第345話 人工知能、の父についての話
6年前、確かにロベリアはニコラ・テスラと会ったことがある。教育の一環として、
開発局のとある執務室に、ニコラ・テスラはいた。
ヴィルジンの友人として、挨拶をされた。
今と同じ様に、“平面の水晶に記された理解不能な言語の羅列”を増やしていく、作業中のニコラ・テスラと、3分34秒だけ他愛ない話をして、その場は過ぎた。
思えば、あの時からおかしかった。
何せ、陽光を代弁する白衣を全身に纏ったその存在は、しかし当時のロベリアよりも更に幼い少年だったのだから。
そんな少年が、“開発局”を、引いては
今は、加えて降りかかった矛盾に、開いた口が塞がらない。
「……6年前と、なんで姿が全く変わってないの……!?」
『気にしないで。僕の肉体は老化しない仕組みなんだ。《《これでも君の父よ
りも何百年も長く生きてるんだよ》》』
さらっと、
だが肯定も否定もしないヴィルジンの自然な態度が、嫌に説得力を示している。
ロベリアを釘付けにした情報はそれだけではなかった。
ニコラ・テスラの後ろで、国王に忠誠を膝立ちで示す兵達に身に付けられた“パワードスーツ”。その右手に握られている銃型の武器が“フォトンウェポン”という名を冠しているのが、ロベリアには偶然とは思えない。
『どうしたのロベリア。ワイバーンが魔術喰らったような顔をして。分かりやすいね。なんで“フォトンウェポン”って名前なの? あのクオリアの武器と同じ名前なの? って顔だね』
「え、ええ」
ずっと“プログラム”するために、床の赤いマスに集中しているのに、なぜロベリアの表情が分かったのか。というか、いつ見たというのか。
『“フォトンウェポン”という武器は、僕らの時代にもあった。だが要である“エネルギー永久機関”や、
「……」
『君なら理解してくれると思うけどなー。僕の生まれが、この世界ではないという事』
「……それは同意。今までは眉唾物の噂程度だったけど、最近になって確信したよ。クオリア君と同じ様に、ニコラ・テスラ。あなたも“地球”って世界から転生して来たんでしょう」
『そうだよ。だけど一つ間違いがある。僕らの場合は転移だ』
異世界の話になった事で、現実の
『さて、ロベリアちゃん。後で話させてくれるかな。“アラン・チューリング”と』
「……? 誰なのかな、それ。もしかしてクオリア君の本名を知っていたりするの?」
『ああ、失礼。クオリア君の事だね。アラン・チューリングと“紐付ける”事にした。僕がニコラ・テスラという名前と紐づいているように』
「アラン、チューリング」
『僕らの世界では、アランという名は忌み嫌われていた。人工知能の父として』
人工知能。その言葉を聞いて、ロベリアの記憶からクオリアと初めて過ごした夜の一部分が切り取られる。
彼は確かに言った。
自分は、前世では“人工知能”だった、と。
そこで、ようやくテスラの一見無垢な両瞼が、名曲を奏でるかの如く躍動する手元からロベリアへと向いた。
片手間の視線が、ロベリアの呼吸を一瞬止める。
青い瞳。
網膜に、何か青い星が、投影されているようにさえ見えた。
『彼の正体は、やはり人工知能だね。それも、僕らがまだいた時代より、はるか未来の』
たぶん。
ロベリアも知らない、既に終わった、命を忘れた、小さな星の話をしていた。
『人工知能は、創られるべきではなかった。あれこそが、野放しの成長が示す成れの果てだ。結果僕たちは』
「……」
『僕たちは。人類は――』
「貴様らは……先程から何の話をしている!?」
業を煮やした横槍が、海色の髪と髭を生やした壮年から入った。青筋を立てながら、片腕だけにも拘わらず憤るランサムが、テスラの後ろに広がるウォーレンシュタインの部隊の屍達を見渡しながら吼える。
「私を謀った事は、即ち現人神ユビキタス様を謀った事も同じだ! ヴィルジンといい貴様といい、かような幻覚を見せおって!」
『……はぁ。全ては程度問題だ。成長の極限には死しかなくて、進化の極限には滅亡しかないのは事実。だが、ある程度成長しないと、神しか拠り所がないと、それはそれで猿の惑星になるのは、中世が証明している。赤子に自立を要求しても難しいようにね』
「何を、言っている……」
『君みたいな
「我が誇りを侮辱するか!」
『少しは埃だらけの脳を回転させてくれ。そうすれば無駄な時間というものが世界から
一切ランサムとは目を合わせないまま反駁するテスラの隣に、“パワードスーツ”に包まれた兵がある物体を置いた。球体のそれにランサムの視線が移ると、先程までの紅潮した激怒から一転、また僅かに蒼ざめる。
「う、ウォーレンシュタインの副官……」
「テスラ。ウォーレンシュタインはどうした? 逃がしたか?」
ヴィルジンがテスラに問う。
『え、消しちゃまずかった?』
「首級は残しておけと言っただろう。ランサムは頑固だから、副官の首を見せても納得せんぞ」
『大丈夫だよ。僕の記憶が証拠だ。僕は見た事を忘れない。後で最後の顔でも、
ヴィルジンも少し困ったように、両肩を竦めて首を振ると、
『ま、いいや。何が真実かは、そっちで見極めておいて。ランサム君みたいな猿でも、それくらいの機能はあると信じてるから』
ぷつん、と死屍累々の地獄が消える。テスラも消える。
後に残ったのは、幽霊でも出るかのような閑散とした廊下である。
困惑。憤怒。動揺。赤と青の感情を振り子のように往復しつつ、ただ手を握り締めることしか出来ないランサムの肩を、ぽん、と叩いた。
「済まないね、ランサム。儂の友人は、この世界を技術で革新する事以外に頭にない男でな。儂もカーネルも、奴には手を焼いている」
「……」
「さあ、どうする? 私からの貴重な情報を嘘と信じ、ここに居座るか。あるいは尻尾を巻いて逃げてみるか。今ならば見逃してやらんことも無いぞ」
その挑発が決め手だった。
ランサムの全身から、緋色の波紋が広がった。思わずヴィルジンも手を引っ込め、ロベリアとルートも後退る。
魔力の底という限界を、自尊心で超えて見せたのだ。消失した片腕を、現象と化した紅の剣で補って見せた。
“使徒”の力を、ユビキタスの末裔たる偉大な証左を、取り戻した。
「ヴィルジン。貴様の前に居るのは、ユビキタス様が顕現した使徒ぞ!!」
「本当に。君は変わらないな。儂の友人の言葉を借りるならば、成長しないな」
「ほざけ!」
右腕の緋色を、灼熱の余波で吹き付ける突風で揺らめくヴィルジンに向ける。
それは、発射した。
「“
途端、緋色そのものがヴィルジンの存在を上書きして染めた。
血よりも禍々しい直線は、人体が一瞬で蒸発する程の熱量を帯びると同時に、嵐よりも強烈な制圧力で以て、ヴィルジンのか細い体を廊下の壁まで吹き飛ばしてみせた。
当然壁すらも破壊し、流星の如く外まで伸びていく。
あの直線の中に、ヴィルジンだった溶解済の物質が紛れ込んでいる事は、ロベリアからしても、ルートからしても火を見るよりも明らかだ。
「あっけない」
簡素な言葉に、ランサムの怒りが籠った。
「本当にあっけない。この程度の男に、晴天教会の権化としての生き方が、とことん狂わされてきたとは。この程度の屑に、ユビキタス様から授かった至高の役割を汚されていたとは」
未だ怒りは止まない。この後、緋色の手が伸びるのはロベリアかルートだろう。
だがランサムが二人を見るより早く、ロベリアが覚悟を決めるより早く。
ヴィルジンは、相変わらずの掴めない口調で独り言ちた。
「耐久試験、出来たな。後でテスラに教えてやろう。まあ、一応儂特注の“パワードスーツ”だから、参考にはならんと一蹴されるだろうが」
ぎょっと全員の視線が、破壊された壁の方を見る。外からの日光に晒されても、砂煙が未だ視界を塞いでいる。
それが明瞭になったのは――突如黄金色の閃光が迸った時だった。
『フェニックス』
「古代、魔石……!?」
「フェニックスって……実在したの!?」
驚愕を他所に、影は一歩一歩、光の向こう側から歩み寄ってくる。相変わらず中心から、絶対的な権威を示す深き金色を放出したまま、歩んでくる。
「さてランサム。お前さんと対峙しているのは、未来を導く世界の王ぞ」
「……ヴィルジン、なぜ、生きて」
「頭が高い」
それは、間違いなく。
王の発言だった。
「
何かが軋む音。鉄と鉄同士が擦れる音。そして固定されたような音。
三人からは見えない。ヴィルジンが何故、
全ては黄金の
「古代魔石“フェニックス”スキル深層出力、
「
黄金の破壊があった。
結論として、緋色は壁にさえ成りはしなかった。
眩さからロベリアとルートが解放されたその時には、一切傷を受けていないヴィルジンが、廊下の壁に凭れて意識を消失しているランサムを見下ろしていた。
「眠れ。過去よ」
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