第10話 猫の毛で毛糸を作る?そんなに猫の毛は集まるの?

 さながら、お祭りの縁日のようなにぎやかさだった。

 埠頭ふとういっぱいに陽気な音楽が流れ、何十もの屋台が密集し、さまざまな猫の着ぐるみが愛想を振りき、人々は笑い、語らい、食べ、飲み、時に歌い、歓声を上げ、猫との触れ合いを楽しんでいた。

 写真撮影で人気が集まる着ぐるみは、毛長けながの顔が凛々りりしいメインクーンのニャッキーと、折れ耳が可愛らしいスコティッシュホールドのニャニーで、順番待ちの列ができている。

 ユニークなのは屋台で、大小すべての販売車両が、猫をかたどっていた。

 猫型ねこがたのバスは、ファミリーレストラン。ニヤけた顔の、猫の外観が愛らしい。

 猫型の二トントラックは、コンビニエンスストア。弁当、惣菜そうざい、雑誌が売れている。

 立ち飲み屋台やたいのトラックもある。これら猫型屋台やたいは、外観も人気で、写真を撮影している観光客が大勢いる。

 猫型のワンボックスカーは、ピザ。ハンバーガー。フライドチキン。アイスクリーム……行列の絶えない人気店が多い。

 猫型の軽トラックの台数が最も多く、うどん、そば、ラーメン、やきそば、コーヒー、サンドイッチ、ホットドック、ジェラード、たこ焼き、焼き鳥、いか焼き、クレープ、調理パン、ケーキ、バームクーヘン、ケバブ、トルコアイス、餃子、焼売、豚まん、カレー、おにぎり、粥、おでん……。軽トラックごとに別々な猫の種類をかたどっていて、見ているだけで楽しい。

 そのほとんどが、フランチャイズ本部の直営店で、船の出入りがない日は、巨大倉庫の中で、屋台村として営業している。

 荷台の扉がね上がりステージになるウィング ボディ トラックの上では、猫の着ぐるみショウや、アイドルグループ『朝焼けニャーニャー』の歌とダンスが上演されている。

 リヤカーのみ、猫を模らないワゴン販売車で、よくありがちなキーホルダー、Tシャツ、トレーナー、マグカップ、工芸品、雑貨、食品、和菓子、洋菓子、特産品が並ぶ。

 ありがちな雑貨とは別に、猫ヶ島ねこがしまの特産品は、猫の毛で編んだ衣類らしい。

 もの知り猫のリューが、

「衣服は、セーター、マフラー、ベスト、カーディガン、ストール、プルオーバー、スカート、オーバーコート、ネックウォーマー、毛布、ひざ掛け、毛糸のパンツなど、動物繊維せんいならではの保温性に優れた秋冬物あきふゆものが多いですね。ニット編みで珍しい下着は、ブラジャーやキャミソール」

と、人差し指を突き立てながら、教えてくれた。

「売れるのは、ニット編みの帽子。俗に『毛糸の帽子』といわれるニット帽です。ネコ耳つきの帽子が最も売れますが、ボンボン付きの正チャン帽や、ベレー帽も人気です」

 確かに、十二月の寒さである、ニット帽をかぶった観光客が目に付く。

「雑貨は、本物の猫の毛で作られた、猫のぬいぐるみが大人気です。他には、シュシュ(髪飾り)、帽子やマフラーに付けるポンポン、毛糸のブレスレット、クリスマスリース、ポットカバー等々などなど。もちろん、自分で編むための毛糸も人気です」

 猫のぬいぐるみ一つとっても、色とりどりで、形や大きさが様々で、何百という商品点数が揃っている。

「ぬいぐるみで人気なのは、アンジェと、アンジョと、ジョリーと、ジェリーの四種類です」

「トムとジェリーじゃなく、アンとジェリーねえ」

「猫の毛で作った猫用の寝具や、衣類もあります」

 どれもこれも、化繊かせんに比べれば高価だが、希少なので、飛ぶように売れる。

「すべて、この島の工場で作っているんですよ」

「猫の毛で、毛糸を作るの?」

「そうです。猫の毛は、立派な毛糸になるんです」

「へえ。もの好きな」

「そうでもありません。ウールは羊の毛、カシミヤはヤギ、アンゴラはウサギ、キャメルはラクダ、みんな動物の毛です。シルクに至っては、虫ですよ、虫」

「動物繊維せんいの種類って、意外と少ないんだね」

「だから、猫の毛でも、いいんです」

「なるほど」

「猫の毛で編んだセーターや、帽子が欲しいって人は、世界中にいるんですよ?」

「へえ」

「ぬいぐるみが欲しいって人もいます」

「その気持ちは、わかる」

「飼っていた猫の毛を集めておいて、亡くなったあと、形見を作って欲しいという特別注文も来ます」

「形見ねえ」

「世界中から、いろんな注文が来るんです」

 確かに、猫の毛を集めて、毛糸にして、細々と商売している人は、数こそ少ないが、存在する。

 しかし、世界各国へ向け、大々的に商売している例は、聞いたことがない。

 我が子のように猫を飼っている人が全世界にいる。飼われている猫の数は、日本だけで、一千二百万匹。これが、世界市場となると、見当もつかない。見落とされていた巨大市場かも知れない。

「そこに目をつけ、紡績ぼうせき業をおこしたのがローコーなんです」

「どうやって毛を刈るの?」

「毛を刈ろうとすると、猫は暴れますから、刈りません」

「じゃあ、どうやって、毛を集めるの?」

「簡単ですよ。毎日、ブラッシングしてあげるだけで、相当量の毛が取れます」

「猫はブラッシングが好きだもんね」

「猫自身、ブラッシングして欲しくて、自ら進んで、工場にやって来ます」

「気持ちいいからね。メス猫にとっちゃ、エステみたいなもんだね」

「その毛を集めて、つむいで、糸にして、織物を作る。立派な紡績ぼうせき産業です」

「うまい具合に出来ているのね」

と、あたしは売店へ視線を移した。そこには、ネコロポリスで見た猫柱ねこばしらも売っていた。それを観光客が、

「可愛い」

と喜んで買っていく。猫たちが生きたあかしも、観光客にとっては、可愛いらしい土産みやげになるのだろう。

猫柱ねこばしら?」

 あたしは不意に違和感を覚えた。この違和感は、なに?

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