第5話 幸せな自分を感じられるパワーキャンドルが胸に

 使い古しの廃材はいざいで建てられたような木造もくぞう平屋ひらや三棟みむね中庭なかにわをコの字に囲んでいる。この、隙間すきま風が吹き込みそうにさびれた家々いえいえが、ローコー大統領の邸宅ていたくだという。

 豪華ごうか屋敷やしきを想像していたあたしは、おどろいた。

「大統領ていって、この物置ものおき小屋?」

 驚いた猫の顔は、人間に似て面白いらしく、黒猫クーが、あたしの顔をゆび差して、ゲラゲラ笑っていた。

「物置小屋とは、言い得てみょうだねえ、ミー姉ちゃん」

「これじゃ、ネズミすらまないだろうに」

「ネズミは、いないよ。僕たち、猫がいるからね」

「違うって。ネズミさえ住まないボロ家だっつってんの」

「住めば都だよ。ローコーは、見た目よりも、中身を大事にする、かざのない人だから」

 平屋の一棟ひとむねは、ローコー大統領の住居。もう一棟は、猫エサ等の備蓄びちく倉庫。もう一棟は、まるまる、調理場ちょうりばらしい。ここで猫餌ねこえさを作っているのだろう。

 三棟さんとうに囲まれた中庭では、もう既に、他の猫たちが、黙々と朝ごはんを食べていた。

 その中で、一匹、ブツブツと何か言いながら食べている猫がいる。耳を済ませて聞いてみると、

「まーた今日もドライフードのカリカリやん。もっとマシな食いもん出さんかい。人間は、刺身やチーズを食べてけつかるっちゅうに、ワシら猫は、来る日も来る日もカリカリやて、ええ加減にせえっちゅうねん。みんな、そう思うとるはずやのに、文句も言わず、大人しゅう食べよる猫たちも猫たちや。なんでえられるんや。なんで変えようとせえへんのや。アホちゃうか。世の中アホばっかりや」

 よくも次々と不平不満ふへいふまんばかり出るものだ。あたしは黒猫クーへ、

「あの、つぶやき野郎は誰だい?」

と訊ねた。黒猫クーは、お手上げといった仕草で、

「何事につけ文句ばかり言っている、ぼやき猫のモンクーだよ」 

「ぼやき猫か」

 満足を知らずに、何へ対してもなげき、いつもいきどおっている猫が時々いる。ここにも、いたか。

「よし、ちょっと待ってな」

 あたしは、猫ヶ森ねこがもりへクリスマス・プレゼントを取りに戻ると、使えそうなプレゼントを七つ八つ、白い袋に詰め込み、サンタクロースの衣装いしょうに着替えて、大急ぎでローコー大統領邸へ引き返した。モンクーは、まだ文句を言いながら食べている。

「モンクー。これ」

 あたしは、みどり発光体はっこうたいを差し出した。緑色の中心から球面全体へ向けて白い光を放っている。

「なんや?これ」

 不思議そうに顔を上げたモンクーは、球体に鼻を近づけ、

えるんかいな?」

とクンクンにおいをいだ。

「食べものじゃない。今のあんたの心に必要なもの」

「こない、けったいなモン、らんわ」

 プイと横を向いたモンクーと顔を合わせるように、隣で朝ごはんを食べていた猫が、

「もらえるものは、もらっておきなよ」

と声をかけた。

 銀色の地に、黒の縞模様しまもようが美しいアメリカンショートヘアだった。おだやかで、人なつこく、独立心どくりつしんが強い、真面目なアメショーらしく、

「くれるだけで充分じゃないか」

おだやかにさとした。

「君が食べているカリカリだって、ローコーたちが皿に盛ってくれたんだろう?」

「せや」

「しかも、無料ただだ。何の不服ふふくがあるんだい?」

「しゃあかて、来る日も来る日もカリカリじゃ、文句の一つも言いたなるわい」

「だったら、来る日も来る日も、大好物のチーズだったら、文句いわないかい?」

「毎日やったら、飽きるやろ」

「その通り。問題は、カリカリじゃない。毎日が同じメニューだと飽きるってことが問題」

「せやから、カリカリは飽きた言うとるやないか」

「だったら、食べたいものを自分で獲ってくるといい。刺身が食べたいのなら、海で魚を獲り、ウロコをがし、食べやすい大きさに切り、皿に盛り付け、食べたら?」

「泳げへん猫が、海でりょうなんか、できるかい。おぼれ死んだらシャレにならんわ」

「泳げないんだったら、大好物のチーズを作るといい。牛を育て、乳をしぼり、煮て、乳酸菌にゅさんきんを加え、しぼって、熟成しゅくせいさせれば出来あがり」

「そないな複雑ふくざつなこと、出来るかい。こちとら、猫やで」

「あれも出来ない、これも出来ないって、じゃあ、何なら出来るのかな?」

「はて」

「文句を言う前に、出来ることを言ってごらんよ」

「できること?」

「君は、い猫だったから、虫もへびネズミも野鳥やちょうつかまえられないだろう?」

「そんなん、やりゃ出来るやろ」

「じゃあ、やればいい。誰も止めないよ」

「ほな、明日から、やるわ。いや、明後日あさってから。いや、一週間後」

「ということは、今日から、獲物えものるまで、食事きになるけど、それまで、空腹くうふくえられるかい?」

「わからん。いや、無理かも」

「じゃあ、餓死がしする?」

「アホか」

「だって、何も捕まえられないし、何も出来ないんじゃ、食べるものが無いよね」

「無いなあ」

「食べる物が無いんだったら、食べる物があるだけで、幸せじゃないかい?」

「来る日も来る日も、カリカリやで?」

「海に入らなくても、山でりしなくても、お腹いっぱい食べられるんだよ?」

「そら楽でエエこっちゃ」

「楽だよね?」

「楽やな」

「それが満足まんぞくだよ。らく、つまり、楽しい気分になること、うれしいと感じることが満足なんだ」

「えらい単純やな」

「そんなものだよ。食べることは、小さな満足だから、なかなか気づかないけど、小さくたって、満足な今に気づかず、文句ばかり言ってちゃ、気分が悪くなるだけ、そんじゃない?」

 日本の関東地方は、しで考える。関西地方は、損得そんとくで考える。モンクーの方言ほうげんを聞き、関西出身と見抜き、損得でさとすとは、説得が上手うまい。

「ほな、どないせえっちゅうねん?」

「大きな満足なんて、そう滅多にあるもんじゃない。だけど、小さな満足なら、沢山ある。毎日ある。その小さな満足に気づいて、幸せに暮らすか、気づかずに、文句ばっかり言って暮らすか、決めるのは、他の誰でもない。自分だけなんだ」

「なんでワシだけや?」

「モンクーの人生だからね。私の人生じゃない」

 あたしは思わず、

「そうさ」

って入った。

「モンクー自身で決めることさ」

 あたしは、緑色の発光球をモンクーへ差し出し、

「この球は“る心”と言ってね、今でも充分に幸せな自分を感じることができるパワー・キャンドルなのさ」

と説明した。

「これを、クリスマス・プレゼントとして、モンクーにあげる。受け取るかどうかは、モンクー次第しだいだけど」

 モンクーは、しばらく、れる緑の光を見つめたあと、

「やっぱり、要らんわ」

と断った。居合いあわせた一同が、

「エッ?」

と意外な表情を浮かべたあと、

「でもな、もらってくれえ言うんやったら、もらってやってもエエで」

と、あたしの手から光の球をかすめ取った。

 すると、緑の発光球は、モンクーの左胸へ吸い込まれて消えた。

「なんや、これまで、満足せんうちに、もっと、もっと言うて、欲張よくばってきたような気がするわ」

「別人になったか?」

「まず、自分にできる身のたけで、満足してから、もっと欲張よくばることにしまっさ。これからは、自分に素直になれそうや」

「それをいうなら別猫でしょ」

「おおきに」

と、生まれて初めて、感謝かんしゃの言葉を口にした。

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