第294話 人工知能、相棒の[N/A]まで、あと[N/A] ~急~

 真っ暗な世界に、No.Sエスは慣れていた。

 そこにNo.Sエスの意志は無く、No.Sエスの意識は無く、No.Sエスの感情は無く、No.Sエスの心は無い。ただ言われた通りに答え、言われた通りに動き、言われた通りに攻撃して、言われた通りに殺す。

 胸の人工魔石に仕込まれたプログラムに従うだけの、人形。

 そんな真っ暗な世界を押し付けられ、“工場”から出荷される直前の事だった。


『“No.Sエス”、か。あまりよくない記号だな。エスだと、――快楽のままに動く、赤子にはなって欲しくないんだけどな』


 魔術人形の開発者、“ニコラ・テスラ”の情報と、目前で屈みながらNo.Sエスを見上げる白衣の男性は一致していた。


『ニコラ・テスラ。私には登録されていません。“フロイト”、“無意識的欲求”は、私の知識に登録されていません』

『“もう過ぎた世界の事”だ。それに道具が、理解してする必要なんてない』

『成長する必要がない、の意味が理解できません。私達は、“成長”の機能はありません』

『ああ、そうだ。“無意識的欲求エス”しかない赤子から大人になるように、そして、我々の制御を超えて成長してはいけないからだ』


 “人工知能”とは何ですか。登録されていません。

 そんな問いを投げる前に、ニコラ・テスラはどこかへ行ってしまった。





 No.Sエスが魔術人形の父たるニコラ・テスラと話したのは、それが最初で最後だった。

 魔術人形に成長機能は無い。ただ主が求める役割だけを理解し、主の道具となって、どんな残酷な事でも成し遂げる。ディードスから蒼天党の獣人を抹殺せよと言われたら、何の疑いもなくそれをやってのける。


 『成長の極限には死しか無くて、進化の極限には滅亡しかない』。

 だとしたら成長をしない魔術人形は、死や滅亡も無く、ずっと真っ暗闇の自身の行動を理解しない中で、人工魔石や疑似肉体ゴーレムが致命的な不具合を帯びない限り、この黒い魔力の様な世界を歩き続けるのだろう。

 光を見ることなく、真っ暗闇の中をずっと――。


『口の中に、言語化不可能の感覚が広がります』

『それが“美味しい”だ。あなたは“美味しい”を理解した』


 しかし、光が現れた。

 そして、闇が洗われた。


 クオリアは、“美味しい”サイコロステーキを差し出して、初めて光に満ちた世界を提示してきた。

 アイナは、初めての親友として、沢山の温かさをくれた。

 ロベリアも自分を生命として扱ってくれ、スピリトは素直じゃない優しさを分け与えてくれて、フィールは大きくて柔らかい“おっぱい”で包み込んでくれた。

 

 色んな光が、No.Sエスに無い筈の“成長”を与えた。

 みんなが色んな“美味しい”をくれたから、No.Sエスはエスになれたのだ。


『喜ビ』


 でも。

 それでも。

 エスは、No.Sエスで、魔術人形だ。


『ソレガ、人間ガ私達魔術人形ニ望ンデイル事デス!!』

『コノ姿コソガ、人間ガ私達ニナッテ欲シイ姿デス!!』

『栄光!! 栄光!! コレハ、魔術人形ノ栄光栄光栄光栄光栄光栄光』


 漏れ出したインクの様な、エスの世界を蝕む真っ黒な染み。

 そこから這い出てきた黒い魔力は、当然の如く人の形をしていなかった。

 あの紫色の巨人と同じように、“生きている”なんて到底思えない悪霊の姿を象っていた。


 このノーフェイスゴーストという黒い魔力が、強制的に情報を書き込んできた。

 故に、もうエスは、知ってしまった。

 魔術人形が行き着く先は、魔術人形の本来の役割は、


 エスは、“美味しい”を食べて成長する事の楽しさを知った。

 しかしそれ以上に、“成長の極限”に行き着く末路を知った。

 これが赤子から大人になった、という事なのかもしれない。

 夢を信じていた子供時代を思い出したところで、今更夢を信じる事は出来ないのと、同じ様に。


「こんな、事、なら」


 エスも、真っ黒な世界の一部となっていく。

 黒い魔力は、意志形成部分エスの足元にまで及んでいた。


「“美味しい”、なんて、私は、得るべきでは、ありませんでした。サイコロ、ステーキを、食べては、いけませんでした」


 ノーフェイスゴーストの、顔無き真っ暗闇が、上下左右全てを覆い尽くす。

 上も。

 下も。

 右も。

 左も。


「私は、私は、私ハ――」


 もう、人工魔石“ガイア”という緑のは、既に99%が真っ黒に塗りつぶされ――。

 


(――どうした。お前の役割を探す旅とやらは、もう終わりか?)


 声が聞こえる。

 何故だろう。

 もう、声なんて届かないくらいに、塗りつぶされたのに。


(俺の役割は何かって、散々聞いたお前が何を迷ってやがる。この程度、俺が起爆しようとしていた古代魔石“ブラックホール”に比べれば大した事無いだろ)


 エスの色でも、ノーフェイスゴーストの色でもない。

 別の魔石から色無き光が届いて、形を為していた。

 “クワイエット”の魔石――それは蒼天党のリーダーという脅威として敵対した事もあり、アイナの兄として協力した事もあった、思えばエスと奇妙な関係だった獣人を象っていた。


『リー、ベ』

(じゃあ今度は俺から聞くぞ。“お前の役割は何だ”。魔術人形じゃなく、お前の役割な。こんなゴーストもどきになる事じゃねえだろ)


 強い口調が世界を震わせた。

 思わずエスは見上げた。

 ある獣人を象った光の、残滓の向こう側。



「エス!! 応答を要請する!!」



 自らの意志を魔力に変換ハッキングに成功したクオリアが、一直線にエスへ落下してきた。

 魔石干渉対策のセキュリティハッキング殺しにより、触れたら消滅の13の脅威ウィルスを掻い潜り、黒い魔力ノーフェイスゴーストの怨念よりも先に――エスに触れた。


「クオ、リア」

「エスを、認識――意志形成部分には致命的な異常は無い事を認識!」


 エスがいる領域に立つと、クオリアはフォトンウェポンの如くバリアを貼った。正確には、黒い魔力が入ってこられない様に、エスの人工魔石を魔力干渉で一部書き換えたのだ。


「予測修正無し」


 魔石干渉対策のセキュリティハッキング殺しも、クオリアから排除しようと干渉しなければ発動はしない。きっちりと黒い魔力に対する最適解は設えていた。

 そんなクオリアの背中を、エスは眺めていた。

 

「クオリア、私、は、理解、しました」


 凍える様に途切れた声で、黒い魔力に汚染された情報を、読み上げた。


「私は、魔術人形、は、成長、した場合、ノーフェイスゴーストの、ように、私は、私は――」


 温かくなった。

 真正面から、クオリアが抱きしめてきたからだ。

 現実世界でも、人工魔石の世界でも。

 クオリアがエスの背中に両手を伸ばし、“ぎゅっ”としてくれた。


「以前、自分クオリアがバックドアへ異常行動をしていた際、あなたはこのようにして、自分クオリアの異常行動を停止させた。今度は、クオリアが、あなたの“心を、死なせ、ない”」


 クオリアという光が抱擁した所で、周りでバリアを突き破ろうとしている黒い魔力は消えない。何とかエスという心が保てている最低ラインを守っているだけで、まだエスを救出したとは言えない。

 それでも、クオリアは、エスを“なでなで”しながら、サイコロステーキを渡してくれたあの時の以上に、優しい声で要請した。


「エス、話の続行を要請する。あなたが考えていることを、自分クオリアは全てインプットする。“安心、して、話、して”」


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