第7話 あんたに勝てないと思えば誰もいじめない


「おーい、大丈夫かーい?」

 黒猫クーと、アメリカンショートヘアのショーと、ロシアンブルーのシャドーの三匹が、あたしを心配してってきた。あたしはした毛繕けづくろいしながら、

「大丈夫」

と答えたが、せないことがあって、気持ちはふさいでいた。どうして、スケサーは、ブチ猫ブーにだけ、水をけたんだろう?どうして、あたしには掛けなかったんだろう。  

 物思ものおもいにふけっていると、黒猫クーが、

「元気、出しなよ」

と短く鳴いた。優しくて、友好的で、面倒見めんどうみが良く、協調性きょうちょうせいんでいるが、さびしがりやで臆病おくびょうなのが玉にきずな黒猫。

 あたしはふくろの中から“つよこころ”を取り出し、

「これ、クリスマス・プレゼント。メリークリスマス」

と手渡した。黒い肉球にくきゅうの上で、発光体はっこうたい黄色きいろく光っている。

「なに?これ」

「めげそうになってもれない、強い心さ」

「ふーん」

「苦しくても立ち上がる、強い心さ」

「ふーん」

「いじめられてもね返す、強い心さ」

「ふーん」

「わかった?」

「ううん」

 黒猫クーは、首を横に激しく振った。あたしは、言い聞かせるように、

「あんたはビビリだから、これから、いじめられる時があるだろう」

「え!どうして、いじめられるの?」

「いじめる奴が、いるからさ」

「どうして、いじめるの?」

「弱いものをいじめて、自分は強いって思いたいのさ」

「どうして、弱いものと比べるの?」

「勝てるからさ。勝てば優位ゆういに立てるからさ」

 黒猫クーは「意味不明」といった面持ちで首をかしげている。

「強いやつを、いじめればいいのに」

「強いやつには負けるからね。負けたら、つまんないじゃん」

「ゲームじゃないのに」

「ゲーム?似ている。楽しいから、いじめるのさ。たった、それだけ」

「え?」

「いじわるにしても、からかうにしても、軽~い気持ちで始めるあたり、ゲームに似ている」

「ひどいや」

「いじわるや、からかいが、だんだん、エスカレートして、いじめにつながる」

 黒猫クーが、小首をかしげて聞いた。

「強いって、そんなに大事なことなの?」

「強いってことは、食べ物を、たくさん集める力がある証拠しょうこなのさ」

「食べ物を集める力?」

弱肉強食じゃくにくきょうしょくが動物の本能ほんのうだからね。ライバルよりも、たくさん食べ物を集めるには、強くなくちゃ」

「いじめなくても、強いやつは強いのに」

「本当に強い、ほんの一握ひとにぎりは、いじめなくても、自分の強さを知っているから、いじめる必要がないのさ」

「強いやつは、いじめないし、いじめられないの?」

「そう。弱い奴ほど、いじめる」

「弱い者が、より弱い者を、いじめるんだね」

 あたしは何度も首肯しゅこうしつつ、

「強いかどうか、幸せかどうか、確かめるために」

「幸せ?」

「強さは、幸せのみなもとだからね」

「いじめなくても、幸せになる方法はあるのに」

「誰かと比べなくちゃ、今の自分が、幸せかどうか、わからないものさ」

 ますます意味不明な様子の黒猫。

「比べる相手が必要ってこと?」

「比べて、初めて、今の自分が、幸せかどうか、分かるのさ」

「本当に幸せなら、誰かと比べなくても、幸せだから、比べる必要がないんだね」

「そう、幸せも、強さも、同じ。比べて分かる」

 まだ半信半疑な様子の黒猫。

「真の強者つわものは、比べない。その反対に、弱いから、比べる」

「比べるには、理由なんて、どうでもいいのさ。それが、いじめ」

腕力わんりょくがないから、いじめられるんじゃないの?」

「腕力があったって、頭が悪けりゃバカだと言われる。太っていればデブだと言われる。毛が薄ければハゲだと言われる。小さければチビだと言われる。みにくけりゃブスだぁブ男だぁ言われる。としをとればジジイだぁババアだぁ言われる。若けりゃガキだと言われる」

「何をどうしたって、言われるんだね」

 黒猫はケラケラ笑った。

「だから、いじめられないために、強い心がるのさ」

「強い心って?」

「強くなるための心さ」

「勝つために?」

「戦って勝つだけが強さじゃない。敵がいなければ無敵むてきだから」

 なるほど!と黒猫は目を見開いた。

「確かに、戦わなければ無敵だよね」

「だから、戦わない知恵ちえも、強さなのさ」

「戦わない知恵?」

「逃げるが勝ちって、知ってる?」

「うん。勝ちをゆずる。負けて勝つ。ろんで負けてもじつで勝つ」

 黒猫は目を輝かせた。

「それだけじゃないよ。自分が弱い分野では戦わないのさ」

「弱い分野じゃ勝てないもんね」

「だから、強い分野で戦う」

「僕が強い分野?」

「あんたにゃ、あんたなりの、強みがある。優しくて、友好的で、面倒見が良いのが強みだとしたら、それをきたえ上げればいいのさ」

「たとえば?」

「チームの中に入るんだね。そのうちリーダーに押し上げられるよ」

「ふーん」

「あんたの強みに勝てないと思えば、もう誰も、いじめないよ。いじめようとしたって、負けるのが目に見えているから」

「うん、わかった」

 強い心は、黒猫クーの左胸に吸い込まれて消えた。

「お礼に、島の中を案内するよ」

と黒猫クーは歩き出した。

「私も行こう」

と歩き出したショーの後を、シャドーも続く。

 猫ヶ森ねこがもりを抜け、猫ヶ原ねこがはらを横切り、しばらく歩くと、視界が開け、水平線を見晴みはるかすおかに出た。

 ロシアンブルーのシャドーが、

「ここは、ネコロポリス」

と教えてくれた。

 マッチ棒を大きくしたような、頭でっかちのはしらと、背の低い木々が無数に並んでいる。

「ここは、猫たちの墓場なの」

 古代エジプトやローマでは、死者の都をネクロポリスと呼んだ。そのクをコに替えて、ネコの文字を当てた地名がネコロポリスだという。

「この島で亡くなった猫たちが、ここに眠っているのよ」

 柱には、「ココ」「ソラ」「レオ」「モモ」「リン」など猫の名前と、享年きょうねんならびにぼつ年月日と、キジトラ、ヒマラヤン、白猫など猫の種類と、好きだった食べ物の四つが書かれてあった。

 柱の先端せんたんは、猫のてのひらのように丸い肉球の形になっている。これを猫柱ねこばしらという。卒塔婆そとうば(寺院で戒名かいみょう経文きょうもんを書いて墓碑ぼひえるほそ長い板)のようなものであろう。

「この猫柱が、雨風にさらされ、ち果てる頃、一緒にえた墓木ぼぼくが、猫のわりに、大きく育つようになっているの」

と言ってシャドーは、目を閉じて冥福めいふくいのった。

 その祈りが天国へ届いたかのように潮風しおかぜが吹きつけた。その風の音は、

ニャフォオオオオオオオ

と、猫の鳴き声のように聞こえた。

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