第299話 人工知能、13のスキルにまとめて対応する

『障害ヲ認識!! 障害ヲ認識!! 進化ト進歩ト成果ヲ最大限ニスル為、優先的ニ確実ニ排除ヲシマス!!』


 天を割らんとする13の絶叫。

 ノーフェイスゴーストの顔面が、内側から突き破られた。無数の触手が一気に展開され、四方八方から迫ってくる。

 太さだけで人体に匹敵する程の曲線。直撃すれば命は無い。


 数も多い。逃げ場がない。

 ただし、あまりにも軌道が愚直すぎた。

 元人工知能たるクオリアの、予測精度を上回る程ではない。


『Type SWORD』


 一歩前に出て触手を掻い潜り、右手のフォトンウェポンをバリアから剣の状態へ換装する。

 荷電粒子ビームの線が噴き出す。

 出力が高め、光線の刃を通常時よりさらに伸ばす。

 数十メートル。

 長く、閃く。

 そのまま、クオリアごと一回転。

 縦に描く満月は、全ての触手を通過した。

 エスに届く前に、アジャイルを殺す前に――何度も“ずしん”と轟音を響かせて、物言わぬ肉塊触手だったものとして転がっていた。


 だが、一件落着なんて油断しない。


「最適解、変更」

『Type SWORD BARRIER MODE』


 触手の群れを攻略したクオリアだが、即座にバリアへと換装し、目前に広げた。

 穴だらけの顔面から、今度は何かを求める様に、掌が伸びていたのだ。

 

 一人一人、確かに魔術人形がいたという証が。

 一つ一つ、掌から、“木霊”した。


『エア』

『バーン』

『キューブ』

『ディメンジョン』

『エクスプロージョン』

『フォース』

『ギガント』

『ヘリックス』

『インパクト』

『ジェット』

『ナレッジ』

『ミドル』


 人工魔石“エア”――空気を司るAirの魔術人形が。

 人工魔石“バーン”――火属性の現象を司るBurnの魔術人形が。

 人工魔石“キューブ”――立方体の結界を司るCubeの魔術人形が。

 人工魔石“ディメンジョン”――空間把握を司るDimensionの魔術人形が。

 人工魔石“エクスプロージョン”――|爆発を起こすExplosionの魔術人形が。

 人工魔石“フォース”――“力”をコントロールするForceの魔術人形が。

 人工魔石“ギガント”――巨大化を司るGigantの魔術人形が。

 人工魔石“ヘリックス”――螺旋回転を司るHelixの魔術人形が。

 人工魔石“インパクト”――衝撃や振動を発生させるImpactの魔術人形が。

 人工魔石“ジェット”――推進力を司るJetの魔術人形が。

 人工魔石“ナレッジ”――魔力を上昇させるKnowledgeの魔術人形が。

 人工魔石“ミドル”――他の人工魔石を調律するMiddleの魔術人形が。


『ノーフェイス』


 何もない顔面Nofaceの下で、合掌した。

 クオリアはノーフェイスゴーストの、もう一つの恐ろしさを目の当たりにする。


 ノーフェイスゴーストは、何も魔術人形へのジャミングしか出来ない訳ではない。

 ――“13”!


魔石回帰リバース」「魔石回帰リバース」「魔石回帰リバース」「魔石回帰リバース」「魔石回帰リバース」「魔石回帰リバース」「魔石回帰リバース」「魔石回帰リバース」「魔石回帰リバース」「魔石回帰リバース」「魔石回帰リバース」「魔石回帰リバース」「魔石回帰リバース

『栄光ォォォ!!!』


 暴走した巨大な願望が、絶叫された直後。

クオリアの周囲が、立方体の結界キューブに遮られる。荷電粒子ビーム数発で破れるだろうが、今は銃型Type GUNを生成している暇はない。

 キルプロの“緋焚候戒ヴィシスサイクル”に匹敵する灼熱の竜巻が、クオリアを呑み込んでは、空間ごと焼き焦がしてきたのだ。


「……予測修正、無し」


 クオリアを包む様に、球体の形をとった荷電粒子ビームの防御壁は崩れない。

 しかし崩れなくとも、軋み始めた。

 ただ単体のスキルを同時発動しただけでは、あるいは通常の魔術人形では発生し得ない威力が生じている。


「状況分析。13のスキルを認識」


 凶暴化している筈なのに、あまりにも理性的な攻撃だった。

 圧倒的な量の空気エアを、螺旋回転ヘリックスさせて、クオリアへ噴射ジェットしたのだ。しかも、凄まじい量の酸素が炎熱バーンと混じり合って、噴火を連想させる業火の竜巻へと昇華したのだ。

 しかも立方体の結界キューブの内面に跳ね返って、何度も荷電粒子ビームの壁を殴りつけてくる。

 極めつけは焔の竜巻が掠めた箇所から、バリア内部のクオリアにまで振動が響く衝撃インパクト爆発エクスプロージョンが連続する。空間把握ディメンジョンでクオリアの位置をしっかり把握したうえでの、効果的な多重攻撃だった。


 やっと視界が晴れたかと思った時には。

 


 さらに巨大化ギガントして、筋骨隆々フォースになっていた。


「ノーフェイスゴーストの巨大化を認識」


 と、口にしてバリアを説き、立方体の結界キューブを破壊した時には。

 左右から、巨人の掌がクオリアを挟撃していた。

 荷電粒子ビームの刃では間に合わない。バリアでも融解しきる前にクオリアへダメージが及ぶ可能性がある。


 ――以上。

 凄まじい魔力上昇ナレッジも含め、全体的にバランスよく調和ミドルされた合計13のスキルからなる、一連のコンボの果て。

クオリアのいた空間は二つの掌に、完全に潰された。


「――最適解を変更する。再演算の為、脅威との距離を取る」


 クオリアは直前、後ろに移動していた。

 ノーフェイスゴーストと、最早距離を取らざるを得なくなった。

 だがこれで終わりではない。

 余波だけで、辺りの鳥が全て飛び立つほどの巨大な合掌から、その掌でクオリアを握りつぶさんと覆いかぶさってきたのだ。


 だが、その直前で変形した地面が追撃を弾いた。

 人工魔石“ガイア”。エスのスキルだ。


「“あり、がとう”」


 隙をついて更に後退するクオリア。

 隣に並んだエスから進言があった。


「クオリア、荷電粒子ビームのマグナムモードであれば、ノーフェイスゴーストは一時的に無力化できると考えます」

「それは最適解ではない。様々なリスクが発生する」


 エスの言う通りではある。

 確かに、背後の暗黒物質ゴーストの性質を無視して、ただ実体を吹き飛ばすだけならば、わざわざノーフェイスゴーストの土俵である接近戦に持ち込まなくとも、銃型のフォトンウェポンType GUNで事足りる。

 しかし、それは最適解ではない。

 ゴーストに対しては、力技は寧ろ悪手とさえ言える。


「ゴーストの変化については、情報量が不足している。リーベのパターンとも異なる部分が多い。不必要な排除を実施した場合、状況が悪化する可能性がある」


 何度も傷つけた結果、ゴーストがどのような悪霊へと化していくのかは、クオリアにも予測できないからだ。

 かのリーベも、ただ闇雲に戦闘を繰り広げた結果、魔物すら可愛く見えるギロチンの化物へと変わり果ててしまった。

 実際このゴーストも、最初見た時よりも躍動するエネルギー量が上がっている様に見えた。“成果を出せない”という欝憤が溜まっているのかもしれない。

 

 何十、何百と排除すればいずれは消えゆくとも、その間に犠牲は広がる。

 そんな泥仕合だけは、避けたかった。


 だからこそ、ゴーストの人工魔石にハッキングを仕掛けて、しがらみを紐解いて“成仏”させる為に、危険な接近をクオリアは行っていた。

 ゴーストとは、実質、死した心が特別な魔石へと変貌したものだ。

 リーベと同じく、ハッキングが有効だ。


「しかしクオリア、あのノーフェイスゴーストの戦闘方法は、お前に解明は可能ですか」

「可能だ」


 ただし。

 あと数分は、ノーフェイスゴーストのスキルをラーニングする必要がある。

 

 ハッキングの性質上、13のスキルが散らばる戦場を掻い潜って、直接触れなければならない。

 その為の経路を演算するには、まだ時間がかかる。


「しかし、自分クオリア達はこの戦闘を短期で完了させる必要がある。戦闘時間が長引いた場合、アジャイルの生命活動に重大なリスクが生じる」


 ……悠長にラーニングしている暇もない。

 左腕を失い、今も蒼白な風貌をしたまま死にかけているアジャイルが、ぐったりと後ろで倒れているのだから。


『アジャイル様!! 成果ガ出セマセン!! 排除ヲ!! 至急!!』

『“ガイア”』

魔石回帰リバース――クオリア、アジャイルに攻撃が――」

「予測修正無し」

『Type SWORD BARRIER MODE』


 触手やスキルの猛襲が、アジャイルを含めた三人へ吹き荒れる。

 その光景を見届ける事も無く、クオリアとエスが防御の手を打つ。

 広がる荷電粒子ビームのバリアと、隆起した地面。

 暴走した灼熱と触手が、それ以上先へと抜けない。


 しかし、ノーフェイスゴースト側では、未だスキルが大火を上げている。

 灼熱に塗れた大気と、黒煙に紛れた蜃気楼の中、大雨に濡れながらノーフェイスゴーストは楽しそうに突き進んできた。


『我々ハ!! 私達ハ!! 霊脈ノ中心ニ資源資源資源エヴァヴァヴァアヴァヲ導キ、ソコデソコデ!! 皆様ノ為ニ、皆様ノ排除ヲ!!』

「ノーフェイスゴーストは、アジャイルを優先的に狙っている」


 クオリアの見立て通り、ノーフェイスゴーストの何もない顔面はずっとアジャイルを向いていた。クオリアとエスへは『すごく鬱陶しいから積極的に排除しよう』程度の物であり、アジャイルへは『殺したい、殺したい、殺したい』と好意や狂気を根源とした殺意を向けている。

 後続の騎士が到着するまでは1分も無いだろう。だがアジャイルにノーフェイスゴーストが固執している状態では、簡単に連れ出す事が出来ない。


「クオリア」


 時間の制約――短期決戦を求められている。

 倒し方の制約――ハッキングのみでしか倒してはいけない。

 

そんな制約塗れの状況を鑑みていたのは、クオリアだけではなかった。

 こんな提案をした、エスもだった。



 次のフェーズ。

 それを聞いたクオリアは、逆に問い返した。


「説明を要請する。それは、あなたのスキル深層出力“大地讃頌ドメインツリー”、“桜咲ク《ハニーポット》”以外の、

「その通りです」

「しかし、人工魔石“ガイア”の損傷率は激しい。十分な準備も無い状態で実行するには、非常にリスクが大きい」


 エスの体は、決して万全ではない。

 寧ろ、戦闘に参加させたくないというのがクオリアの本音だった。


 黒い魔力の脅威は去ったとは言え、人工魔石の内部へのダメージは消えていないのだ。どんな不具合が起きても不思議ではない。

 ましてやクオリアも知らない、予期していないスキル深層出力は、リスクが高すぎる。


「しかし、このスキル深層出力ならば、すぐにお前をノーフェイスゴーストへ、ハッキングさせる解決策になると思います」


 信じて欲しい。

 エスの純粋無垢な瞳が、そう付け加えていた。

 止められない。

 ならばこの心配というノイズを、クオリアが落ち着かせる事くらいしか出来ることは無い。


 それに、興味があった。

 エスがここまで、自分を作り変えようとしている事なんて、無かったからだ。


「エス。発動前に、第三のスキル深層出力をラーニングする。その為に、あなたの人工魔石“ガイア”に再度アクセスする」

「はい。お前の意見も、聞きたいです」

「承諾した。“一緒に、創ろ、う”」


 目前では紫色の巨人が迫ってきている。

 背後では、アジャイルが死に向かっている。

 だがハッキングと違い、アクセスだけならば一瞬だ。


「人工魔石“ガイア”へ、アクセスを開始する」


 クオリアの掌が、エスの胸に触れた。

 胸の真ん中、緑の人工魔石に触れた。


 エス、第三のスキル深層出力。

 それを今ここで、一緒に創り上げる為に。

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