第二十四話 ラミーリィ・クルミアルド

 ガロックと呼ばれた魔族はクルミアの弁を素直に聞き入れ、伸ばしていた腕を静かに降ろした。

 それを見たクルミアも頷き、尻尾を所定の位置に戻す。


「えっと、その……」


 こうなると困る、というか混乱するのは僕の方だ。

 先の発言に重大な意味が含まれているのは朧気に伝わったけど、個々の単語が衝撃的すぎて把握するのが困難になっている。

 ぼーっとした頭で考えられるのは、そういやクルミアの名前ってラミーリィ・クルミアルドだったな、くらいのもので。


「ガロック、説明するのはもう少し後にすると連絡したのに、どうしてそうぺらぺらと話してしまうの。あなたが『王女様』と囃さなければ言わずに済んだものを」

「いつかはバレるなら、早いに越した事はないでしょう。それに宣言してる時は吹っ切れたいい顔してましたよ」

「ぐむむ……上の身分への礼儀が足りてないわ」

「はいはい、申し訳ございませんでした」


 歯噛みして論破される珍しいクルミアを眺める余裕もなく、彼女と親しい言い合いを交わしているガロックと呼ばれた暴力店主に意識が向かう。

 見れば見るほど男前で彫りの深い顔立ちをしているガロックは、呆然としている僕にクルミアとは別種の顔を向けた。

 何となく、オルバードが僕とアカネを区別していたのとそっくりの。

 僕は口を半開きにしたまま固まりつつも、真意を探ろうと耳を傾ける。


「ラミィ――いや、クルミア姫。後に引けないと承知の上で反対します。試した分だと、こいつは大した器じゃねぇ。ましてやあなたの――」

「だめだめだめそれ以上は冗談抜きで半殺しにするわよ!」


 クルミアがその間に手をぱたぱた振って割り込んだ。

 鼻息荒くガロックの胸を押すと、釈然としてない彼が口を開く前に僕を元来た路地へと連れ込んでしまう。


「相変らず強情ですね」

「ガロックは頼んでおいた薬の準備でもしときなさい! 聞き耳立てたら許さないわよ!」

「わーったわかりました! だから尻尾で砂かけんのはよしましょうや!」


 ただならぬ気配に身を固くしていれば「ギンジ君は急いで来る!」と命令口調のクルミアに更なる怪力で壁に追われる。

 ドン! 

 華麗な体さばきで身動きを封じ僕の側頭部に手をついたクルミアが、剣呑さを隠さず顔を寄せた。

 お互いの息の暖かさが感じられて殊更に緊張してしまう。戸惑っていなければ、自然に口が開くまで時間を要しただろう。


「……これで『今はまだ話せない』なんて言わないよね?」

「…………」


 苦し紛れに問うて――精神的には僕も疲れていた――尚も黙秘しているクルミアを半眼で捉え続ける。

 脆い木壁は僕の体重とクルミアの腕力で既に軋みだしているが、たとえ抜けても追及を止めるつもりはない。


「はぁ……ギンジ君がもっと強くなって、一人前になったら話そうと思ってたのよ」


 存外すぐに折れてくれた。

 諦めのため息を耳元でついて、耳たぶに柔らかい吐息がかかり。


「ギンジ君の疑問に順繰りに答えてあげるのも悪くないけど、それじゃぁ整理がつかなくなっちゃうし――不本意ながらガロックの言いなりになってあげようかしら」


 圧迫を緩めたクルミアが、噛みしめるように言葉を紡ぐ。


「私は十九年前、魔王国アズルカナンドの現国王バーグ・ジランデスタ・ド・ブリタオーレ・クルミアルドと現女王マリオネット・ジョワンヌ・ビ・ポリキュレンテ・クルミアルドの間に生まれたわ。つまりはれっきとした王女って事ね」


 存在の端々から感じられていた気品や、平素からドレスを着ていた理由が分かり、僕は驚くというより腑に落ちたという方が適切な感覚を味わっていた。

 あと


「パパとママの名前なっが」

「パ……!? ぎ、ギンジ君は可愛らしい呼び方をするのね。でもそれは私たちの間では品を失うとされているわ。正しくは、父上、母上よ」

「いやこの前普通にパパママ呼びしてたじゃん」

「は、はぁ~~~!?」


 このやり取りは余りにも不毛だったので割愛させて頂こう。

 結果だけを語れば、僕の頬に蛇柄のアザが刻まれ、クルミアが涙ぐむという形に落ち着いた。いや落ち込んだ。


「それ以上言うなら、もうギンジ君に話さない。ぐすっ」

「ごめん僕が悪かった。だからなけなしの魔力を振り絞らないで?」

「……約束する?」

「アカネに誓って」


 ここで引き合いに出すのは如何なものだろうか。

 でも僕の心を占めているのは神ではなくアカネなので、嘘はついていない。


「ん、それならいいよ」


 幸いにも僕の宣誓には効果があったらしく、クルミアも少しばかり平静を取り戻したようなのでよしとする。

 ちなみにここでクルミアが幼児退行気味な話し方になっているのを指摘したが最後、更なる泥沼が待ち構えているのをお忘れなく。


「それじゃ気を取り直して……どこまで話したかしら」


 咳ばらいをしてから、クルミアがいつもの表情へと戻る。


「私は王女として生を授かってから、ありとあらゆる英才教育を施されてきたわ。帝王学に経済学、農学、そして言語学――人族語を学ぶのも、戦争が本格化したのを鑑みれば当然だった」


「ただ」クルミアは先を告げず、瞬きの間隔を広げて言い淀む。

 口調が戻ったとはいえ、何度聞いても答えてくれなかった真意を話そうとしているのだ。普段のようには語れないのだろう。

 人事とは思えない苦悩に満ちた表情を見て、僕は意識を切り替えるために唇を引き結ぶ。

 集中して会話の要点を抑えるのが、せめてもの礼儀な気がしていた。


「……私には魔法の才能がなかった。王家に生まれたからには、民を率いるだけの力が必要だったの。『力あらば他問わず、知識など腹の足しにもならん』ってね」


 いつの間にか作られていた握り拳が、抑えきれない憤懣ふんまんに耐えかねて震えている。


「研鑽に研鑽を重ねても、零に等しい魔力は亀の歩みでしか増えない。とうとう私はパ――父上にこう言われてしまったわ」


 息を吸って。


『お前のような血統の恥さらしが、二度とクルミアルドを名乗るな。出て行け』

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