第11話 後悔したところで遅せえ!時間は売ってねえ

 港を埋め尽くす観光客の九割が、船内に一泊し、明日のクリスマスに帰る。

 残り一割は、次の船まで一週間、あるいは、それ以上、長期滞在する。

「観光客は、どれくらい来るの?」

「船が週に一往復ですから、月間五千人。加えて、各国からの視察や、旅行。ペット業界が主催するツアーなどで、年間十万人くらいです」

「道理で、観光産業が成り立つわけね」

「一泊二日の客単価を三万¥とすると、観光だけで三十億¥の収入になります」

「三万¥じゃ済まないでしょ」

「少なく見積もって、です。長期滞在の食費や、船賃を含めると、それ以上の金額が確実に島に落ちます」

「一日に百人くらい宿泊できる施設はあるの?」

「ホテルや旅館があります」

「そういうところで働いているのね、この島の人たちは」

「ここは火山島で、温泉が出ますから、長期滞在者には、湯治場とうじばのような、安いセルフサービスが人気です」

「温泉も、観光の目玉なのね」

「そうです。高級温泉ホテルもあれば、素泊りできる民宿もあります」

「いろいろな客層に合わせているのね」

「倉庫の中に常設されている屋台村で、二十四時間、食事することもできます」

「この島が、クリスマスイヴでも暖かいのは、火山島だから?」

「いいえ。北緯ほくい三十度に位置しますから、冬でも泳げますよ」

「ということは、海水浴や、長期バカンスの客も、いるわけね」

「そうです。島全体が、手付かずの自然のリゾートですね」

「手付かずの自然な姿を保つため、ペット業界の看板や、広告が、一切ないのね」

「オフィシャルスポンサー制度ですからね。天然の景観を壊してまで、看板を作って広告しなくても、自然な形で宣伝できるようになっています」

「オフィシャルスポンサー制度?」

「オフィシャルスポンサー制度とは、島の発電や、上下水道といった社会基盤インフラの運営を、スポンサー企業へ一任する制度で、島を訪れるビジターに、商品名や企業名を、売り込むことなく、伝えられます」

 たとえば、発電を担当している企業ならば、

「この猫ヶ島の電力は、ペットフードAを作っているB社が発電しています」

と、島のパンフレットや、観光案内に載る仕組み。

「コマーシャルにも使えます。猫ヶ島の名称、猫の写真、ビジュアル、キャラクター、ロゴマークを、スポンサーのみ使用できます」

「スポンサーを巻き込んで、島を運営しているのね」

「はい。島へ物資ぶっしを運ぶ船舶、船が出入港する港湾、ヘリポート、上水道、下水道、電気、ガス、電話、道路、診療所、郵便、公園、ごみ処理、廃水処理、消防、車両、銀行、物流、それら建造物すべてがスポンサー企業の寄付で運営されています」

「へえ。こんな小さな島に、ヘリポートまであるとは、ね」

 とはいえ、しょせんは絶海の孤島。銀行とはいえ、ATMが一つあるのみ。郵便局とはいえ、警備員の詰所つめしょと一体になった交番の規模に過ぎない。

 車両は主に自転車で、自動車は電動のエコカーのみ。ガスを排出する車両は一台もない。

 小さな村と何ら変わりない規模だが、猫が好きで移住してくる島民の雇用を確保し、それによって、猫ヶ島を運営するシステムだった。

「その仕組みを作ったのが、ローコーとスケサーとカクサーです」

「あの人たちの前身は、何者なの?」

「ローコー大統領が、現役の社長だった頃、右腕と左腕だったのが、スケサー専務とカクサー専務です。本社の重役でありながら、子会社の社長も兼任していましたが、ローコー大統領が会社を売却するとき、彼をしたって一緒に辞めて付いた来た腹心ふくしん中の腹心です」

「彼らが計画的に作った島なのね」

「彼らの財力、発想力、行動力、営業力、人脈あっての猫ヶ島ねこがしまなのです」

 そう言って、もの知りリューは、人差し指を突き立て、

「解説して、お腹が空きましたので、何か食べてきます」

と、人混みの中へまぎれていった。

 入れ替わるように、ぼやき猫のモンクーが、

「なんや、三毛猫ミーはんやないけ」

と、ふらふら、千鳥足で近づいて来る。かなり、またたびをめた様子。

 またたびは、安全が確認されていないため、あげ過ぎは良くないのだが、それを知らない観光客が持参してきて、欲しがるだけ、あげてしまう。

「ミーはんも、どや?」

 モンクーは、またたびの粉が茶色く附着ふちゃくした肉球を差し出した。

「いらんわ。あんたの肉球を舐めろと?くれるなら、猫として喰えるものを、喰えるように出せ」

「もらえるものは、もらっておきなはれ。くれるだけで充分やんか」

「キミ。それ、私が君へ言ったセリフじゃないか」

とショーの笑い声が聞こえた。

 人の背中に乗るのが好きなアメリカンショートヘアが、ハリウッド女優に生き写しな金髪美女の背中の上に乗っている。

 黒猫クーは?というと、聖母マリアのように優しげな老年の女性に抱きかかえられて、御満悦の様子。

「男って奴ぁ、どいつも、こいつも」

と舌打ちすると、

「そう、とんがるなよ」

と声をかけてきた白猫がいる。

「猫と女は、相性がいいんだぜ?オレたち猫に似て、人間の女は、声が高いからな」

「誰だい?あんた」

「問われて名乗るも、おこがましいが、ガキのころからパンチが強く、ご意見無用の喧嘩けんか一代、無法無頼ぶらいの一匹狼、白猫ジョーってえのは、オレのことさ」

「一匹狼?あんた、狼じゃなく、猫でしょ?」

「うっ」

 白猫ジョーは、気まずそうに、視線をらして座った。

 そこへ、黒い眼帯アイパッチで片目をおおった不細工な出っ歯でっぱ猫がやってきて、

「ジョー!ロードワークの途中だぞ!こんなところで油売ってんじゃねえ!」

「そう、とんがるなよ、おっつぁん」

「うるせえ!さっさと立て!立つんだジョー」

「だって、みんな楽しそうじゃねえか。それを横目に、ただただ走り続けて、汗水たらして、これで本当に、チャンピョンになれんのかよ?え?おっつぁん」

 おっつぁんと呼ばれたアイパッチ猫のダンペーは怒って、

「バカヤロー!チャンピョンになれるかどうかなんて、お天道様だって知らねえや。おめえ、知ってんのかよ」

「知らねえよ。おっつぁんは知ってんのかよ?」

「ワシも知らん。誰も知らねえから、やってみるんじゃねえか」

 それを聞いたあたしは、

「待ちな」

と割って入り、白い袋の中から、群青ぐんじょうに光るパワーキャンドルの“ダメ元の心”を取り出した。

「チャンピョンになれなくたって、いいじゃないさ。何したって、どうせ九割はダメなんだ。世の中すべからく、ダメで元々さ」

「おいおい。それじゃ、夢も希望も、ねえだろう」

と、白猫ジョーは不服ふふくを申し立てたが、構わず、

「ダメで元々だからとあきらめて、何も取り組まず、何も挑まず、ダラダラと生きるのは自由」

「うん」

「だけど、逆に、ダメで元々だから、結果なんざ、運を天に任せて、本気になって打ち込んでみるのも自由。さて、どっちにしますか?ってことさ」

「ダメで元々かあ」

「やれば失敗。やらなければ大失敗ってね」

「やっときゃ良かったって、いつか後悔したところで、遅せえ!ときは取り戻せねえ。時間は売ってねえ」

「平均寿命十三年のうちの、一年間だけ、毎日毎日、徹底的に挑戦してみたって、バチは当たらないよ」

「ダメ元だと思えば、気持ちも軽くなるしな」

「一年間でいいから、燃え尽きてみなよ」

「わかった。オレ、燃え尽きてみる。真っ白に」

「あんた、もともと白い猫じゃないの」

「う」

「これ、クリスマス・プレゼントに、あげる」

 群青ぐんじょう色の中心部から白い光を放つ球体“ダメ元の心”は、ジョーの白い左胸に吸い込まれて消えた。

 その光景を見ていたアイパッチ猫のダンペーが、

「もしや、あんた、ブチ猫ブーとやりあった三毛猫じゃねえか?」

「そうだよ」

「女だてらに度胸あるじゃねえか。面白れえ。あんたなら、猫パンチのチャンピョンになれるかも知れねえ。もし、猫パンチングやる気になったら、ワシのジムに来な」

「ジム?」

「ああ。猫パンチングのジムと言やあ、誰でも知ってらあ」

と誘ってから、

「ジムへ帰ったら、シャドーボクシングだ!」

と、ジョーの尻を叩いて走って行った。

 彼らが走り去った後、

「シャドーボクシング?」

 あたしは、また違和感を覚えた。

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