第十一話 クルミアVSギンジ

 十月。

 羽虫は騒がしいどころか鼓膜を貫通しそうな爆音を発し、そのせいで秋の香りを楽しむ余裕もない。


 剣を振り、降ろす。

 刃がついていなくとも、巨木をくり抜いた木刀だ。千回振り終える頃には全身が悲鳴を上げる。


「九百九十八、九百九十九……」


 汗で滑り落ちそうになるのをぐっと堪え、痙攣する前腕を持ち上げてもう一度振る。


「千っつ……!」

「『白水演舞』!」


 渾身の一振りを終えると、息をつく間も与えずにクルミアがお得意の霧魔法を使って攻撃してくる。


 教わった所によると、魔法の仕組みは極めて単純で、体内の器官である『魔蔵庫』から魔力を取り出し、これまで繰り返し見てきた幾何学模様――『魔法陣』で形や種類を決めて現世に呼び出すといった手順らしい。


 奇跡が信仰する神によって種類が固定される一方で、魔法はその気になれば色々と使える。

 もちろん基本は一人一属性で、複数の魔法を操るには相当の才能が必要になるそうだ。

 ちなみにクルミアは色々な魔法が使えるけど――ま、ここら辺の説明は後にしよう。


 僕は例に漏れず発動できた魔法の種類が一つしかなかった。

 使えただけで万々歳だし、普通の人族はそもそも魔蔵庫を知覚できないらしいので、不満を言うつもりはない。

 ただ応用が利きにくいのだけがやっかい――っと!


「あぶっ!」


 考えすぎたせいで反応が遅れてしまったものの、足を湿らせて加速するという猪口才な魔法攻撃をぎりぎりで避ける。

 魔法はあまり関係なくないか、と思いついた拍子に聞いてみたら、その日の夜ご飯のおかずを一品減らされた代物だ。


 空腹のせいで脳にこびりついたこの記憶、たかだか三日程度で忘れるはずがない。

 あの魔法は方向を決めたが最後、障害物に当たるまで止まれないんだぜ!


「単調だよクルミア――くらえ、『氷瀑の腕』!」


 いよいよ僕の最終にして唯一の切り札、氷魔法が生きる瞬間だ。

『氷瀑の腕』。我ながら中々の名づけではないか。

 奇跡のように効果をそのまま名前にするのとは違い、魔法は自分で好き勝手に名前をつけられる。神におもねって名前を決める必要がないのは素敵だ。


 僕はオーリッド村の雪景色を思い出して、その情景を浮かべたまま魔蔵庫から魔力を取り出す。

 全力疾走した後のような倦怠感に負けないよう苦労しつつ、今度は魔法陣で種類を決める。一つしか選べないにせよ、手順を踏まないと発動しない。


 水色の幾何学模様が腕の周りで回転し、世界を書き換える。

 血液とは違った流れを体の外へと吐き出して――地面から氷でつくられた腕を召喚した。自然なものとは違って、透き通った純白の形がお気に入り。

 小細工なしで向かってくるクルミアの直線上に配置する事で、動作が間に合わない時には障害物としても働く。


「掴め!」


『氷瀑の腕』に指示を出して――自分で操作しているので気分の問題だ――クルミアの足首を狙う。

 いくら体幹が強かろうと、起点を潰してしまえばどうにでもなる。

 顔からずざざー、と倒れ込むクルミアを見下ろして煽ってやろうじゃないか。

 いつも負けてばかりだし、たまには優越感に浸ってみたい。複雑なお年頃なんです。


「いよしっ、もらったぁ!」


 狙い通りに、しなやかに伸びるクルミアの足首を捉え――


「邪魔!」


 壊された。


「え? えっ……え?」

 

 全力でやれば木の幹を抉るくらいの膂力がある『氷瀑の腕』を、ものの見事に根元から引きちぎったクルミアが、木に足底をぶつけて方向転換し、勢いを落とさずに迫ってくる。

 足首を固定する所までは完璧だったのに、よもや振り切られるとは――きっつ。


「てやっー-!」


 魔蔵庫に残り一発分の魔力が残ってようと、こうも接近されては打つ手がない。

 教わった通りに目を瞑らず、またもや止められなかった猪突猛進少女の膝頭を受け止める。

 俗に言う飛び膝蹴りだった。

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