第312話 人工知能、心配する修道女を励ます
ラック侯爵の別荘は、現在医院として開放されている。スイッチでのキルプロ率いる進行騎士団と戦闘し、傷ついた兵達が収容されている。
また、エスも現在はこの医院の一室で
「あなたは自身の修復行為を優先するべきだ」
クオリアの言う通り、本来、エス以上にフィールも絶対安静が必要だ。
“
それが、フィールの“使徒”としての
デリートの“
せいぜい、同じ病人の隣で、茫然と佇むことしか出来ない。
「うん。でも、流石に寝てなんかいられないよ。今日にはこのローカルホストが無くなるかもしれないっていう状況かもしれないのに」
「そのような事を、
「……君には、スイッチからずっと、助けられてばかりだね。昨日も君がいなかったら、霊脈の中心から出てきた化け物に、今このローカルホストはどう荒らされているのか分かったものじゃなかったんでしょ?」
「ノーフェイスゴーストについては、
いやいや、と抵抗できないアジャイルを責めるように、首を横に振る。
「そもそもアジャイル達が霊脈の中心を無理矢理調査しなければ、虎の尾を踏むことも無かったんでしょ? 霊脈の中心から出てきた化け物は、アジャイル達がペットみたいに服従させてた魔術人形って聞くし……今回は、この人達の自業自得で終わったからいいけどさ」
「説明を要請する。自業自得という単語は登録されていない」
「……自分の行いのせいで、自分が傷つく事。私達ユビキタス様に仕える者としては、一番あってはならない悪例だよ」
私はそうならないように、ユビキタス様に嘘をつかないように、自分に嘘をつかないように、毎日を無駄にせずに生きてきた。
そう物語る顔は、自信に満ち溢れてこそいたが、一方で驕りは存在しなかった。今日まで人を晴天経典の言葉で救ってきた、立派な修道女の顔だった。
だからこそ、アジャイルの事も、
「肯定。それでも」
しかし、一方的にクオリアは平坦な顔付きのまま、フィールの睨みつける視線を遮るようにして、アジャイルの隣に立った。
「アジャイルが自身の生命活動の停止を理解しながらも、ノーフェイスゴーストを抑制していた事を、考慮から外すことは出来ない」
「それも、身から出た錆だよ」
「また、ノーフェイスゴーストの発生が、アジャイルに起因するものかが判明していない」
無関係とは言わないだろうが。幾らアジャイルが魔術人形を
ただ、真実は完全には分からないだろう。
ウォーターフォールとアジャイルを除いて、
唯一、ウォーターフォールだけは命に別状はなかった。直に目を覚ますだろう。
一方左腕を失い、出血量も酷かったアジャイルは、今も生死の淵を彷徨っている。
「また、あなたの眼からは、アジャイルに対する“心配”と定義される値が検出されている」
フィールの目線には、少なからず動揺や心配の値が浮き出ていた。
「別に心配じゃないよ……ちゃんと目を覚まして、罪を償ってほしい。ただ、それだけ。このまま終わっちゃうのは、後味が悪いから」
「あなたは、アジャイルに対して低い評価をしていたと認識。しかし、その認識を改める必要がある」
「好きか嫌いの話をしているなら、嫌いだよ。大っ嫌い。人の気持ちなんて考えずに、このお茶は珍しいですよとか、このローカルホストに出来た新しいお店に行きませんかとか、ずっと鬱陶しかった」
罵声のように吐き捨てても、フィールの顔から僅かな苦みは消えない。
「それでも、この人のために祈りたいだけ……多分、修道女だからかな」
「理解した。その行為は、正しい」
「クオリアって、“祈り”とかは理解するよね。晴天教会の教えは一切信じないくせに」
「意識の消失は、暗闇に位置することを指す。“祈り”は、その状態に対し何らかの効果があることを、実績としてラーニングしている。だからあなたの行為は、無駄ではない」
「……ありがと」
かつてはアイナという“植物状態”になりかけていた少女へ声を掛けた身として心の底から助言すると、クオリアはそのまま踵を返す。
「会談に行くの?」
「肯定。もう間もなくルートとランサムが到着する」
「あのさ……勝手過ぎるけど、父の事よろしくね」
振り返るクオリアに、フィールは続ける。
「父は父で、頑固なくらいに“サーバー領”の教えを信じてるから。“
「それは、あなたも同じだ」
何せ父と娘なのだから。
喧嘩していたとしても、クオリアからすれば間違いなく“家族”の関係で結ばれた二人なのだから、類似点があろうとも異常とはみなさない。
■ ■
「クオリア様」
医院から出る直前。
温かい気持ちになる猫耳少女と対面した。
「あなたも、会談中はここに位置しているのか」
「はい。ラック様やロベリア様から、私はこちらにいるべきだといわれまして。エスちゃんもこっちに来てますし」
アイナが、天井の向こう側を透視するように見上げた。
「後、ウォーターフォールっていう、昔の知り合いもいるって聞いて」
「ウォーターフォールは現在意識を回復していないが、生命活動停止などのリスクは非常に低い。間もなく覚醒すると予測される」
「そうですか。教えてくれて、ありがとうございます」
少し安堵はして見せたものの、これからクオリアが世界で一番危険なテーブルに向かう事に意識を向けると、アイナの顔が引き締まる。
「クオリア様。お気をつけて」
「“あり、がとう”。この医院にいた方が、あなたの安全は確保されると認識。しかし、何か異常が発生した場合は、コネクトデバイスにて連絡することを要請する」
「はい。分かりました」
アイナの返答を聞くと、クオリアはラック侯爵の家へ“飛んで”いった。そんなオーバーテクノロジーを見ても、アイナの中から一抹の心配は拭えない。
クオリアが脅威と戦っている時。エスが敵と戦っている時。
アイナは嫌な予感を張り巡らせてくる心と、いつも必死に戦っている。
ましてや、兄妹を引き裂いた晴天教会の頂点が相手ともなれば、高鳴る鼓動が何時もよりも痛くなるのは自明の理だ。
だからと言ってアイナが戦場に出るわけにはいかない。
少女が剣を握った所で戦力にはならない。足手纏いのままだ。
待つこと。それがアイナに課せられた使命だ。
それでも、少しでもクオリアやエス、更にはロベリアやスピリトの隣に立って、役に立ちたいと考えてしまう。
脳のオーバーフローを起こしたクオリアを見たら。
魔力不全に眠るエスを見たら。
少しでも。
少しでも。
『やはり貴様は最善解を有していない』
「――!?」
突如声が聞こえた。鼓膜に隣接するコネクトデバイスによるものではない。
そもそも、“声”だったのかさえ分からない。
ただ、“意志”が直接脳内で生まれて、脳内に張り出されている。
アイナの中に。
明確に、“何か”が寄生している。
「あなたは、レガ、シィ」
『アイナ。貴様は矛盾している。貴様の存在は無意味だ。よって貴様から、本“アイナ”の個体の支配権を早急に委譲させる。その為、早急に永続的な
「待ってよ、何を――」
意志が消えた。
だが、確実にレガシィはアイナのどこかにいる。
一方的にアイナの体を侵食し、アイナの心を追い出そうと“最善解”を展開しつつある。それだけは、何故か理解できてしまうアイナだった。
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