第13話 こいつらが!こいつらが猫さらいだったのか!

 息せき切ってローコー邸へ到着すると、数百匹の猫たちが、平和そうに、朝ごはんを食べていた。

「どこ?どこにいるの?シャドー」

 猫たちの間をすり抜けつつ探し回ったが、シャドーの姿は見当たらない。そのあたりの猫へ、

「見なかった?」

と聞いても、

「いや」

と、にべもない。隣の猫へ、

「あんたは?知らない?」

「知らないね」

と、すげない返事。別な猫へ、

「シャドーは、どこ?」

「シャドー?そんな猫、いたっけ?」

 驚いた。内気で、目立たない、灰色の猫とはいえ、存在すら知られていなかったとは。

「そうだ。ローコー大統領に話してみよう」

 あたしは、猫ヶ森ねこがもりで起きた出来事を伝えに、ローコー邸の中へ入った。

 折りよく、ローコー大統領とスケサーとカクサーの三人が、囲炉裏いろりを切った板の間で、鍋を囲み、朝食をっていた。片隅に、見覚えのある奇怪きかいなゴーグルが何故なぜか転がっている。

 あたしは、ローコー大統領へ、

「シャドーが、いないんだ」

と訴えた。ローコー大統領は、何か聞こえたように顔を上げたが、また、椀の中へ視線を落とした。

「ちょっと、聞いてよ。あたし、さっき殺されかけたんだ。あたしたち猫に危害を加える人間が、観光客の中に絶対いる。もしかしたら、シャドーも、やられちゃったかも」

と、まくしたてたが、ローコー大統領は、

「はて?」

と再び顔を上げ、

「猫の声が、聞こえるような……」

つぶやいた。それを聞き取ったスケサーが、

「は。確かに、聞こえたように思います。しかし、みな、外で、朝餉あさげっておりますので、ご覧の通り、家の中には、猫の子一匹おりません」

 どうやら、あたしの姿が見えないらしい。道理で、カラスを追い払ったあと、あたしに気づかなかったわけだ。

 枯れ草が保護色になって見えないのだろうと思っていたが、本当に見えていなかったとは。

 ブチ猫ブーと一騎いっき打ちになった時、スケサーが、ブチ猫ブーにだけ水をかけ、あたしにけなかったのは、あたしが目に入っていなかった証拠。

 どうして、他の猫は見えるのに、あたしだけ、見えないのだろう?

 ローコー大統領は、椀を置き、

「確かに、猫の姿は見えんが、声が聞こえるのは、としのせいか、空耳か」

「きっと、外の猫の声でしょう」

と、カクサーが、野太い声で答えたあと、

ローコー。先ほどの話に戻りますが」

「ふむ」

「ブチ猫ブーを可愛がるお気持ちは分かりますが、そろそろ、避妊ひにん手術するか、すか、お決めになる潮時かと」

 三色さんしょく模様が証拠立てるように、ブチ猫ブーは、メスである。「オレ様」や「てめえら」と、伝法でんぽうな口をきく巨体の猫だが、歴とした、メスである。

 まだ避妊手術していなかったため、巨躯きょくかし、手下のオス猫どもを引き連れ、我がもの顔で暴れまくっているが、避妊手術しなければ、仔猫を生み、繁殖してしまう。

 ただでさえ、捨て猫が、愛護センター送りにならないよう、毎月、百匹以上の猫を引き取っている島である。これ以上、繁殖させるわけにはいかない。

 そこへ、ローコーの妻のローバーが、お茶を運んできて、

「獣医のドクトル・ゲーに相談してみては?」

うながした。どうやら、老婆だからローバーという名ではなさそう。ローが名字で、バーが名前。

ローバー。それは名案です」

と言ってカクサーは立ち上がり、

「早速、ブチ猫ブーを捕まえて、ゲー先生の動物病院へ連れて参ります。ごちそうさまでした」

と足早に出かけていった。避妊手術したら、あのかん気の強いブチ猫も、さぞかし、大人しくなるだろう。

 あたしは、避妊手術後、自分の牙で、縫合の糸を噛み切ったが、あいつも、自分の牙で、抜糸するだろうか?

 避妊手術すると、ますます太るから、噛み切ろうとしたところで、太鼓たいこ腹がつかえて、体を前に折り曲げられず、ひっくり返るんじゃなかろうか?

と想像していると、可笑おかが込み上げてきた。

 あとに残ったスケサーが、

「御ローコー。ブチ猫ブーの他に、どの猫をらえます?」

と訊ねた。

 ローバー大統領は、

「うむ。これが、連れて行く猫のリストだ」

と、一枚の紙を広げて見せた。

 のぞき込むと、そこには、ざっと三十匹の名前や猫種が、一覧表になっている。

 スケサーは、一覧表を受け取り、

「では、これらの猫をつかまえておきます」

と言ったものだから、

「猫を捕まえる?」

と、あたしは驚いた。

「信じきっている飼い主が、動物愛護センターへ持ち込む猫の数は、年間三万匹」

 こいつらが!こいつらが、猫さらいだったのか!

 そういえば、あたしを虫取り網で捕まえようとした男たちも、三人組だったし、何よりの証拠に、奇怪なゴーグルが、すみに転がっている。虫取り網も、壁に立てかけてある。

 いい人たちだと信じきっていたのに、まんまとだまされた。

 猫は、驚き過ぎると、脱力して、俗にいう『借りてきた猫』状態になり、動かなくなってしまう。あたしは、体を動かせない代わりに、脳を動かして、考えてみた。

 猫ヶ島ねこがしまは、猫の生きた貯蔵庫で、必要に応じ、猫を捕まえ、実験じっけん施設へ売り払う。

 表向きは、猫の楽園だから、猫を捨てたい飼い主たちが、自ら進んで、無料で、猫を提供してくれる。ペット業界も支援してくれる。

 さらに、原材料が無料の猫の毛で、紡績業をいとなめる他、猫をテーマにした観光業も成り立つ。それらの事業によって、年間数十億¥、いや数百億¥が入ってくる。もとが経営者らしい算盤そろばん勘定である。

 その計画を実現させる目的で、無人島を購入したのであれば、なんと巧妙に仕組まれたわなだろう。

 あたしは、やや動き出した体を引きずるように、じわり、じわりと、表へ、出た。

 一刻も早く、この島にむ、全ての猫たちに、教えてあげなくちゃ。

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