第315話 人工知能、会談に臨む~後編~
一、“正統派”のサーバー領からの兵力撤退並びに、以降の侵入の禁止。
一、
一、半年前、王都でランサムと教皇が繰り広げた“革命”の悪行を曝け出す事。
「一点目は特に説明するまでも無い。我がサーバー領を迂回し、
そもそもランサム達“正統派”の軍勢がサーバー領を攻めているのは、『たまたま進路にサーバー領があって、しかも正統派に与してくれないから』に他ならない。あくまでランサム達にとってはサーバー領は過程であって、目的ではない。
王都という、晴天教会にとっての聖地奪還。
それが教皇達の最初に掲げた大義名分だった。
故に、“正統派”はサーバー領という橋を渡らず迂回すればいいだけの話だ。
ただし、死のリスクもある峻険な山脈を超えなくてはならないが。
「まあ、別にここまではいいさ」
とランサムがまだ想定内と言わんばかりの頷きを見せる。
寧ろ極寒の山脈を超えた事によって、奇襲になったという戦も過去に無かったわけでは無い。
「二点目はどういう事だ」
「これも説明は不要だろう。
「未だにそのような陰謀論に縋っているのか。そんな物はない」
「あなたは虚偽の報告をしている。
僅かに声の口調が変わったのを検知し、クオリアが口を挟む。
嘘を見抜くのに目はいらない。耳さえあれば十分だ。
「
「異端が……何を言うかと思えば」
まともに取り合わないランサムへ、逸れた視線を引き戻す様にラックが話す。
「ちなみに、我々は既にユビキタス様が
「繰り返す。そんな物はない」
「そうか。ならばハルト殿には、まだローカルホストを堪能していて貰おう。ちゃんと命は保証する故、お気になさるな」
『おっと』とわざとらしく言って、続ける。
「……しかし、デリートが攻めてきた時はどうしようもないな」
「食えん奴だ」
舌打ちが聞こえた。だが、裏を返せば反応はこれだけだった。
想定よりも動揺が少なかったことに、思わずラックは怪訝そうな表情を見せる。当然、クオリアの演算も同じ様にランサムへ更なる状況分析を進める。
三点目に差し掛かったところで、忌々しそうな顔になったのは、ロベリアを睨みつけるルートだった。
内容は、『半年前、王都でランサムと教皇が繰り広げた“革命”の悪行を曝け出す事』。
「ロベリア、これ、あなたの入れ知恵ね」
「ええ。ラック侯爵に無理言って入れてもらったんだよね」
「悪行って何ですの。“半年前”の事なら、むしろ悪行を働いていたのは守衛騎士団、及び
“革命”に当たり、相当の人間が犠牲になったとクオリアは認識している。
革命の切欠として、大多数の晴天教会の信者が王国中で殺された。
更にハルトが不当に拉致された事をトリガーに、ルートが教皇として全信徒に号令をかけ、晴天教会を迫害していた貴族を皆殺しにした――それが“革命”。
しかし、ロベリアはそのルートの発言を聞いて、表情を変えないまま息を吐く。
「そういう時だけ雄弁だよね。姉上って」
「何がおかしいですの」
「自作自演の脚本を語る時とか」
「何の証拠がありますの? 憶測もそこまで行くと品性を疑いますわ」
再び、クオリアの耳が反応する。僅かに声のトーンが上がった。ルートは何かを隠している。
“革命”の裏側。やはりそれは、ロベリアが暴いた通り、ルート教皇が裏から手をまわした“自作自演”だった可能性が極めて高い。
「あなたは虚偽の報告を――」
「いいよ、クオリア君」
出かけたクオリアの言葉を、ロベリアが制する。
「姉上の弁論に最初から力なんてないから。虚構の母性で人を傀儡にしてきた女が何を言っても、狼少年って奴でしょ。という訳で姉上、あなたは何も考えず自身の罪を公然の場で告解すればいいの」
「……」
「大丈夫。脚本は私が考えてやるから。証拠が必要だったら言って。私が過不足なくきっちり用意してやるから」
逆にロベリアの発言は、何も臆するところが無かった。クオリアも認識はしていないが、ルートの罪を成立させるに相応しい“証拠”にも自信があるのだろう。
「その暗所でチマチマと真綿で首を絞めるようなやり方……
「言っとくけど、私は
ロベリアは、最後まで親友の事を言わなかった。胸倉掴んで、腹の底から叫びたくて仕方なかっただろう。
実際、自分の前で何かをロベリアは我慢しているような値が検出された。だが、その我慢は最後まで解放しなかった。
それよりも。
人々から笑顔を奪った咎を、しっかり清算させる事だけを考えている。
ロベリアがそういう方針ならば、クオリアもそれに従うまでだ。
「ルート。あなたがあなた不正を認めず、またそれを是正しないのならば、あなたの評価は低いままだ」
「あなたはさっきから、何をしゃしゃり出ておりますの?」
「
「“美味しい”?」
「“
「は?」
素っ頓狂な声で、空間を刺激する枢機卿の声があった。
「おいおい。先程からロベリア嬢も、クオリアも何を宣う。我ら晴天教会の教えで、人は笑顔になっているというのに?」
「確かにあなた達の“教え”を使用し、“
フィールが心を癒した、傷だらけの兵士を思い浮かべる。彼女はユビキタスの教えのみで、ああやって沢山の心と手を繋いできたのだろう。
「しかし、その範囲は全体ではない。また、あなた達“正統派”が多くの
「いやあ、それは当たり前じゃないか。クオリアよ」
溜息をつくランサム。
「我々の教えで笑顔にならないならば、そいつは人間ではない。だから救う必要もない。ただそれだけの話だ」
何も見えていない筈のクオリアが、眉をひそめた。
「説明を要請する。ランサム。あなたにとって“人間”とは何か」
「現人神ユビキタスの子たる人間は不完全な存在。故に、完全な存在である現人神ユビキタスの意志に従い、善い生き方を全うしなさい』――“クロムウェルによる福音書”3章13節。人間とは不完全なものだ。だから完全なユビキタス様の教えに従い、完全を目指す事を心掛ける必要がある。それをしない血生臭い異端や、獣臭い獣人は、人間とすら呼べず、不完全のまま朽ち果てていく。それがこの世の摂理だ」
人間の定義が、そもそも食い違っている。
心を持つ物の定義が、そもそも食い違っている。
同じテーブルにいる筈なのに、同じ目線で話している気がしない。
「そもそも神を否定する者が、人間を語るな。異端が」
「だが、クオリア君のような存在もこの世界では当然の事だ」
人工知能を睨むランサムを、代わりにラックが睨み返す。
「この星の裏側までいけば、現人神ユビキタスを知らずに、しかし模範的に生きている人間もいる……クオリア君はその一例だ。彼のような無神論者の意見も聞き、彼にもまたユビキタス様の教えを説く。人の体が新陳代謝で出来ているように、古き淀みは捨て、新しき風を招き入れ、全世界へ教えを届ける。時には晴天経典の解釈も書き換える。これからの宗教には、そういった姿勢が求められるのでは無いか?」
ランサムとルートを交互に見ながら、ラックが続ける。
「先程
2000年の間に、人々は完全な状態から確かに遠ざかった。
原点から、遠ざかった。
「断じて言っておくが、私はサーバー領の領主であると共に。この2000年間の晴天教会の腐敗を取り除く事を天上の使命としている。その為に、真のユビキタス様の教えを、
「ラック。あなたに説明を要請する」
立ち上がった真横のラックに、クオリアが視線を向けないまま尋ねる。
「
「繋げるのが私達の使命だ。信じてくれ」
「理解した」
クオリアとラックのやり取りが終わったタイミングで、仰々しい拍手で、一同の注目をランサムが集める。
「俺はお前を見縊っていたよ。ラック。そこまで晴天教会について考えていたとは。異端とはいえ、姿勢の誠実さは認めざるを得ない」
とても相手の事を尊重し、認めているようには見えない。どう突き崩してやろうかと、何か企んでいるような顔だ。
「しかし、本当にその姿勢が真実のものだとしたらな」
「私の信仰心を疑うのは自由だ」
「ああ。疑う。“正統派”以外の考えなど、疑念以外にない」
「疑いようもなく、このラックの心は、晴天におわすユビキタス様に捧げている」
「……ああ、祈ってるよ。友がこの先、どのような試練が待ち構えていようとも、その姿勢を変えないことを」
とても頼りない、枢機卿らしからぬ祈りの言葉だった。
一方、ルートの視線はクオリアの方へじっと向けられていた。
「一人でも多く、笑顔にしたい。そんな事をよく臆面もなく言えたことですわね。クオリア」
「それが
「ははは……あなたは本当に純粋ねぇ。純粋すぎるくらい子供ねぇ。一周廻って私は感心しましたわ。そこのロベリアよりも、何故かあなたの方がよっぽど信じられますわね」
高笑いが空間を擦る。
隣でスピリトが体を強張らせていた。それ程に、怖い表情をしていたのだろう。
視界を閉じたクオリアからは、その深度までは伺い知ることはできない。
「だからね、私決めたのですよ。クオリア。黒い羊たるあなたを、やっぱり救ってみせると」
会談が会談として成立したのは、ここまでだった。
■ ■
(ウォータ君はまだ眠ったまま……)
未だ声無き一室を後にして、アイナは廊下を歩いていた。
『個体名“アイナ”の制御率95%』
様々な方向に向けられた心配も、しかし再び脳内を響き始めた
「はぁ……はぁ……」
思わず立ち止まり、壁に手をつく。
確かに、何か自分の中に、自分と同じ形をした何かが入り込んでいるかのようだ。
未だ半信半疑だが、本当にこのレガシィに体を乗っ取られるというのだろうか。
息を切らして何とか前に進むアイナだが、何か目前の開いた扉の向こう側から、物音がする。
この音の感じは、決して医療関係の穏やかな音ではない。
何か暴力的な匂いを感じる。
兄と共に過ごしていたころ、よく嗅いだ不快な感じだ。
「……」
恐る恐る、その隙間から中の様子を伺う。
「フィールさん……!」
アイナは見た。
フィールが二人組の青年に連れ去られそうになっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます