第309話 会談開始、前日の夜中(後編)
ゼロデイ帝国。
そしてヴィルジンや晴天教会の面々さえも、情報を探ることさえできない、正体不明の世界。
“魔界”と呼ぶ人間さえいる。
「……ゼロデイ帝国が、何の用や? あと出身やなくて、名前名乗るのが礼儀やで」
「ケイは、何故魔術人形が生み出されてしまったと思う?」
当然の問いを、当然の様に無視して、しかもケイの表情が固まる問いで返す。
言葉が詰まったケイを見て、その“
「“人間という容れ物”が、そのままじゃ弱いからさ」
「……!?」
「“人間という容れ物”は、そのままじゃ脆いから鎧を着る。そのままじゃ殺せないから剣を振るう。そのままじゃ幸せになれないから道具を作る。そのままじゃ豊かになれないから機械を作る。そのままじゃ満足できないから、文明なんて大それたイルミネーションで自然を上書きする。飾ったって、中身は変わらないのに」
「……何の話をしているんや」
「人間が新しい技術を開発する理由は、いつだって“弱い”からだ。魔術人形は弱さの肩代わりをさせられる為の道具に過ぎない。道具。道具。道具。道化。道具」
道具。それを連呼され、ケイは憤る。
だが地面に這いつくばったまま、まだ体が動かない。魔力不全で、“
「しかも作り出されたのは、 “人間という容れ物”の需要を叶えるために、魔術人形と名前を代替しただけの“
「……同情しにでも来たんか」
「そうかもしれない。まあ、“ピノキオに対するゼペット”は、やっぱり現実にはいない。あれは創作の中だけの話っていうのが、新しく学べた教訓かな」
「……?」
ピノキオ?
ゼペット?
と知らない名前に困惑している様子を汲み取られたのか、“
「私の故郷では、意志のある人形が、最後には人間になる――“ピノキオ”って創作物語があってね。媒体によって中々フリーダムな性格をしていたり、嘘をつくと鼻が伸びるなんて設定があったけど、どの媒体でもゼペットという爺さんはピノキオを孫として愛していた」
「さよか……興味は湧かんが」
「でも、この話を初めて認識した時、私は思ったんだ。『人形から人間へ“容れ物”が変わっただけで、結局の所、何も変わってないじゃんか』ってね」
人形から。
人間になっても。
何も変わらない。
ふと、この三節がケイの人工魔石を支配した。
「あともう一つ疑問がある。『仮にゼペット爺さん無しで人間になったとして、ピノキオはその後幸せになれたのだろうか?』」
「……」
「仮に君が目が覚めたら、人間になったとしよう。でも想像出来るかい。君を愛してくれる人の事を」
「……」
ケイは、想像できない。
今更、自分を道具以外として扱う世界の事を。
この“容れ物”が
世界の眼は、変わらないだろう。
「だけど“人間という容れ物”は、愛されていると感じなければ、暴走する。そういう、弱すぎる残念な仕様だ。承認欲求が満たされなければ、“誰でも良かった”とナイフを握る。報酬系が満たされなければ、劇薬の虜になる。容れ物で蓋をしたつもりになった感情を制御できないまま、破滅していく。ケイ、君は本当にそんな“人間になる物語”を演じる気かい? 君もピノキオと同じ人間になったとして、満足なのかい?」
「それは……」
「君は一度
「……違う、違う、違う、そんな訳あるかい! ワイは、ワイは……!」
振り払うようにケイが首を横に振るが、まるで影の様にピエロの面は隣に張り付く。
咎めるように。
ケイには、その面が、“3号機”たる少女型の魔術人形に見えた。
「だから、
「……違う、あれは、ああするしか無かったんや……!」
「
「そんな事せんでも!! “虹の麓”を叶えりゃ終わりや!! ワイは、本当に魔術人形を、救いたくて」
「“虹の麓”が、君達魔術人形の楽園たる証拠がどこにある――って、君はそう思ってたんだよね」
ケイの人工魔石が明滅する。
動揺。それが、人工魔石からさらに表情にまで伝播する。
硬直した少年の眼から、光が失せる。
「そもそも、
砕かれる。
心と自覚していた何かが、次々に崩れていく。
徐々に、ケイの顔から人らしさが消えていく。
確かにその疑問は、ケイも考えていたことだ。そんな自分に嘘をつき、必死に反論の言葉を計算する。
「違う、違う、違う、違う、そんな、違う、違う、で」
「実は“ピノキオ”は、媒体によっては騙されてばっかりでね」
「ワイはその“ピノキオ”ちゃうわ!! ワイは、ワイは」
「騙されていない証拠がどこにある」
「そんなの、ワイの事を、“仲間”だと」
「嘘ではない証拠がどこにある」
「彼は、ちゃんと、心から言って」
「普段を仮面で隠し、あらゆる方面に嘘をつく狼少年なら、心に思っていなくてもそう言う事はできる」
「黙れ、黙れ……!!」
「君は、
「黙、レ」
何故そこまで
自分を、見失いつつあった。
「信じられなかったから、
「だ、まれ。ワイ、は、私、は、ワイ、は」
「もう分かってる。君は答えにたどり着いている」
「ちが、う」
「容れ物の蓋は、もう限界だろう? 君の“心”は、何て言ってる?」
「だまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれ」
「
「ち、が」
「君が“哲学的ゾンビとして生まれた”事実が消えない限り」
「ワイは」
「世界中が“人間という容れ物”で溢れている限り」
「私は」
「“人間という容れ物”が、愛を養分に生きていく致命的欠陥を抱えている限り」
「人間を、要求」
「君も“人間という容れ物”に収まっている限り――いつまでもそのままだ」
「……」
「だから、その容れ物を壊せばいい。君の容れ物も、そして愛してくれない人間という容れ物も――その結論が、“ゴースト”だ」
“
その指には、試験管が握られていた。
――見ただけで、ノーフェイスゴーストの醜怪な姿を思い出すような。
――見ただけで、魔術人形という自分の最悪な“末路たる姿”を連想するような。
気持ち悪い暗黒物質が、気体とも液体とも個体とも言えない何かになって淀んでいた。
「ただ彷徨う事しか出来ないゾンビから、意志を持って世界に爪跡を残せる“ゴースト”になれば、もう誰からも愛されなくても、君は君らしく居られる」
(“仲間”って、何やっけ)
ケイの視界には、動かないシックスやマリーゴールドの姿が映っていた。
もう、誰の事だかわからない。
「“容れ物”から解放されよう。人間である限り、魔術人形である限り、いつまでも蓋された君の中身を」
(この“当たり”って、何の意味やっけ)
ケイのポケットには、今でも“当たり”と書かれた棒があった。
もう、何の棒だったか、誰と一緒に食べた棒だったか、思い出せない。
「ワイは、私は」
「“私とは何か”なんて有り触れた哲学、する必要もない」
「私、心」
「“心とは何か”なんてくだらない問い、する必要もない」
「私」
薄れゆくアイデンティティの中で、最後に見たピエロの面。
その向こう側は、表情にあたる部分は、空洞だった。
「“ゼロデイ帝国”が、君のゼペット爺さんになろう」
そして、建物から二人の姿は消えた。
魔力信号さえ届かないどこかへ行ってしまった事だけは、確かだった。
■ ■
夜中。アイナは体を起こした。
ただし、その意識にアイナは存在しない。
開いた眼を通して外の景色を確認するは、もう一つの人格――レガシィ。
「テスト成功。現在個体名“アイナ”の制御率84%……、後八時間で完全制御、永久ログインが可能になると推測」
レガシィはそのログだけを口にすると、再び
代わりにアイナが目を覚まし、きょろきょろと辺りを見渡す。
「私、起きちゃった……いや、今の感覚……」
「アイナ。説明を要請します。何か問題が発生しましたか」
「わあ、エスちゃん!」
一緒に眠っていたエスがスムーズに体を起こして、アイナを驚かせた。本当につい今まで眠っていたのか、と問い詰めたくなるような挙動だった。
「再度説明を要請します。何か問題が発生しましたか」
「はい、何か起きてしまったみたいです」
「どんな問題が起きたのですか」
「あっ、違うよ、私が眠りから起きてしまった、って事」
「理解しました」
「……ごめんねエスちゃん、体調不良なのに起こしてしまって」
「問題はありません。ならば、再度私と一緒に、睡眠を要請します」
「うん」
「やはりクオリアも一緒に睡眠をするべきだったと判断します」
「だだだだだだだダメだよぉ! だから、だから!」
紅潮して慌てふためくアイナの様子を見ながら、エスは再び布団を被った。魔力不全で戦闘はまだ儘ならない様子だが、意識ははっきりしている。この後の要求も、彼女の中ではっきりしている。
獣人の少女と魔術人形の少女。
布団の中で密着しながら、少女同士の話をする。
「今回の一件が完了次第、私は王都に帰還し、そして皆で食事をしたいです。チョコバナナを皆で一緒に食べたいです」
「チョコバナナ本当にハマったんだね……そうだね。その時は勿論、いっぱい料理作らせてもらうね」
「はい、お前の料理をケイにも食べて欲しいです」
「ケイ?」
「ケイは
「エスちゃん、少し顔が元気になってる。これから寝るのに」
「それは分かりませんが、しかし、ケイはチョコバナナの当たり棒を持っています。それを一緒に持っていき、二人で分けて食べたいです」
「ふふ。まるでエスちゃん、夢の様に語るね」
「はい。それは私の夢です。ケイとも、チョコバナナ、今度はちゃんと一緒に食べたいです」
幸せそうに、またエスは
「ケイは、まだチョコバナナの当たり棒を持っているでしょうか」
ケイと、更にみんなと一緒に食べるチョコバナナは、最高に美味しいだろう。
そんな風に想いを馳せながら、エスは瞼を閉じた。
平和な日常と思わしき会話の外側では、今も駆け引きの手札を揃える活動が繰り広げられている。
だけど、この少女達は腕組して待ち構える試練に耐えるために、今は全力でやりたいことを、想うべき誰かを語り続ける。
そして、朝が来る。
ローカルホストにとって、一番長い日の始まりである。
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