第315話 人工知能、会談に臨む~後編~

 一、“正統派”のサーバー領からの兵力撤退並びに、以降の侵入の禁止。

 一、原典ロストワードの提出。

 一、半年前、王都でランサムと教皇が繰り広げた“革命”の悪行を曝け出す事。


「一点目は特に説明するまでも無い。我がサーバー領を迂回し、聖地奪還王都の攻撃を目指してもらう分には問題ない。確かに聖地は、私にとっても重要な事だ……このサーバー領を守ることの、次にな」


 そもそもランサム達“正統派”の軍勢がサーバー領を攻めているのは、『たまたま進路にサーバー領があって、しかも正統派に与してくれないから』に他ならない。あくまでランサム達にとってはサーバー領は過程であって、目的ではない。

 王都という、晴天教会にとっての聖地奪還。

 それが教皇達の最初に掲げた大義名分だった。


 故に、“正統派”はサーバー領という橋を渡らず迂回すればいいだけの話だ。

 ただし、死のリスクもある峻険な山脈を超えなくてはならないが。


「まあ、別にここまではいいさ」


 とランサムがまだ想定内と言わんばかりの頷きを見せる。

 寧ろ極寒の山脈を超えた事によって、奇襲になったという戦も過去に無かったわけでは無い。


「二点目はどういう事だ」

「これも説明は不要だろう。原典ロストワードを渡してもらおう」

「未だにそのような陰謀論に縋っているのか。そんな物はない」

「あなたは虚偽の報告をしている。原典ロストワードと呼ばれるものはやはり存在すると認識」


 僅かに声の口調が変わったのを検知し、クオリアが口を挟む。

 嘘を見抜くのに目はいらない。耳さえあれば十分だ。


原典ロストワードの存在は即ち、あなた達が晴天経典の内容を偽っている事を意味する」

「異端が……何を言うかと思えば」


 まともに取り合わないランサムへ、逸れた視線を引き戻す様にラックが話す。


「ちなみに、我々は既にユビキタス様が原典ロストワードに掛けたとされる破壊耐性の魔術奇跡については確認済みだ。裏を返せば、その破壊耐性こそが原典ロストワードの証だ。下手な偽物を作った所で、我々の眼は欺けないものと思え」

「繰り返す。そんな物はない」

「そうか。ならばハルト殿には、まだローカルホストを堪能していて貰おう。ちゃんと命は保証する故、お気になさるな」


 『おっと』とわざとらしく言って、続ける。


「……しかし、デリートが攻めてきた時はどうしようもないな」

「食えん奴だ」


 舌打ちが聞こえた。だが、裏を返せば反応はこれだけだった。

 想定よりも動揺が少なかったことに、思わずラックは怪訝そうな表情を見せる。当然、クオリアの演算も同じ様にランサムへ更なる状況分析を進める。


 三点目に差し掛かったところで、忌々しそうな顔になったのは、ロベリアを睨みつけるルートだった。

 内容は、『半年前、王都でランサムと教皇が繰り広げた“革命”の悪行を曝け出す事』。


「ロベリア、これ、あなたの入れ知恵ね」

「ええ。ラック侯爵に無理言って入れてもらったんだよね」

「悪行って何ですの。“半年前”の事なら、むしろ悪行を働いていたのは守衛騎士団、及びヴィルジンあの男の方じゃない。罪無き信者を、火刑すら生温い拷問、凌辱の果てに殺し尽くしたというあの蛮行……流石は神を恐れず、アカシアという王国と聖地をユビキタス様から奪っただけのことはありますわ」


 “革命”に当たり、相当の人間が犠牲になったとクオリアは認識している。

 革命の切欠として、大多数の晴天教会の信者が王国中で殺された。

 更にハルトが不当に拉致された事をトリガーに、ルートが教皇として全信徒に号令をかけ、晴天教会を迫害していた貴族を皆殺しにした――それが“革命”。


 しかし、ロベリアはそのルートの発言を聞いて、表情を変えないまま息を吐く。

 

「そういう時だけ雄弁だよね。姉上って」

「何がおかしいですの」

「自作自演の脚本を語る時とか」

「何の証拠がありますの? 憶測もそこまで行くと品性を疑いますわ」


 再び、クオリアの耳が反応する。僅かに声のトーンが上がった。ルートは何かを隠している。

 “革命”の裏側。やはりそれは、ロベリアが暴いた通り、ルート教皇が裏から手をまわした“自作自演”だった可能性が極めて高い。


「あなたは虚偽の報告を――」

「いいよ、クオリア君」


 出かけたクオリアの言葉を、ロベリアが制する。


「姉上の弁論に最初から力なんてないから。虚構の母性で人を傀儡にしてきた女が何を言っても、狼少年って奴でしょ。という訳で姉上、あなたは何も考えず自身の罪を公然の場で告解すればいいの」

「……」

「大丈夫。脚本は私が考えてやるから。証拠が必要だったら言って。私が過不足なくきっちり用意してやるから」


 逆にロベリアの発言は、何も臆するところが無かった。クオリアも認識はしていないが、ルートの罪を成立させるに相応しい“証拠”にも自信があるのだろう。

 

「その暗所でチマチマと真綿で首を絞めるようなやり方……あの男に似たわね」

「言っとくけど、私はあの男の味方じゃない。国王と教皇でどうぞ勝手に戦え。ただ、人の笑顔を奪っておいて、そして命を沢山食い尽くしておいて、のうのうと教皇教皇と讃えられてんじゃねーよ」


 ロベリアは、最後まで親友の事を言わなかった。胸倉掴んで、腹の底から叫びたくて仕方なかっただろう。

 実際、自分の前で何かをロベリアは我慢しているような値が検出された。だが、その我慢は最後まで解放しなかった。


 それよりも。

 人々から笑顔を奪った咎を、しっかり清算させる事だけを考えている。

 ロベリアがそういう方針ならば、クオリアもそれに従うまでだ。


「ルート。あなたがあなた不正を認めず、またそれを是正しないのならば、あなたの評価は低いままだ」

「あなたはさっきから、何をしゃしゃり出ておりますの?」

自分クオリアは守衛騎士団“ハローワールド”の一員として、多くの“美味しい”を創るために動いている。その為に、必要であれば発言をする」

「“美味しい”?」

「“美味しい顔笑顔”を意味する。クオリアは、多くの美味しい顔笑顔を創る」

「は?」


 素っ頓狂な声で、空間を刺激する枢機卿の声があった。


「おいおい。先程からロベリア嬢も、クオリアも何を宣う。我ら晴天教会の教えで、人は笑顔になっているというのに?」

「確かにあなた達の“教え”を使用し、“美味しい顔笑顔”が創り出された実績はある」


 フィールが心を癒した、傷だらけの兵士を思い浮かべる。彼女はユビキタスの教えのみで、ああやって沢山の心と手を繋いできたのだろう。


「しかし、その範囲は全体ではない。また、あなた達“正統派”が多くの美味しい顔笑顔を無力化している事も認識している」

「いやあ、それは当たり前じゃないか。クオリアよ」


 溜息をつくランサム。


「我々の教えで笑顔にならないならば、そいつは人間ではない。だから救う必要もない。ただそれだけの話だ」


 何も見えていない筈のクオリアが、眉をひそめた。


「説明を要請する。ランサム。あなたにとって“人間”とは何か」

「現人神ユビキタスの子たる人間は不完全な存在。故に、完全な存在である現人神ユビキタスの意志に従い、善い生き方を全うしなさい』――“クロムウェルによる福音書”3章13節。人間とは不完全なものだ。だから完全なユビキタス様の教えに従い、完全を目指す事を心掛ける必要がある。それをしない血生臭い異端や、獣臭い獣人は、人間とすら呼べず、不完全のまま朽ち果てていく。それがこの世の摂理だ」


 人間の定義が、そもそも食い違っている。

 心を持つ物の定義が、そもそも食い違っている。

 同じテーブルにいる筈なのに、同じ目線で話している気がしない。


「そもそも神を否定する者が、人間を語るな。異端が」

「だが、クオリア君のような存在もこの世界では当然の事だ」


 人工知能を睨むランサムを、代わりにラックが睨み返す。


「この星の裏側までいけば、現人神ユビキタスを知らずに、しかし模範的に生きている人間もいる……クオリア君はその一例だ。彼のような無神論者の意見も聞き、彼にもまたユビキタス様の教えを説く。人の体が新陳代謝で出来ているように、古き淀みは捨て、新しき風を招き入れ、全世界へ教えを届ける。時には晴天経典の解釈も書き換える。これからの宗教には、そういった姿勢が求められるのでは無いか?」


 ランサムとルートを交互に見ながら、ラックが続ける。


「先程ランサムお前が熱弁した通り、かつ賢明な教皇であれば理解されましょうが、人は完全ではない。ならば、人によってなされる晴天経典の解釈の深堀にも、“完成”はない筈だ。寧ろ完全な状態から、遠ざかるような真似さえしている」


 2000年の間に、人々は完全な状態から確かに遠ざかった。

 原点から、遠ざかった。

 原典ロストワードから遠ざかり、晴天経典という聖書は権力者の恣意に捻じ曲げられてきた。


「断じて言っておくが、私はサーバー領の領主であると共に。この2000年間の晴天教会の腐敗を取り除く事を天上の使命としている。その為に、真のユビキタス様の教えを、原典ロストワードを解放する。その為なら、私は何だってする」

「ラック。あなたに説明を要請する」


 立ち上がった真横のラックに、クオリアが視線を向けないまま尋ねる。


原典ロストワードを公表する事は、“美味しい顔笑顔”を創ることに繋がるか」

「繋げるのが私達の使命だ。信じてくれ」

「理解した」


 クオリアとラックのやり取りが終わったタイミングで、仰々しい拍手で、一同の注目をランサムが集める。


「俺はお前を見縊っていたよ。ラック。そこまで晴天教会について考えていたとは。異端とはいえ、姿勢の誠実さは認めざるを得ない」


 とても相手の事を尊重し、認めているようには見えない。どう突き崩してやろうかと、何か企んでいるような顔だ。


「しかし、本当にその姿勢が真実のものだとしたらな」

「私の信仰心を疑うのは自由だ」

「ああ。疑う。“正統派”以外の考えなど、疑念以外にない」

「疑いようもなく、このラックの心は、晴天におわすユビキタス様に捧げている」

「……ああ、祈ってるよ。友がこの先、姿


 とても頼りない、枢機卿らしからぬ祈りの言葉だった。

 一方、ルートの視線はクオリアの方へじっと向けられていた。


「一人でも多く、笑顔にしたい。そんな事をよく臆面もなく言えたことですわね。クオリア」

「それが自分クオリアの役割だ」

「ははは……あなたは本当に純粋ねぇ。純粋すぎるくらい子供ねぇ。一周廻って私は感心しましたわ。そこのロベリアよりも、何故かあなたの方がよっぽど信じられますわね」


 高笑いが空間を擦る。

 隣でスピリトが体を強張らせていた。それ程に、怖い表情をしていたのだろう。

 視界を閉じたクオリアからは、その深度までは伺い知ることはできない。


「だからね、私決めたのですよ。クオリア。黒い羊たるあなたを、やっぱり救ってみせると」



 会談が会談として成立したのは、ここまでだった。



       ■         ■


(ウォータ君はまだ眠ったまま……)


 未だ声無き一室を後にして、アイナは廊下を歩いていた。


『個体名“アイナ”の制御率95%』


 様々な方向に向けられた心配も、しかし再び脳内を響き始めた機械音レガシィに妨害される。


「はぁ……はぁ……」


 思わず立ち止まり、壁に手をつく。

 確かに、何か自分の中に、自分と同じ形をした何かが入り込んでいるかのようだ。

 未だ半信半疑だが、本当にこのレガシィに体を乗っ取られるというのだろうか。


 息を切らして何とか前に進むアイナだが、何か目前の開いた扉の向こう側から、物音がする。

 この音の感じは、決して医療関係の穏やかな音ではない。

 何か暴力的な匂いを感じる。

 兄と共に過ごしていたころ、よく嗅いだ不快な感じだ。


「……」


 恐る恐る、その隙間から中の様子を伺う。


「フィールさん……!」


 アイナは見た。

 フィールが二人組の青年に連れ去られそうになっていた。

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