第346話 夜明国王、父には成れない

 一体、ヴィルジンが古代魔石“フェニックス”で、かつそれを用いた“パワードスーツ”というテクノロジーで、どのようにランサムを一方的に圧倒したのかという仕組みは、遂にロベリアには分からなかった。

 ただ言える事は、あのランサムが一瞬で死んでいるか生きているかも分からない損傷を受け、ロベリアの足元に横たわっている事くらいだ。


「テスラか。のパワードスーツ“鳳蝶アゲハ”、良好だ。とりあえず黄金火ファイブエイトの出力も申し分ない。着脱も一瞬だしな」


 耳に取り付けているらしき何かで、遠くのテスラと会話をしているようだ。コネクトデバイスのような代物だろうか。

 そもそも、一般兵が所持している武装の名前が“フォトンウェポン”という所からしても、開発したテスラはクオリアと同じ世界から来たと信じざるを得ない。ただしテスラは、クオリア――シャットダウンの種類である“人工知能”に途方もない敵意を抱いていたように見えたが。

 しかし、クオリアのようなテクノロジーを、生み出せるとしたら。

 ランサムがここに転がっているという展開は、酷く予定調和なのかもしれない。


「わっ」


 鷹が食料を横取りするように、影が横を通り過ぎた。視界を一瞬遮られた直後、ロベリアの隣からランサムの体が消えていた。


雨男アノニマス!?」


 視線を戻すと、藍色の雨合羽に全身を包んだ、白い狐面の少年が佇んでいた。それも、右肩にランサムを抱えて。


「これは一体!?」

「ヴィルジン!?」


 ラックとスピリトが、雨男アノニマスとは真反対側の通路から追い付いたのも丁度その時だった。ロベリアもヴィルジンも超えて、雨男アノニマスがラックへと仮面に隠された視線を向ける。


「ラック侯爵。

「ウォーレンシュタインが来ると聞いてな」


 ロベリアの視線が、確認するようにラックへと向けられる。苦虫を噛み潰したように、眉間で皺が波打っていた。

 ロベリアは思い出す。彼と協力しようとしていた時の事を思い出す。

 “虹の麓”完全発動の為に、雨男アノニマスはローカルホストから人を掃けるつもりだった。デリートの事を引き合いに出して、ロベリアを媒介にこのローカルホストを無人のゴーストタウンにするつもりだった。


 さもなければ。

 “虹の麓”の代償として、住民が死ぬから。

 雨男アノニマスなりの、譲歩。


「彼なら、もうこの世にはいない。ウォーレンシュタインに関しては、安心していいぞ。ラック」

「ヴィルジン国王。なぜ貴方がここに……」

「散歩だよ。君という懐かしい友に会いに来た。ブルーウォーの時よりは、味方寄りで話せそうだろう?」

「……貴方と話す事はない。霊脈の利権を付け狙う貴方には」

資源開発機構エヴァンジェリストが粗相をしたようで済まない。しかし、新しい時代に必要だった」


 “何故ここにいるのかラックからすれば全く説明のつかない”ヴィルジンがいる事が、半信半疑でもウォーレンシュタインが死亡したとラックに信じ込ませていた。

 割って入ったのは、雨男アノニマスだった。


「ヴィルジン。残念だが新しい時代は来ねぇぞ」

「来るさ。“虹の麓”なんて停滞、させるとでも思ったか? 言っておくが、儂は君にも新時代を担う一人になって欲しいと切に願っている」

「今日、晴天教会が滅びが始まり、更に“虹の麓”でラヴの夢を叶えると同時に、魔術人形という不幸を生み出す貴様の目論見も、ここでくたばる」

「汚い言葉を使うものだ。


 三竦みの中で、カカカ、と不敵に笑うと払いのける仕草をヴィルジンはして見せた。


「まあ良い。ランサムは連れていけ。もうマトモに動けん。ここまでは君と、儂の約束だったものな」


 それ以上は何も話さず、肩に抱えたランサムと共に、雨具に覆われた影が消えた。一連のやり取りを聞いて、思わずヴィルジンへロベリアが視線を向ける。


雨男アノニマスと……繋がっていたの!? というか、今の話し方的に、雨男アノニマスの正体も知ってるの!?」

「何故自分だけが特別だと思っていた?」


 光の無い瞳は、ロベリアと視線を交わらせる事はない。白棒で床を叩きながら、ただ自身へと注目を集める事しかしない。

 まるで、聞き分けの悪い娘に説教する、昔ながら父親の様に。


「ロベリア。お前のやる事なす事が、ままごとだと言うのはそういう事だ」


 ロベリアもスピリトも、一寸黙った。

 だが次に口を開いたのは、スピリトの耳に入っているコネクトデバイスの反応に連鎖してだった。


「お姉ちゃん。クオリアとアイナ、後フィールも帰ってきたって」


 頷くと、ロベリアは父親に背を向ける。


「……ままごとでも、もういい」


 静かに、しかし芯の底から、真っすぐに言い放つ。


「私は、私のやり方を皆と探して、最後まで貫く。もう迷わない。ままごとだって笑うなら、止めてみなよ」


 ロベリアが過ぎた後で、スピリトも嵐でも折れないような旗の如き目線をヴィルジンに数秒向けた後、ロベリアの後を追って消えていった。


         ■           ■


「ヴィルジン。貴方は後回しだ。ウォーレンシュタインがいなくなった今、我らはデリートを“封印”することに注力する。万が一失敗した場合の為に、避難は取り消さんがな」


 ラックも、それを追う様にしてヴィルジンから離れ始める。今から避難を取り消しても、逆に混乱を招くだけだ。雨男アノニマスの狙い通りになっているようで癪だが、ラックとしても領民の命を優先する義務がある。


「動く必要はないぞ、ラック。あの戦闘狂デリートの事なら、儂らが止めてやる」


 同じ支配者として苦悩するラックに、優しくヴィルジンは語りかけた。少なくとも、敵意は一切感じられない。


「恩にでも着せる気か」

「何を言う。我が子の様に愛しき国民を守るのも、王と、それに付き従う兵の責務だ」

「甘言として受け止めておく。動きたければ勝手に動け。貴様の為には祈らん」

「構わんよ。儂が多分世界で一番ユビキタスに嫌われておるし」

「せめて娘へは、素直に話したらどうだ。ロベリア姫にも、スピリト姫にも、そしてルート姫にも」


 逆に同じ父親同士として、自然と助言が出てしまった。それを聞いて、力なくヴィルジンは笑った。


「今更好かれるつもりはないよ。儂も、10年前の儂自身を許す事は出来ないからな」

「……」

「ただ神に祈るとしたら、娘が無事である事くらいだ。このルートも含めてな」


 足元で、突然の裏切りと窮地に打ちひしがれているルートを見てヴィルジンが本音を吐露する。

 その瞬間だけは、ラックも僅かに脱力せずには居られなかった。


「貴方も、大変だな」

「フィールは、君のような父親を持って幸せだろう。儂は君のような父になりたかった」

「今からでも、目指せばいい」

「それよりも優先することがある」


 それ以上は言葉を交わさず、ラックもまた廊下の彼方へと消えていった。

 虚無の空間に残っているのは、ヴィルジンとルートだけだった。


「あの時、ルート、君の母が精神的に疲弊している事は理解していた」


 突如、ヴィルジンは過去を弁明する。ルートは俯いたまま、視線を合わせようともしない。


「彼女にとって敵だらけの王都に居ては、精神が崩壊する事は目に見えていた。だからこそ、王都から離れた場所で、かつ儂の信頼出来る隠れた別荘で、儂が信頼できる数人の従者を付けて、静養させていた。儂が許すことが出来なくとも、儂を晴天教会の駒にし切れなかった罪深き信徒と自分を罰する事を少しでも防ぐためにな」

「今更、何をおっしゃいますの。そんな妄言で、裏切りの咎が消えるとでも?」

「儂は君の母を、シャーリーを一時とて忘れた事はないよ。政略結婚でも、儂の正妻として永久とこしえに愛を誓い合った事を、忘れる訳が無かろう。長女であるお前を、忘れる訳が無かろう」

「その貴方が!! 母を殺したんじゃない!!」


 突如立ち上がって、ナイフがあれば今にもヴィルジンを刺しそうな勢いで迫った。ナイフがあれば、そのまま自分の喉を貫いただろう。

『娘へは、素直に話したらどうだ』

 ラックの台詞が、ヴィルジンの耳に気持ち悪く残響する。だが、素直に話せない事もある。例えばルート自身が、正当防衛とはいえ母親を殺した事を突きつけられたとして、彼女は信じることが出来るだろうか。かといって、あの時、素直に話したとしたらそのまま自殺を選んだのではないだろうか。

 しかし、王である時間が、父である時間を致命的に奪っていたことも確かだ。

 ランサムの暗躍を許してしまった自分は、やはりラックのような父親にはなれないと、諦めたように小さく笑った。

 嫌われても構わない。ただルートが無事で在ればいい。


「これからは、お前が母になるのだろう」

 

 腹部を庇う様に触れたルート。


「安心しなさい。これ以上は、誰の悪手にもかからんよう、儂が守ってやる。十分悪ガキとして遊んだだろう。いい夢を見ただろう。もうこれ以上、汚れてくれるな」

「今更何を……!?」

「この半年間、何故ランサムの手に掛からなかったと思う?」


 ルートの声が詰まる。


「おかしいと思わなかったのか。あんな簡単にお前を切り捨てられるならば、もっと早いタイミングで殺されていてもおかしく無かったはずだ。考えてみれば、お前を早いタイミングで殺しておいて、その罪を儂に着せ、より多くの晴天教会の騎士達を徴兵した方が、有利になるにも関わらず、だ。ランサムはそういう奴だ」

「それは」

「答えを教えてやろう。そうならないように、

「誘、導!?」

「“雑談”って言い方をしていたな。本人は」


 何か触れてはいけない真実に触れたかのように、ルートの顔は青ざめる。眼は多き見開き、何か声を出そうとしても上手く声が出ない。


「ま、まさ、か」

「それが“マス”へ、儂が与えた使命の一つだったからだ。

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