第300話 人工知能、エスの冒険を見届ける

 クオリアは、再びエスの中に降り立った。

 人工魔石“ガイア”である緑のは、やはり至る所にノーフェイスゴーストの分身たる黒い魔力の爪跡に、惨たらしく傷つけられたままだ。

 

 時間が経てば修復は出来るだろうが、しかし逆に無理してスキルを使おうものなら、この傷はさらに深まる。クオリアの中でエスへの“心配”がノイズとなって心臓を鷲掴みにし始めた所で、やがてエスの中に注ぎ込んでいた魔力が、エスを探し当てるへアクセスする事に成功する。


 エスは、クオリアが入ってきたことにも気づいていないようだ。

 夢中で、“絵を描いていた”。


「エス。これが第三のスキル深層出力か」


 ようやく、無垢な心が振り向く。

 エスは、汚れていた。

 未だノーフェイスゴーストの黒い魔力が、点々と全身に付着していた。


 だが黒以外の色が、エスを更に汚していた。

 水溜まりの上で遊んだ子供の様に、汚していた。


 美味しい薫りのする粟色、煌めく青色、刺すような碧色、包み込むような茜色、痺れそうな緑色、溶岩の様な赤色、深海に沈む藍色。

 サイコロステーキのこげ茶色、ロールパンの小麦色、ビーフシチューの茶色、色付きわたあめの桃色、霊脈の黄緑色、チョコバナナのココアブラウン色。

 とある人工知能のような白色。

 そして、黒色。

 魔術人形の心の中には、人間の心よりも豊富な経験があった。


「はい。これが第三のスキル深層出力です。そして、今の私です」


 第三のスキル深層出力を、エスの事を自由に、沢山、大きく。

 エスがこれまで学んできた、全ての色を絞り出して、力強く描き切っていた。

 どんな画用紙でも、どんなメモリでもきっと収まらない“絵”があった。


「クオリア。お前の意見を聞きたいです」


 エスは、微笑していた。 

 色彩に塗れた頬に、満足げに笑窪が出来ていた。

 いつの間にか、この少女は自分よりも笑顔が晴れやかになっていた。


「エス。言葉の使い方に誤りがある。自分クオリアがあなたに伝えるのは、意見ではなく、“感想”と判断する」


 人工知能は、芸術を理解しない。

 しかしこの絵からは、もっと冒険したいという彼女の心が、何故か取得できてしまっていた。


「“すご、い”、“すご、い”、“好き”、“美味しい”」


 感動を伝えるだけの語彙は、まだ学習できていなかった。

 それでも十分にエスには伝わったようで、隣で一緒に“絵”を眺め始めた。


「……でも、お前の意見もやはり聞きたいです。私はこのスキル深層出力で、お前も、アイナも、ロベリアもスピリトもフィールも、私が守りたいもの、全て守ります。だからお前の最適解が必要です」

「要求は受諾された」


 加工するのは、もったいない気がする。

 しかし、エスが望んでいるのはこの“絵”で“美味しい”を守る事だ。

 同じ守衛騎士としてそれを汲み、クオリアの最適解を描き足した。


「クオリア、ありがとうございます。完成しました」


 そして、絵は世界に飛び出す。



「魔石“ガイア”によるスキル深層出力“超人タイタン”を発動します」



          ■           ■


「なんだあの巨人は……」

「間違いない、あれが霊脈の中心で暴れてる化物だ」

「俺達の霊脈を……おい、折角来てくれた少年騎士に後れを取るな! 俺達も急ぐぞ!」


 後続の騎士達は、もう間もなくクオリアに追いつく。

 即ち、森林や岩陰からはみ出ている紫色の巨人も視界に映っている。


 前例のない荒唐無稽な怪物だが、騎士達は怯まない。

生まれて育ったローカルホストを守る為、雨でぬかるんだ泥には足を取られつつも、外部の人間であるクオリア一人に任せる訳にはいかないと急ぎ足で前進する。


「お、おい、待て」


 霊脈の中心が見えかけた時だった。

 数人の騎士が、同時に指を差した。



!?」



          ■           ■


 いかなる魔物すらも軽々と踏み潰してしまいかねない巨体に成長したノーフェイスゴーストは、赤子の様にアンバランスな紫色の手足を回転させた。

 どしん、どしん、と。

 地面を破壊しながら、一歩一歩地震を起こしながら、亀裂塗れの林道を駆け抜けていく。


『成果ヲアゲル為ノ、障害ヲ認識!! 人間ト、人間以外ト、アジャイル様ァァァア!!』


 その先では、クオリアとエスが佇んでいて、アジャイルが倒れていた。

 人体を圧死させるには十分すぎる掌を何度も前に突き出しながら、今まさに三人の真上を四つん這いで通過しようとしていた。


『私達ハ早ク成果ヲ出シタイ!! 成果ト栄光!! 成果トエェ――!?』


 天地がひっくり返るような衝撃が走った。

 代わりに、理性の一切を失ったノーフェイスゴーストが、止まった。

 勿論、ノーフェイスゴーストが自発的に止まったなんてことは無い。

 

 莫大な質量を有する、全長数十メートルにまで膨れ上がったノーフェイスゴーストの巨体が、真っ向から食い止められたのだ。


『進マナイ!! 成果ガ、進マナ――!?』


 それどころか、投げ飛ばされた。

 大きな影は百メートルほど宙を舞うと、そのまま木々をぶちぶちと薙倒しながら、林の中へと叩き落とされた。

 クレーターが出来る程の威力。

 当然、投げた側にもそれだけの力がいる。


「予測修正、無し。エス。接近を要請する」

「要求は受諾されました。これよりノーフェイスゴーストに、お前のハッキングを補助します」


 “それ”に乗っていたクオリアは、誰よりも高い場所で雨風に晒されながらも、エスに指示を飛ばす。しかし近くにエスはいない。

 “それ”の中から、エスの声が響き渡っていた。


 ……“それ”が、第三のスキル深層出力の正体である。


 どぉん、どぉんと地響きを鳴らしながら歩く“それ”は、元々は大地だった。

 大地だったものが、エスのスキルで変形した。

 今までは敵を攻撃するために、ただ鉄槌や円錐に変えていたものを、更に広範囲に、更に大きく、そして更に人間へと近づけた。


 直立する両脚に支えられ、巨人すら受け止めて投げ飛ばす両腕を持ち、クオリアがちょこんと乗っている頭部を有する存在。

 シルエットは人間だ。

 しかしは、人工魔石“ガイア”の魔力が通った大地と大地讃頌ドメインツリーで出来ている。


 ノーフェイスゴーストとは違い、二足歩行。

 頭部は、天雲に届くほどの勢い。

 


「ノーフェイスゴーストのスキル発動を認識」

「強行突破します」


 再び13のスキルが調和した結果、凶悪な炎の竜巻が何もない顔面ノーフェイスから噴き出た。

 一方でエスは、自らが操る大地と樹木の巨人の右腕を震わせる。


「状況分析。莫大なエネルギーを、エスの攻撃から認識」


 クオリアの言葉の通りだった。

 まっすぐに撃ち抜かれた巨人の右腕は、ノーフェイスゴーストの灼熱を全て吹き飛ばし、そのままの勢いでノーフェイスゴーストに密着した。


 ノーフェイスゴーストの両肩を抑えつける自然の巨人。同じ規格外のサイズながら、暴れ狂うノーフェイスゴーストがビクともしない。

 悶えるノーフェイスゴーストを、エスは一番近くで見ていた。


 エスは、“超人タイタン”の胸部に空いた小さな穴に固定されていた。

 操縦席と呼ばれる空間で、“超人タイタン”全体にエスの魔力を浸透させる二つの棒操縦桿を握ったまま、ノーフェイスゴーストを睨みつけていた。


「これが、スキル深層出力“超人タイタン”です」



 迷ってもいい。足を止めてもいい。

 だが、こんな所で終わらせるつもりもない。

 終わってやるつもりなんてない。

 災厄に呑まれた焼け野原にも、いつか新しい新芽が吹き出るように、エスは立ち上がる。

 “美味しい”を共に捜し、“なでなで”しあう仲間と一緒に――神話すら突き破るような、エスの自分探しの冒険は続く。

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