第4話 島の広さは千葉ネズミーランド半島の約二倍

 あたしたち猫にとって、散弾さんだん銃の重低音じゅうていおんは、とらのような捕食ほしょく動物の咆哮ほうこう連想れんんそうさせる。まだ耳鳴みみなりがまない。


「銃でつなんて、ひどーい」


 あたしは砂埃すなぼこりを払いつつ、正確には、した毛繕けづくろい(グルーミング)しながら、立ち上がった。グルーミングには、緊張きんちょうやわらげる効果もある。


「あれは空砲くうほうだよ」

 まだ緊張がほぐれていない様子の黒い仔猫も、グルーミングしながら説明してくれた。


「僕の名前は黒猫くろねこクー」

三毛猫みけねこミーよ。宜しく。あんた耳鳴りしないの?」


「うん。散弾さんだん銃を持ったローコーが現れた時、耳を後ろにペタッと倒して、音をふさいだからね」


「ローコーって?」

「銃を撃った人さ。みんな、ローコー大統領だいとうりょうって呼んでるよ」


「大統領?」

「この無人島を買って、猫の楽園にした人さ」


 この島へ移り住む以前は、ボランティア活動で、捨て猫を保護していたが、次々と猫を拾ってきては飼うものだから、家中が猫だらけになってしまい、家の中に収まりきれない猫や、外出好きな猫が頻繁ひんぱんに出入りすることもあり、近所からクレームが来るようになったため、還暦かんれきを境に、経営していた会社と邸宅を売却ばいきゃくし、この無人島を購入こうにゅうし、移り住んだらしい。


「ローコーは動物好きだからね。どんな動物だって殺さないよ」

「カラスみたいな害鳥がいちょうでも?」


がいがあるか無いかは、被害者ひがいしゃの発想だって、ローコーが言ってた」

「確かに、害があるから害鳥だし、害がなければ、害鳥じゃないからね」


「反対に、猫や人間に食べられちゃう魚や、鳥などの被害者側からすれば、猫や人間こそ、自分達を殺傷さっしょうする害悪がいあくそのものだって」

「ふーん。猫も人間も、自分が加害者かがいしゃだなんて、夢にも思っちゃいないんだけど、ね」


「加害者は、危害を加えていることに気づかないものなんだって」

「そういうものかもね。気をつけなくちゃ、ね」


「被害者になれば、誰が加害者なのか、分かるって」

「弱き者が害され、強き者が害する、弱肉強食じゃくにくきょうしょくの法則だね」


「害を加えるために生きている生物なんか、いないってさ」

「あたしの耳鳴みみなりだって、危害を加えられたといえば、害だけど」

「僕にすれば、救いの音色ねいろだったよ」


「とにかく、話の続きは、この草原を離れてからにしよう」

 空飛ぶ犬と呼ばれるほどかしこいカラスが、復讐ふくしゅうしに戻って来る危険性は高い。このは危ない。


「わかった。この猫ヶ原ねこがはらの隣の、猫ヶ森ねこがもりへ行こう」

 草原を駆け抜け、樹木が生い茂る森の中へ入ってしまえば、もう猫たちのもの。


 水溜みずたまりの水を飲んでのどうるおしていると、うわさのローコー大統領が、林道りんどうを自転車で影のように通り過ぎて行くのが見えた。


 あたしは黒猫クーへ、

「こんなデコボコ道をカッ飛ばすなんて、ローコー大統領は体力があるんだね。それにしても、何を急いでいるの?忙しいの?」

と訊ねた。


 黒猫クーの話によると、島の各所に設置された猫のエサへ、早朝と、夕方の二回、エサを届けているらしい。広い島だから、急がなければ、えさやり巡回じゅんかいだけで、日が暮れてしまう。


 黒猫クーが、博学はくがくな猫からいた話によると、この島の面積は、モナコ公国よりやや広く、米国アメリカニューヨークのセントラルパークよりやや小さい。


 数値で表すと、日本の千葉県にある千葉ちばネズミーランド半島はんとうの約二倍。一平方マイル。三キロ平米。


 外周がいしゅうは約十キロメートルで、東京の山手線の三分の一弱。猫が全速力で走れば、十数分で一周できる。


 人が歩けば四時間以上かかるらしい。海底火山が洋上ようじょうき出した火山島かざんとうなので、起伏きふくに富んでいるのだろう。


 猫ヶ島ねこがしま生息せいそくする数千匹分の猫エサのうち、カリカリと呼ばれるドライフードや、缶詰、レトルトパックは、各エサの小屋に備蓄びちくしてあるものの、それらを開封かいふうするだけで時間がかかるのに加え、病気や怪我けがの猫それぞれの症状しょうじょうに合わせて調薬ちょうやくしたくすり入りのエサを運ばなくてはならないため、雨の日も、風の日も、ローコー大統領は、詰め込んだエサでパンパンにふくらんだリュックサックを背負せおい、朝晩二回、外周十キロを自転車で走り回っているというのだから、老人にしては筋骨きんこつが引き締まり、体力があるわけだ。


「僕たちも朝ごはんを食べに行こう」

と、黒猫クーは走り出した。エサ場の第一ポイントは、大統領ローコーていだという。


 大統領の家なんだから、さぞかし豪華ごうか邸宅ていたくなんだろうと、あたしは期待に胸をふくらませつつ、黒猫クーの後に続いた。

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