の、ビロードのような被毛ひもうがあるじゃない。あたしなんて、雑種の三毛猫からすれば、うらやましくて仕方がないよ。要らないなら、くれる?」

「それは無理」

「だったら、活かしなよ。守ってあげたいお姫様のようなメス猫になりな。あたしは、逆立ちしたって、なれないけど、あんたなら、なれる」

「わかった。ありがとう」

と、シャドーが礼を言うと、赤い発光球は、ビロードのような被毛ひもうの中へ吸い込まれて消えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る