第308話 会談開始、前日の夜中(前編)

「私。端末エンドユーザーで、ここに来た目的を覚えているかい」

「私。覚えているさ。第一に“霊脈最深部の物質”を採取し、更に実験する事」

「私。それは成功した。ノーフェイスゴーストも出来上がった」

「私。でもイレギュラーによって、思ったより早く消滅した」

「私。想定の範囲外だが、おかげで良い情報が取れた」

「私。端末エンドユーザーで、ここに来た目的を覚えているかい」

「私。覚えているさ。第二に、例外属性“焚”の力を得る事」

「私。

「私。彼は、明日このローカルホストに来るよ」

「私。ただ、デリートは端末エンドユーザーでは厳しい。彼は正真正銘の異常存在だ」

「私。デリートには、ゴーストを当てる予定だった」

「私。だから、“霊脈最深部の物質”の実験もかねて、ゴーストを作る予定だった」

「私。本当はエスという魔術人形で試行するつもりだった」

「私。ノーフェイスゴーストの本質は、“魔術人形をゴーストにする事だ”。そこの予定が狂った」

「私。エスの実験を妨げたのはクオリアという“イレギュラー”だ」

「私。クオリアとは、何だ? やはり、私とは違う」

「私。今はその考察をしている場合じゃない。クオリアとは接触を避けよう」

「私。ノーフェイスゴーストに汚染された魔術人形はもう一人いる」

「私。一人芝居はここまでにして」

「私。あまりこの端末エンドユーザーも保たないかもしれないから、早くしよう」


              ■             ■


 雨男アノニマスが“魔術人形達の信号が途絶えた”異変に気付く、ほんの少し前の事。

 雨天決行レギオンの魔術人形の一人、ケイは七転八倒していた。


「……が、あ、あ……」


 見てしまった。

 魔術人形の行く果てが。

 “哲学的ゾンビ”の行く末が。

 あんな怪物だったなんて。


「ワイらは……ワイらは……」

 

 ……ノーフェイスゴーストを直視し、黒い魔力そのスキルに人工魔石“オーシャン”が完膚なきまでに浸食された。

 それは、ノーフェイスゴーストが消滅してからも変わらない。

 刺さったナイフが消えたからと言って、致命傷が消えはしないのと一緒だ。

 

 エスという魔術人形は、クオリアよって何とか自分を取り戻す事が出来た。

 だが、ケイの隣には誰にもいない。

 孤独に誰もいない廊下で、思考を浸す圧倒的終末論相手に、自我を何とか保つので精一杯だった。

 幸いな所があるとするならば、ノーフェイスゴーストとの距離があまりにも離れていたために、エス程にダメージが深くない点だ。何とか動けるくらいには、まだ余地は残されていた。


「……あの二人も同じ目に合っているかもしれへん」


 “ノーフェイスゴーストを直視した為にこのような状態になった”と理解していないケイは、同じ建物アジトにいる魔術人形も同様の症状が出ていると悟り、よろめきながら二人を探す。

 何とかマリーゴールドが療養を取っているベッドで眠っている部屋まで動くことが出来た。

 扉を開いて、すぐに理解する。

 部屋が、沈黙に満たされている。


「……シックス……マリーゴールド?」


 魔力電源が切れたように、二人は倒れていた。

 マリーゴールドはベッドから滑り落ちたような姿勢で逆さまになっていて、シックスはその隣で床に伏していた。

 ……“黒い魔力”の刺激が、自分よりも強かったのだろうか?


「おかしいで……」


 彼女達に触れ、揺らぐ意識の中でも何とか読み取る。この二人は黒い魔力に脅かされたわけでは無い。

 ただ、何か外部から強制的に魔石内の魔力を無力化され、一時的な睡眠スリープ状態に移行させられている。

 こんな事が可能なアイテムは――。


「……っ!?」


 気配が全くしなかった。

 声でようやく振り返った時には、“ピエロの面と、血塗れの資源開発機構エヴァンジェリストのスーツ”を着用した男が、左手の腕時計型魔導器をケイに掲げていた。


「しまっ……!?」


 抑えつけられる。魔力も、動きも。

 疑似肉体ゴーレムがいう事を聞かず、ケイはその場に伏す。


「無理無理ぃ。魔術人形が“害虫時計デバッガー”には勝てませんて。一度ウォーターフォール君相手に痛い目見たんじゃないの?」


 全神経に意識を注いでも、指一つ動かせない。近づいてきて、しゃがみ込む男に対して、何もすることが出来ない。その目で、男の状態を観察すること以外は。


「……人間言うんか、お前みたいなのが。ワイが知ってる、パターンとは、全然違うやないか」

「んー、元人間かな。この身体は、死体とも言う。何とか“端末エンドユーザ―”にして動かしてる状態でね」

「死体……!?」

「でも生憎と、魔術人形は死体以下の扱いだ」


 巡る考察が、両断された。

 一気に、現実に引き戻された。


「死体以下の扱いなのに、いつかは死体以上に醜くなる。ノーフェイスゴーストよりも、気持ち悪くなるかもね。何せ“ゾンビ”だし……哲学的って枕詞がつくけど」

「哲学的、ゾンビ……“ニコラ・テスラ”と同じことを……」

「んん。まあ、

「お前……何者や。何が目的で襲ってきた……!?」


 ピエロの面は、何も変わらない。その向こう側で、明らかに口以外の場所から声がした。


「どうも。“”です。


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