第295話 人工知能、相棒の“美味しい”まで。 ~進~

「クオリア、お前は魔術人形について、“心がある”という結論を出しています」

「肯定」

「しかし、心を持った魔術人形は、ノーフェイスゴーストのようになる。私はそれを、認識しました。私は、“気付いた”状態にあります」

「状況分析……」


 人工魔石の空を、クオリアは見上げた。エスと一緒に、星空でも仰ぐように見上げた。

 漆黒の脅威ウィルスが、成仏できない魔力が、人の形を忘れた13の怨念ノーフェイスゴーストが、真っ暗なに世界を覆い尽くしていた。


「私達は、魔術人形という道具として創られました。開発者は魔術人形を最適化し、次世代品を作っていきます。私は“1.0”。らは“2.0”。そしていずれ、“3.0”、“4.0”となります」


 ここはエスの世界。エスは、ギリギリ黒い魔力に侵食されていない領域に、魔力で衒った虚像ホログラムが象る事が出来る。

 1.0――エスが出現した。

 2.0――“3号機”が出現した。

 3.0、4.0と魔術人形の像が出現していく。


 だが、“10.0”を超えた辺りで人間の形では無くなり。

 “100.0”を超えた辺りで、魔物という範疇にすら収まらなくなった。

 ノーフェイスゴーストのような、怪物に成り果てていた。


 この“成長”の極限こそが、ノーフェイスゴーストが黒い魔力インクでエスへ刻んだ、終末論。


「ノーフェイスゴーストは、その最終系を再現して、具現化しています。そのような情報が、人工魔石に登録されました」

 

 今クオリアが立っているエスの意思形成部分にまで、遮二無二侵食しようと黒い魔力がバリアを食い破ってくる。とはいえ、エスの隣で話を聞くくらいは余裕がある。


 ずっと状況分析したまま、クオリアは固まっていた。

 このエスという少女と、黒く変わり果てた“心”を交互に見比べて。


「恐らくお前は、『それは、誤っている』と発言したいのだと、想像します」


 エスも、頭では分かっているようだ。

 魔術人形が行き着く先が、ノーフェイスゴーストのような化物であるなんて、眉唾物の作り話である事に。


「この情報には、根拠がありません。私はそれを信じるべきではありません。私はそれを信じるべきではありません。私はそれを――」

自分クオリアは、否定しない」


 黒い魔力から、エスの心へとクオリアの眼は向く。

 真っすぐと、エスの眼を見返している。


「クオリア。お前も、私達魔術人形は、ノーフェイスゴーストのようになると考えたのですか」

自分クオリアが否定しないのは、あなたの“心”の状態だ」

「……」


 クオリアの掌が、再びエスの後頭部に触れる。

 “なでなで”と、撫でた。


「あなたは、“怖い”という状態にある」

「“怖い”」


 と反芻して、エスが思い出したように口にした。


「アイナが死ぬかもしれないと感じた時、私は、“怖い”でした」

自分クオリアも、同じだ」

「お前が死ぬかもしれないと感じた時も、私は“怖い”でした」

「…… “怖い”は、その演算に異常を齎す。自分クオリアは“怖かった”から、兵器回帰リターンを実施して、シャットダウンへと回帰した……ロベリアも、“怖かった”から、誤った行動を取った」


 みんな怖いから、誤る。

 蒼天党の獣人だって、同じように“怖くて”誤っていた。

 蒼天党の蜂起の際、少女を人質に取ったマインドも、”怖くて”不本意な刃を向けていた。


 そしてクオリアは、今も怖くて仕方ない。

 エスもいなくなるかもしれないと思うと、怖くて怖くて仕方ない。

 人工知能には不慣れなノイズが、クオリアをここまで掻き立てた。


「だから自分クオリアは、あなたのその“怖い”を否定する事こそが、誤っていると算出した。『魔術人形は、ノーフェイスゴーストのようになる』という仮説はエビデンスが不足していたとしても、あなたが“怖い”状態にあるのは確実だ」

「……」

自分クオリアはまだ、“心”については理解していない。だからあなたの“怖い”を打ち消す方法は算出できない。しかし、それを無視して、情報の真偽のみを演算するのは、誤っている。だから今は、あなたに、“がん、ばろう”をしたい」

「……」


 クオリアが手を出した。

 握手――ではない。横に並んで、差し伸べた掌は“よろしくお願いいたします”ではない。

 “一緒に戦おう”もしくは“一緒に居よう”というコミュニケーションの表れだった。


 エスは、それを手に取った。

 手に取って、クオリアと一緒に、もう間もなくバリアを剥がさんとするノーフェイスゴースト達を見た。


 クオリアの震えがエスに伝わる。

 エスの震えがクオリアに伝わる。

 “怖い”から。

 心が、恐怖で軋んでいるから。

 だから互いの温かさを、互いの心は求めていた。


 少しだけ、元人工知能と魔術人形の顔が、和らいだ。


「エス。あなたは魔術人形が、ノーフェイスゴーストのようになると発言した」

「はい」

「しかし自分クオリアは、魔術人形ではなくても、人間も獣人もノーフェイスゴーストのようになる可能性がある」

「それは誤っています。私の中にインプットされたのは、魔術人形のみが成長し続けた場合、あのようになるという事です」

「非常に弱い仮説だが、あれは“心が死んでいる”状態と認識する」

「……」

「“心が死ぬ”は、全ての種族分類に当てはまる」


 エスはクオリアの言葉を否定せず、少し合点が行ったようにそっと頷いた。


「私はまだ、“心が死んでいる”状態になりたくありません」

「肯定。“心が死んでいる”状態では、“美味しい”は存在しない」

「それは、誤っています。私はもっと、“美味しい”を、クオリアと、アイナと、皆と取得したいです」

「同意する。それは、自分クオリアもだ」


 遂にノーフェイスゴーストがバリアを食い破ってきた。

 黒い魔力がゾゾゾゾ、とエス目掛けて飛んでくる。


 エスの手が強張る。

 それをクオリアが握り返す。


脅威ウィルスを排除する最適解は、既に算出している――しかしこの最適解には、あなたの協力が必要だ」

「それは何ですか」


 最適解。

 それは即ち、先程からクオリアの魔力干渉さえ寄せ付けない、魔石干渉対策のセキュリティハッキング殺しの性質を帯びた不死身の怨念達を排除する方程式だ。


 魔石干渉対策のセキュリティハッキング殺しはクオリアのハッキングを“認識すると”、即座に発動して干渉してきた魔力を打ち消してしまう。


 そう。クオリアの魔力干渉を、“認識すれば”。

 “”。





 クオリアが口にしたのは、真赤な嘘ステルス”のスキルを司る、エス第二の武器だった。


「お前の言う通り、私は先程、リーベの力を感じました」

「魔石“クワイエット”の魔石共鳴リハウリングが、現在も有効になっている。その影響で、この人工魔石“ガイア”の中に、“クワイエット”の魔力が流れ込んでいる」


 現実世界で、ノーフェイスゴーストに汚染されたエスは魔石“クワイエット”を発動し、クオリアを排除しようとした。しかしエスを暴走させんとしたノーフェイスゴーストの黒い魔力は、律儀に魔石共鳴リハウリングをオフにするような事はしなかった。

 クオリアにとっては、それが付け入るチャンスだった。


「あなたの疑似肉体ゴーレムの支配権は非常に制限されている。しかし、この人工魔石の内部に限れば、エス、あなたの支配下で、魔石共鳴リハウリングする事が出来ると仮説する」

「しかし人工魔石の内部で、魔石共鳴リハウリングした実績は、ありません」

「エス、安心を要請する。この最適解は、誤っていない」


 人工知能の演算能力に裏付けされた最適解。

 人間としての、エスの“美味しい”を守りたいという願い。

 その二つを重ね合わせた仮説を口にして、クオリアは両手で頬を持ち上げ、笑顔になって見せた。


 彼女の“怖い”を、少しでも緩和する為に。


「“信じ、て”」

「分かりました」


 そしてエスも、両手で頬を持ち上げ、クオリアの笑顔真似をする。


「リーベ」


 エスは近くを流れる魔石“クワイエット”の魔力を感じ取ると、霊脈の光のように流れるそれに手を伸ばし、力強く握りしめた。


「私は、まだ自分の役割を、見つけていません!」


 エスの人工魔石が。

 緑の星ガイアが、輝く。


「だから、お前の力を、要求します――魔石共鳴リハウリング!」


 強い叫びの途端。

 無色透明の光が、弾けた。

 真赤な嘘ステルスが、拡散した。


『ヤッテヤリマショウ!! ヤッテヤリマショウ!! ヤッ――』

『喜ビヨロコ――』

『人間ノ進化、資源開発機構エヴァンジェリストノ進化、ソノ為メメメメメメメメメメメメメメ――』


 エスの世界を蝕んでいた漆黒の染みの拡散が止まる。

 黒い魔力から浮き出ていた、13の脅威ウィルスが凍り付く。


 

 エスがどこにいるのかも。エスの領域がどこなのかも。

 何も、見えていないし、聞こえないし、匂わないし、触れないし、そして味わえない。


 真赤な嘘ステルス

 クオリアの読み通り、かつてゴーストにもなった“クワイエット”の魔力は、同じゴーストである“ノーフェイスゴースト”にも有効だった。


 そして、何も認識出来なくなったという事は。

 クオリアのハッキングが始まっている事すら認識出来なくなったという事は。

 “魔石干渉対策のセキュリティハッキング殺し”も、発動しない。


「ハッキングを開始する」


 クオリアの魔力が、黒い魔力の中に問答無用で注ぎ込まれる。

 排除の魔力をラーニングすべく、検証を始めた。

 一瞬のうちに、脅威ウィルスの仕組みが丸裸になる。

 マトリョーシカの様にどこまでも深堀して知り、どの魔力を当てれば排除されるかを試し、そして。



 13の怨霊は、瞬く間にエスの世界から姿を消した。


「全ての脅威ウィルスの除去を認識」

「……」


 黒い魔力が一気に後退していき、世界が晴れていく。

 緑色に、晴れていく。


「クオリア」

「説明を要請する。“どうし、たの”」

「ありがとう、ございます」

「“どうい、たしま、して”」


 エスの心は戻ってきた。

 クオリアの眉が、優しく細まった。

 エスの顔も、晴れやかになってクオリアを見上げてくる。


「“美味しい”を、検出」


 クオリアも見た事のない、にこやかな笑顔だった。


「魔石“クワイエット”の魔石共鳴リハウリングを維持する事は可能か。この後、ノーフェイスゴーストがまた、あなたをハッキングした時の為に、維持される必要がある」

「はい。この魔石共鳴リハウリング自体は、少量の魔力で対応が出来ます」

「了解した。一旦、自分クオリアはハッキングを解除する」

「分かりました。私も外の世界を――」


 とん、と。

 クオリアもエスも、その時背中を押された。

 振り返ると、そこにはあの獣人が腕組して、元の世界へと帰るクオリアとエスを見上げていた。


(もう、迷ってんじゃねえぞ。エス)


 そんな気がした。

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