第351話 異世界の落ちこぼれに、魔術人形が声を掛けたとする~結果、ロストテクノロジーが魔術異世界のすべてを――②

「貴様さては異教徒だな?」


『皆で“虹の麓”を見るのが夢です』

 神にとって代わるような発言だと、ハルトは憤慨した。生まれてからずっと心の隣にあった“げに素晴らしき晴天教会”の聖書、晴天経典の教えを真っ向から否定されたことによる衝動に突き動かされた。


「獣人は大咀嚼ヴォイトから作られた世界の罪! “虹の麓”はユビキタス様がおわす聖域! それを人の身で実現しようとするなど言語道断! 醜怪にもほどがある! 僕の聖なる怒りで燃えぬ内に消えるがよい!」 

「んー。そんな事なかったですけどね。大体ヴォイト君、獣人を作ったなんて事も出来てない筈ですし」

「はぁ!? ヴぉ、ヴォイト、く……?」

「大体、ヴォイト君もユビは私の親友ですし」

「い、言うに事欠いてユビキタス様を親友呼ばわりだと!?」

「ええ。まあ私はその記憶を引き継いでいるだけの魔術人形なので、親愛の情とかは無いんですけどね」

「まじゅ、魔術人形!?」

「ああ、私魔術人形のプロトタイプなんですよ。ほれ」

「……っ!?」


 思わずハルトは目を逸らした。何せ突如襟の部分を引っ張り、ラブの豊満な胸が上の部分だけ露わになったのだから。

 だがラヴは特に気にすることも無く、しかし絶妙に谷間は見えないように乳房の上部までで手を留めていた。


「嫌ですね、魔石を見てもらうだけですよ。大丈夫おっぱいが見えないように、というのは心得てますから。ほら、貞淑な女の方が今はモテるらしいですし」

「そういう問題じゃ……というか何故胸に魔石がくっついている!?」


 胸の上には、緑色の魔石が埋め込まれていた。

 後からパズルのようにはめこまれたというよりは、魔石からラヴの肉体が生成されたように自然と調和している。

 異形。まるで魔物を見ているような気分。

 ハルトも理解が追い付かない。


「古代魔石“ドラゴン”が私には搭載されています。ま、こうやって自律機能を有する程度にしか、かつてあったというロストテクノロジーは再現できていない訳ですが。“スキル”、使えない訳ですし」

「“ドラゴン”……白龍の事か!? ユビキタス様の友まで騙って見せるとは……」

「だから言ったじゃないですか。私はユビの友達だと」

「魔術人形……魔術人形? いや待てよ、聞いた事があると思ったら……」


 そういえば聞いた事がある。ヴィルジンは“夜明起し”なる組織を作り、機械仕掛けやら魔石やらを応用して、何かとんでもない兵器を作っているとか。父であるランサムも相当警戒していた。 

 だとすれば、このラヴという魔術人形はヴィルジン側の尖兵。

 ならば放っておくわけには行かない。見たところ、そこまで強い力を有しているようにも見えないし、ならばここで消すのが最善だ。

 いい加減美しくない異端の考えに浸されるのはこりごりだった。

 この人間もどきを排除すれば、ユビキタスという美に、また一歩近づくことが出来るかもしれない――。


「んで、さっきから私のパンツを見てるのは。視線がよろしくないんじゃないんですか?」

「おうっ!?」

「君の麗しき美しい現人神あらびとがみユビキタス様とやらは許して下さりますかねー」


 色白の太腿と、緑色の水玉模様に縁どられた、甘美な三角地帯でいつしか視界が一杯になっていた。


「これは僕を試す試練これは僕を試す試練これは僕を試す試練これは僕を試す試練これは僕を試す試練これは僕を試す試練これは僕を試す試練これは僕を試す試練これは僕を試」

「ははは、“試す試練”だなんて、言葉が重複してますよー。相当焦ってますねぇ。おやー? 異教徒の誘惑にこんなに簡単に負けるようでは、ユビの子孫も大したこと無いですねぇ」


『私も今気づいたんですけどね。やれやれ、殿方との距離を測るのはまだまだ難しいですな。まだまだ男性経験ゼロでして』とスカートに手を当てて、やらかしたと言わんばかりに舌を出しながら座り込む。

 一方、ハルトは自分自身を不甲斐なさを覚えていた。

 テルステル家に、“洗礼夜伽”をする為に出入りする女達で慣れている筈なのに。女体は飽きる程浴びてきた筈なのに。

 人間はおろか、獣人さえ下回るような“生物もどき”に、ここまで心を搔き乱されるとは――。


「でも、そんな素直さが君のいい所かな」

「な、何のことだ」

「君の言うユビキタスの教えに従っていれば、世界は本当に笑顔になると思いますか。それが不安だから、君はこうして街に飛び出してきたんじゃないですか」

「……」

「だから、君と話しに来たんです。ちゃんと、君の本心と。行進の最中、隊列を乱してまで、自然と女の子を助け出した君と」


 ラヴの目は、真剣だった。思わずこちらまで引き締まってしまう程だった。

 先程までの純粋無垢にハルトをからかっていた少女の顔付きはもう見えない。


 街に飛び出してきた理由。それを頭に浮かべた途端、何も反論が出来なくなってしまった。

 そもそも理由らしい理由も無いのだが。

 ただ、いつもは顔を見せていた空腹の母娘の様子を見に来ただけで。

 結局、母と娘は永遠に離れ離れになった訳だが。


「……あんなのは、僕の気の迷いだ。僕はね、美しくないのが世界で一番嫌いなんだ」

「君は、本当に美しさに固執してますね」

「そうだ。柔和も、優美も、戦災も、気品も、切望も、憧憬も、そして善意と信仰を片手に世界を導く事こそが――」

「誰から借りた台本なんて要らないです」


 見えぬ矢に射抜かれた。ぴしゃりと高説は打ち切られた。

 

「それ、晴天経典の言葉でしょう。“クロムウェルによる福音書”1章2節だっけ」

「……そうだ。ユビキタス様の御言葉だ。何せユビキタス様の完全に近づくことが、生きている人間の最終目標だ。美の概念そのものだ……」

「じゃなくて、

「これだから異端は、異教徒は……先程から言っているだろう。ユビキタス様の教えを守り、より完全に近づいていく事こそが……」


 何故、言葉が出ない。

 何か例外属性“詠”による封印魔術を受けたわけでもないのに。

 ハルトは、探す。自分の散らかった喉に隠れた言葉を探す。

 

 しかし、同時に生まれてきたのは、一つの母子の美しい終焉。

 あれこそが。

 ハルトの求めてきた、美だった筈だ。

 ランサムという父が言う、キルプロという兄が言う、美だった筈だ。


「違う……あの二人は、ユビキタス様の御許に逝ったんだ……」


 否、終焉などではない。

 娘は生まれたという罪を、苦渋に生きる罰によって洗われ、ユビキタスの御許へと向かったのだ。母も同じように天国へ行けば、母子は再会できる。

 あれは、始まりだ。


「……どこに行くんです?」


 気付けば、ラヴから逃げるように離れていた。ラヴは追いかけず、帰りを待つようにその場で佇んでいた。


「お前といると、僕はおかしくなる……! 初めから僕を惑わせて、テルステル家の恩恵にでも与ろうと考えたか? あるいは僕ならば異教徒の考えに引きずり込めると考えたか」

「違います」

「お前のようなサキュバス、顔も見たくない! 僕は……君のような汚い存在が大嫌いなんだ!!」

「私の事はどう思われても構いません」


 去りながらも、ハルトは考えた。

 ラヴという“悪魔”を放っておくわけにはいかない。あれは人を袋孤児へと追いやる魅魔の類だ。下手な魔物よりも質が悪い。


「私、暫くこの街にいます――君とちゃんと話をするまで。これでも昔から、人を見る目だけは最高なもんで」


 この期に及んで自分が彼女の下に帰ると思っているらしい。

 呆れたが、寧ろこの街にいるなら好都合だ。態勢を立て直してから、この手でラヴを葬ろうと、頭の中で皮算用を働かせた。

 

(だが、あの程度の売女で、兄上や父上の手を煩わせる訳にはいかない……)


 恐らく戦闘力は高くない。使、キルプロに鍛えられた自分の力ならば――


『貴方の言うユビキタスの教えに従っていれば、世界は本当に笑顔になると思いますか。それが不安だから、あなたはこうして街に飛び出してきたんじゃないですか』


 ハルトは、早く昨日までの自分に戻りたくて、走って帰った。

 再び、ユビキタスに顔向けできないような“闇”が、光の真似をして視界を覆ってきたからだ。




 ――クオリアは、擦れ違ったハルトの迷いも、ラヴの真剣さも見抜いていた。

 とはいえ、この記憶世界にクオリアができる事は何もない。

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