第320話 第二王女、家族を軽んじる使徒を睨む
「……さて、ラック侯爵。少し休憩がてら、世間話をしようじゃないか」
「それどころではない!」
ラックの周りを固める僧衣姿の出席者が、一様にランサムへ吼える。だがそれどころか、隣で教皇とスピリトが一触即発の状態になっている事にさえ意に介する様子を見せない。
「覚えているかね。私達も若かった頃だ。神聖アカシア王国には汚れ仕事を専門に扱う騎士達がいた。まあ最近、古代魔石“ブラックホール”を盗む等という蛮行をした挙句、最終的には壊滅してしまったわけだが……間違いなくあの頃は、全盛期だった」
「トロイか……」
「正確にはトロイの第零師団だな」
ラックの顔が蒼褪める理由は。その頬から流れる冷汗の出処は。
きっと、左肩の風穴のせいだけではない。
「何故その話をする?」
「さあ? 例えば娘がその生き残りに狙われていたとしたら? という世間話をしたいだけだ」
「……やはりそういう事か。お前達が差し向けたのは」
「だから何の話をしている? 私達三人以外、馬車のどこにも潜んでいなかったのは、君達が証明しているだろう――だから俺が言っているのは、例えばの、例え話だよ。本気にするなよ」
隣で先程から沈黙して座っているマスと、スピリトと対峙しているルートを見やり、しかし仰々しく惚けて見せる。
だがそんな態度が、ラックへと確信を突き刺す。
「しかし一流の暗殺者は何も直接手を掛ける事ばかりに能があった訳ではない。他人に殺させる技術もあったのさ。赤の他人を唆し、刃を握らせ、友でさえ怨敵の如く串刺しにする。そういう“雑談”が意図もあっさりと出来てしまう、って話だ」
「……ならば、娘が……フィールが襲われていたのも」
「だから本気にするなよ。刃を握り、君の娘を付け狙っているのは、君が愛してやまないこのサーバー領の人間だ。いやあ同情するよ、領主も大変だなぁ……だが自分の領民さえ御せない人間が、晴天教会の腐敗を取り除くなど、片腹痛いわ」
「貴様が差し向けておいて何を……!」
ラックに付いていた男が遂に掴みかかりそうになるが、血が出る事も構わずラックが止める。
だがそのラックも、激痛と憤怒で形相が歪み始めていた。
「成程……そして今、フィールが狙われているローカルホストが不安定な状況で、かつ私が招いたクオリア君と言う客に殺されたとしても、世間は自業自得と捉える事もある。その
「いやいや。私はちゃんと現人神が定めた晴天経典に従い、隣人である君を愛しながら会談を進めようと思っていた。責任転嫁をするなよ」
白々しくランサムが見下ろす。
「さて。娘の命が危ない状態だが……ほら、さっきと同じことを言って見せろ。『真のユビキタス様の教えを、
「……それが、子供がいる親の台詞?」
横から、ロベリアが声を挟む。今まさにクオリアを追いかけようとしたところで、ランサムとラックの姿を視界に入れてしまい、放っておくことが出来なかったようだ。
少女としてクオリアを第一に考える心を苛立ちとして表情に出しつつ、王女としての義務感が止まった脚に現れていた。
「ランサム公爵だって、息子のハルトが人質に取られてるってのに……何でそんな風に余裕なの?」
「ロベリア嬢。君には分かり得ないことだが、私はユビキタス様へ全てを捧げている。何物も、ユビキタス様の教えには代えられん。それは悪魔に成り下がることと同じだ」
「……」
「勿論、ハルトの事は愛しているよ。息子だからな。故に俺は、教皇まで引っ張ってここに来た」
嘘だ。愛していない。
ロベリアは直感した。
ハルトの事を優先度高く考えているのは確かだろう。最優先はハルトの奪還なのは間違いないだろう。それでもきっとランサムの中では、ハルトの事さえ価値の高い代用品と思っているような気配がある。
きっと、教皇であり妻であるルートでさえも、替えの利く何かだと思っている。
「それにしてもロベリア嬢。あのクオリアを追いかけないのは賢明だ……今に彼は教皇の導きに全てを委ねるようになる。君が追い付いた時には、異端として君を殺しているかもしれない」
「クオリア君の……クオリア君の心は、そんなものじゃない!」
「剥き出しの心程不完全なものはない。神に従いし信仰こそが、より完全に近いものだ……寧ろ賛美したまえ。クオリアの心は、今ようやく救われたとさえ言える」
「耳を貸すな、ロベリア姫」
貫かれた肩を塞ぎながらも、決してクオリアもロベリアも恨む様子を見せず、親代わりのように諭す。
「君たちの参加を許したのは私だ……いったはずだ。いつでもこの会談から逃げて良いと」
「ラック侯爵……!」
「行け。クオリア君には君が必要だ。私の娘の事は、私の問題だ」
「……」
「君の今の家族は誰だ」
その言葉に背中を押され、ロベリアが走り出す。
「私の子に何をしようというのかしら?」
と、ルートがロベリアを追おうとしたが、スピリトがすぐさま道を塞ぐ。
「行かせると思う?」
「まあ、物騒ね。直ぐに理性を失う。これだから下民の子は……」
剣呑な瞼の裏側に潜む眼光。
それと同じくらい鋭い刃を、既に半分抜いていた。
「――教皇に刃を向けるからには、当然異端扱いをされる覚悟はあろうな。スピリト嬢」
「ランサム!」
「言ったはずだ。俺は教皇を守る義務がある。ならば教皇の前で刃を抜かれれば、俺は黙っていることが出来ない」
スピリトが振り返った時には、先程まで深く腰を下ろしていたランサムが、すっと立ち上がっていた。
「私は通行禁止って言ってるだけよ。それにランサム公爵……あんたの剣、さっき捨てたよね。私を止めようと思っても土台無理ってもんでしょ」
最早スピリトは、ここが会談の場所である事さえ忘れかけている。
クオリアの異変に感化されたかのように、憎悪の嵐に飲み込まれていた。
「ああ。だが、私にとって剣とは、そもそも一般に流通している刃などではないのでな」
ふん、と鼻を鳴らすとランサムの掌が隣のマスに触れる。
マスと名乗っていた筈の男の頭蓋を摩りながら、胡乱にあたりの人間を見渡す。
「この男を何故連れてきたと思う?」
「どういう事?」
スピリトの問いには答えず、ランサムが男へ声を掛けた。
「貴様の命、緋色の一部となれる事、信徒として心より誇りに思え」
男は目を見開く。
命を失うその刹那も。
救われたかのように、心から笑っていた。
「ああ、ランサム様、ユビキタス様! 私の命が、私の命が、ユビキタス様の御許へ、ユビキタス様の血となり肉となり、あ、ああ、ああああああああああああああああああああああああああ」
男は、緋色そのものになった。
灼熱よりも、溶岩よりも、太陽よりも、赤くて紅くて朱くて
「
緋色の瞬きに囲われながら、ユビキタスの力を受け継いだ“使徒”――ランサムはその力を行使する。
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