第6話 どうしてブチ猫ブーのみ水をかけた?

「世の中に、不味まずいもんなんて、あらへん。お腹がけば、何でもうまい。腹ぁっとりゃせんのに、もっと食べようとするから、不味まずう感じるんやろな」

と、モンクーが、両前足の肉球にくきゅうを合わせ、

「ごちそうさん」

と、頭を下げて立ち去る姿を見送りながら、アメリカンショートヘアが、

「君の名は?」

たずねてきた。「私の名前はショー」

 銀色の地に黒の縞模様が美しいアメリカンショートヘアが大好きなあたしは、つり目をハート型にして、

「三毛猫ミーでぇす。ミーちゃんと呼んで下さぁい」

と、一オクターブ高い声で応え、袋の中からパワー・キャンドルを取り出し、

「これ“あたしの心”です。受け取ってください」

と、小首をかしげながら差し出した。三毛猫ミーの肉球と同じピンク色の光がゆらめいている。

 しかし、ショーは、

「残念だけど、受け取れないんだ」

と断った。

 おかしい。メスの求愛を、オスは、いやでも断われないのがねこ社会のおきてであるはず。

「受け取れなくて、ごめん。でも、大丈夫。クリスマスの夜に理由が分かる」

 そう言ってショーは、あたしの顔をペロペロめてくれた。猫が相手の顔をナメるのは、親愛のしるしである。

「ナメんなよ!」

 その怒声どせいに驚いた数百匹の猫たちが、一斉いっせいに散った。

 中庭に残ったのは、二匹。他の猫らは、家のかげや、しげみの中から、遠巻きに、二匹の様子をうかがっている。

 怒声のぬしを探すまでもなく、丸々と太った大きなブチ猫が、べっこう模様もようの毛を総毛そうけ立て、自らの体を大きく見せながら、スレンダーなロシアンブルーを恫喝どうかつしていた。

 ブルーといっても、青ではなく、灰色に近い。目立たない毛色が表している通り、内気で、静かな性格の猫である。そのメス猫の名は、シャドー。

「オレ様のメシを横取りするなんて、太ぇ野郎だ」

 メス猫をつかまえて「野郎」呼ばわりしているのだから、丸々と太った大きなブチ猫は、ブチ猫ブーに違いない。

「横取りしたっていうけど、ブーちゃんは、十人前も食べたじゃない?」

「オレ様にとっちゃあ、十人前で一人前なんだよ。そんじょそこらの猫とは、ケタが違うんだよ、けたが」

「桁が違う?」

えらいってことよ」

 ちがいと、えらいを、一緒くたに覚えているらしい。

「何がえらいの?」

「なんとなく……に決まってんだろ!」

「だからって、他の猫のご飯を、自分のご飯だって言い張るなんて」

「オレ様だけは、いいんだよ」

 相変あいかわらず、メチャクチャな論理ろんり展開てんかいしている。見かねたあたしは、ムササビが滑空かっくうするように近寄ちかより、

「十人前もうからブクブク太るんだよ、ブタ猫ブー」

と言ったもんだから、さあ大変。子分どもがおびえて、

「ブチなのに、ブタなんて」

「チとタの違いは大きいぞ」

「口がけても言っちゃいけないことを」

とオロオロし始めた。これは血を見ると周囲がヒヤヒヤしていると、予想に反してブチ猫ブーは、

「なんでオレ様の名前を知ってんだ?」

と冷静にうた。あたしは、

「夢で見たのさ」

とは言わず、

「ブタみたいだから、名前もブーだと思ったのさ」

「この三毛猫やろう!」

「バカ。あたしはメス猫だから、野郎じゃなくて、女郎。野郎はオス限定。わかった?」

「なんだと!」

「それに、三毛はメスだけ。オスの三毛なんて、普通、有り得ないの。覚えときな、バカ」

 どこかで聞いた会話であったが、勝気なあたしは、高まる気勢きせいが先に立ち、

「かかってきな!」

と飛びかかった。ブーも飛んだ。が、重くて飛べなかった。やむなく、走った。

 両者の体型が物語ものがたるかのように、戦闘機せんとうき重戦車じゅうせんしゃあいまみえる地対空ちたいくう戦闘せんとうになった。

 そこへ丁度ちょうど、ローコー大統領が帰ってきて、

「やめなさい」

しかったが、興奮こうふんして、争いに熱中ねっちゅうしている猫に、何を言っても通じない。すると、

「スケサーや」

と右を振り向き、一緒に帰ってきた様子の、二枚目でほがらかそうな壮年そうねんの男性へ目配せした。スケサーは、

「ははっ」

と応え、バケツを持って走り去っていった。次に、

「カクサーや」

と左を振り向くと、真面目そうでにがばしった壮年の男性が、あたしたちへ向かって、

「ええい!ひかえい!控えおろう!」

えた。

「この腰巾着こしぎんちゃくが目に入らぬか!」

 そう言うとカクサーは、腰につけた巾着きんちゃくの中から、茶色い粉末ふんまつをつかみ出し、あたしたち目がけて、

パアッ

いた。

「目くらまし?」

 あたしは思わずつぶやいた。

「あの粉は?」

「オレ様が好きなマタタビの粉だ」

 はいいっぱいにマタタビを吸い込んだブチ猫ブーと、あたしは、も言われぬ恍惚こうこつかんつつまれ、あまりの心地よさに立っていられなくなり、横たわり転げ回った。

 そこへ、バケツいっぱいの水をんだスケサーが戻ってきて、ブチ猫ブーへ、

ザアッ 

けたものだから、たちまちいがめたブチ猫ブーは、被毛ひもうをブルブルッとふるわせて水気みずけを吹き飛ばし、

「覚えてやがれ」

と、悪党よろしく捨てゼリフをいて、

「テメーら、ずらかるぞ」

と、子分たちをしたがえて逃げて行った。

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