第十三話 焦り
「チチチチチチ!」
実際の戦闘になると、間合いを測るなんて悠長な事はさせちゃくれない。
僅かに届く木漏れ日を反射させて、一気に相手が遠のく。
一般的には不意打ちが成功したらすぐに先攻するべきだけど、どうやら反響蟲の方も期せずして僕達と遭遇したようだ。
不釣り合いな細い六本の足を交互に動かして、巨木の一本に隠れてしまう――くそっ、一番嫌な動きだ。
「魔法がっ――!」
クルミアの『霞切』は威力の分だけ消費する魔力が多い。訓練が終わってからの延長戦に使うような代物じゃなかった。
不発に終わり、態勢が崩れる。
僕は補助に向かおうとする足を律し、脇目も振らずぽっかり空いたうろに入った反響蟲の息の根を止めにかかる。
人間に驚いて逃げたようでも、それはただの擬態に過ぎないのだ。時間をかければかける程、この魔物は凶悪度を増す。
「キュイキュイキュイキュイキュイキュイキュイッキュェェェェ!!!」
しかし魔法なしのかけっこではうろの前の根っこにすら届かず、いともあっさりと敵の魔法を許してしまった。
いや、魔法と呼ぶにはいささか普通の現象かもしれない。
反響蟲の力は連携を覚えた動物なら当たり前に用いる、至極真っ当な知恵だから。
「キュ?」「チチチ……」
狭い空間で発せられた甲高い金属音は、遮蔽物を通して特殊な音程へと変わる。
それを聞きつけて加勢しにきた別の反響蟲が、視界の端に映った。
最初の個体を合わせて三匹。
死神という存在が本当にいるならば、まだ僕達の命を刈り取る気はないのだろう。普通なら考えられない幸運だ。
反響蟲は背中についている羽を振動させ、その高音をもって仲間をおびき寄せる。
範囲は音が聞こえるならどこまでも、という中々の壊れっぷりで、運が悪いと百匹近くのお仲間が徒党を組む。
僕は視野をさっと広くして、援軍の数を見定めた。
遠くからの足音は聞こえず。
共鳴する音もしないし、ここは縄張りの端っこだったのかもしれない。
「ここで休んどいて。僕は左を片づける!」
「ちょっと待っ――!?」
後ろにいるクルミアに指示を出して、返事を待たずに思考を前へ集中させた。
こちらから見て左にうろがあり、その中にいる一匹は音を出した疲労から、羽をしまう動きが鈍くなっている。
ここで仕留めないと、合流されて厄介だ。
急所がどこか知らなくたって、工事用の材木とさほど変わらない重さの木刀を振り下ろしてやれば、それだけで事足りる。
頭をかち割ってやる気まんまんで、うろから這い出た瞬間にタイミングを見計らって。
「ギンジ、後ろっ!」
戦闘経験のなさが、ここで仇になった。
背中に熱を感じて、上段に構えていた体が勢いを失う。ひりついた熱は次第に痛みとなって、僕は苦悶の声を漏らす。
「あ……が……」
葉っぱと同じ速度で緩やかに崩れ落ちる。熱烈な衝撃が、頭の先まで満遍なく広がって。
確認せずとも、大体の予想はつく。
おそらくは仲間を援護するために、右側に寄っていた別個体が音の波動を撃ち込んだのだ。この前の戦闘でも主な攻撃手段として使っていたそれは、辺りの巨木にすら大穴を穿つ。
直撃しなかっただけでも、やっぱり今日は運がいい――いや、遅いか早いかの違いか。
目の前にぎざぎざの
「く……ぅ……くそ……」
全身は脂汗を垂らすだけの肉塊になり下がり、指の一本だって動かせない。背中にかっすただけなら、立ち上がるくらいの事はできそうなのに。
まるで自分の氷魔法が逆流したみたいだ。
体は熱いのに、顔が寒い。
クルミアの優しい敵意とは違って、どろどろに煮詰まっている殺気が目の前にある。
無機質に――いっそオルバードのように軽蔑してくれたら動けたかもしれない。憤って暴れて、手傷の一つくらいは負わせてやれたかもしれない。
なのに、こいつからは純粋な本能しか感じられなかった。
殺すために喰らう、捕食者の眼光。
「カポォ……」
静かに反響蟲の鋏角が開かれて、黄色く濁った口腔が
僕の体は更に硬くなって、がちがちと歯の音だけがやかましく鳴る。
もう一度アカネに会うまで諦めないと決めたのに、こんなにあっけない幕引きなのか。
視線は逸らせず、意識だけがここではないどこかへと翼を広げようとする。
「あほたれぇ!」
思考までもが凍りつこうとする直前、水色の流星が飛び込んだ。
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