第293話 人工知能、相棒の[N/A]まで、あと1分 ~破~

 魔石“クワイエット”のスキル、真赤な嘘ステルス

 それは、敵の認識能力を阻害する、かつてゴーストと化したある獣人の遺産である。


 視覚でも、聴覚でも、触覚でも、嗅覚でも、味覚でも、エスを感じ取れない。

 エスが発動した大地讃頌ドメインツリーも、発動はしているのだろうがクオリアには分からない。普段ならば大雨でぬかるんだ地面が割れ、強靭な樹木が這い出てくるのだが、“樹木に押し退けられ、割れる地面”すらも、クオリアは認識出来ない。

 ただ、雨夜の森がそこにあるだけだ。


「……最適解、変更」


 クオリアが二歩横にずれる。

 そうしなければ――見えざる枝に巻かれ、突起と化した地面に貫かれていた。


 これが、真赤な嘘ステルスと、大地讃頌ドメインツリーの共同合算。

 

 


「ク、オリ、ア」


 人工魔石の中に巣喰う漆黒が、更に広くなった。

 クオリアは認識出来ていないが、この時すでにエスの右鼻と、左頬も消えてしまっている。


「至急……シキュ、私を、無力……ヤリ、マショウ」


 再びクオリアが動く。クオリアがさっきまでいた位置に、認識出来ない破壊が膨れ上がっていく。

 真赤な嘘ステルスの効果は、破壊の痕跡に対しても数秒続く。暫くすると、先程まで何の変哲もなかった景色が、根元から折れた木々や、引き裂かれた大地で塗り替えられた。


 再びクオリアに攻撃。

 しかし一秒前クオリアが“ドローンアーマー”のバーニアを噴かせ、空を飛んで回避。


「早、ク、じゃない、と、クオリア、を、私、が、殺して、しま」


 着地。しかし“認識出来ない筈の”枝の上に、一瞬足裏を着ける。

 跳び下りてまた走り出した。四方八方から宝樹の枝が迫りくる。


『Type SWORD』


 二閃。

 最小の軌道で、荷電粒子ビームの刃が大地讃頌ドメインツリーを断った。


「何故、お前、は、資源開エヴァンジェ……お前は、回避が」


 ――ノーフェイスゴーストに意志を乗っ取られつつも、狭窄される意識の中、エスは残った右目で見ていた。

 クオリアには絶対に検知が出来ない大地讃頌ドメインツリーや、変形した地面による多種多様の攻撃が、僅かにクオリアを掠めるだけの成果しか上げ圧れていない。

 《《先程から一つも直撃していない》。


 しかし質問した所でクオリアには届かない。現在左手に持っている魔石“クワイエット”の魔石共鳴リハウリングさえ、最早自身の意志ではオフにする事が出来なくなっていた。

 エスが、どれだけクオリアを傷つけたくないかという想いさえ、伝わることは無いだろう。


「恐らくあなたは、クオリアに次の説明を要請していると推測。『真赤な嘘ステルスの効果が付与されているにもかかわらず、何故お前は私の攻撃を予測し、回避に成功しているのですか』、と」


 しかしクオリアの声はエスの耳に届く。エスの心の推測は、当たっていた。

 真赤な噓ステルスによって認識不可のヴェールに包まれているエスを、クオリアがじっと見つめる。


「あなたは、自分クオリアの隣で、非常に多く戦ってきた。あなたの事は、自分クオリアが一番インプットして、一番分析している」


 ぐにゃりと地面が歪み、槍が襲い掛かってきた。だが、これも予測済みだ。

 敢えて回避行動を取らず、身に着けていたドローンアーマーの膝部分で受け流し、そのまま突き進む。


「あなたの事は、理解している」


 エスが、どんなスキルの発動をするのか。

 エスが、どんな風に地面を変形させるのか。

 エスが、どんな形の宝樹を宿すのか。

 ――全部理解している。


 だってエスだから。

 この一ヶ月間、一番連携を取って戦ってきた相棒だから。

 ずっと、ラーニングしてきたから。


 頭だけではなく、体の感覚が、エスを憶えている。


「しか、し、何故、お前……栄光コウコウコウコ……私の、位置を」

「あなたは、次の説明を要請していると推測。『私の位置を、お前は何故理解できるのですか』と。あなたの位置は、コネクトデバイスからインプットが出来る」


 コネクトデバイス。

 それは、二度と“好き”な人達が、目の届かない所で取り返しのつかない事にならないようにと、創ったアイテムだった。

 これがある限り、例え五感で認識が出来ていなくとも、エスの居場所は正確に理解する事が出来る。


「クオ、リア……え、栄光……私達ノ喜ビヲ破壊スルモノ、排除サレナクテハ、クオリア、排除サレナクテハアリマ喜ビ喜ビ喜ビ喜ビ喜ビ喜ビ――!」


 あとエスの体まで、2メートルにまで迫った時だった。

 今まで百発百中だったクオリアの予測の外から、変形した地面の突起が放たれて、クオリアの左半身を捉えたのだ。

 回転しながら一気に数十メートル弾き飛ばされ、泥に塗れながら最後は樹に激突する。


「本肉体ハードウェアの胸部、背中全体、右肩に中度の異常あり……! 5Dプリントによる緊急メンテナンス、発動……」


 5Dプリントにて、骨の粉砕部分、肉の圧壊部分は修復できる。

 だが演算回路で増大していくノイズを掻き消す事までは出来ない。


 一瞬だけ真赤な嘘ステルスが解かれ、エスの姿が見えてしまった。

 黒い魔力が、エスという無垢なキャンバスを更に穢していた。

 人工魔石における緑の部分が、もうほんの少ししか残っていない。

 そして顔のパーツが、左眉と、右目と、右頬と、あと唇が僅かにしか残っていない。


 “エスが、いなくなってしまう”。

 内臓全てをかき混ぜられたような不気味な感覚が、クオリアの演算を濁す。


「最適解、変更――侵食が更に加速、している、エス、応答を、要請する」

「あ、私、私は、私の役割、資源開発機構エヴァンジェリスト、私は、私ハ、“美味しい”、ヲ、アジャイル様、ノ、成果ヘ」

 

 これまでのエスとの戦闘経験から、エスの動きを予測するという最適解。

 ただしこの最適解には一つだけ、致命的な欠点があった。

 クオリアも欠点は認知の上で、露呈する前に決着を付けたかったが――。


 その欠点とは、エスの意識への侵食が深刻になると、という点だ。

 今はフィードバックで対処可能な誤差だが、これ以上浸食が進めば、全くクオリアが知らない“ノーフェイスゴースト”としての出鱈目な戦い方をしてくるに違いない。それではリーベの時の様に、自らの体を傷つけながら最適解を模索する羽目になる。


 しかしそんな事をしている内に、エスの心が取り返しのつかない閾値にまで擦り減るのは眼に見えている。


「状況分析……ノーフェイスゴーストの復活、進行の速度が増している」


 “見えざる攻撃”に注意しつつ、クオリアは三度目の復活を果たしたノーフェイスゴーストを見つける。

 かなり遠い位置を走っているが、エスへの魔力干渉ハッキングを強くするくらいの距離でもある。これ以上近づかれれば、黒い魔力による浸食速度は更に強くなる。

 これ以上近づけるわけにはいかない。


『Type GUN MAGNUM MODE』

『Type GUN MAGNUM MODE』


 再びロングバレルのフォトンウェポンを形成しながらも、根本対策が取れない事にクオリアは苦心する。ノーフェイスゴースト本体にハッキングするしかないが、しかしその為にはエスを置いて行く必要がある。そうなれば、当然エスはアウトだ。


 だが、丁度銃口を向けた辺りでクオリアが気付く。


「エラー……ノーフェイスゴーストについて、想定外の挙動を認識」


 欲望のままにローカルホストへ四つん這いでひた走るノーフェイスゴーストだったが、


資源開発機構エヴァンジェリスト様に栄光を!! だからやってやりましょう!! 人間の排除を!! 排除されなくては、なりません!!!』


 という奇声が聞こえるが、流石にこの情報だけでは何が起きているのかは分析出来ない。その巨体の真下で何が起こっているのかまでは、今の位置からでは見る事さえ出来ない。これをラーニングしている暇もない。


「原因は不明、しかし」


 原因不明だが、チャンスだ。

 あのノーフェイスゴーストが止まっている間が、エスを救う最後のチャンスだ。


「エス、応答を、要請する」


 駆けながら、また見えなくなったエスへ声を掛けた。

 雨の中を、変形する地面の上を、無色透明の無数の枝を潜り抜け、一気にエスの下まで全力疾走する。


「あなたがあなたの事を忘却しようと、自分クオリアはあなたの事を記憶している。あなたがどこへ行こうと、自分クオリアは必ずあなたを見つけて、救出する。あなたの“美味しい”を、もう一度見たい!」


 そして。

 コネクトデバイスは、示す。

 自分の位置と、エスの位置が、重なる。


「何故ならば、あなたは、自分クオリアの家族だ」


 クオリアは手を伸ばした。

 丁度エスの胸の真ん中。

 認識出来なくとも、クオリアには分かる。

 人工魔石に、再び触れた。


 “ハッキング”を、再開する。


「“エスを、かえ、せ”!」


 エスの心が完全に崩壊するまで、あと1分。





      ■         ■





 さて、『何故ノーフェイスゴーストは足を止めたのか』。

 クオリアが算出できなかった、その問いの答え合わせ。




「あーあ……君達、高かったんですけどねぇ。安全性も買ったつもりだったのに。全く、“開発局”という連中は、人の手に余るものを作りたがる」


 ――それは、ノーフェイスゴーストの真下に、所有者であるアジャイルが立ち塞がったからだ。


資源開発機構エヴァンジェリスト様に栄光を!! だからやってやりましょう!! 人間の排除を!! 排除されなくては、なりません!!!」


 全身にくまなく打ち付ける大雨だけでも辛いというのに、13人分の気味が悪い奇声を浴びて、アジャイルは今にも倒れそうだった。

 病人よりも、今の状態は酷い。

 もしかしたら、自分はもう死んでいるのかもしれない。

 しかしアジャイルは何とか直立を維持し、先程まで道具だった怪物を見上げて力なく独り言ちる。

 

「まあ、世界が豊かになる為には、人の手に余る新技術が必要で……暴走して、事故って、沢山死んで、やっと技術が出来ていくんでしょう。そうして世界は近代化していくんでしょう。きっとこれは、世界にとって成長痛みたいなものなんでしょう」

『霊脈の中心!! 霊脈の中心の中心の中心の中心の中心の中心!!!』

「ただ……達には、それを受け止める覚悟がまだ出来てなかった。何万人を犠牲にして、フィールさんを犠牲にしてまで、世界を豊かにする覚悟が出来ていなかった。世界を豊かにするって、こんなに難しい事だったんですね」

『アジャイル様!! アジャイル様の為に!! アジャイル様を排除します!!』

「でも……やっぱり世界は豊かであるべきで。折角生まれてきたのに、親も失って、孤児院にも入れず、餓死なんて最悪じゃないですか。俺の義母ははみたいな人が……フィールさんが、真っ先に死ぬ世界なんて、最悪じゃないですか。は、そんな世界、もう嫌で嫌で仕方なくて」


 あの巨人の掌で潰されれば、蠅の様に死ぬ。

 触手で貫かれれば、弱い騎士の様に死ぬ。

 13のスキルで焼かれれば、異端審問母の火炙りの時の様に死ぬ。

 一介のビジネスマンでしかないアジャイルは、死へそれなりに恐怖しながらも、自分を奮い立たせるように宣言する。 


「……でも、やっぱりそれは、あくまでのわがままだから。責任を持ってが君達を廃棄します。最悪、騎士が来るまで時間稼ぎくらいはしてみましょう。の命で、代価になればいいんですが」

『喜ビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビ』


 ノーフェイスゴーストの顔面から、26の掌が出現した。


『“デバッグ”』

『“デバッグ”』


 しかしそれよりも早くアジャイルは両手をクロスさせ、それぞれの手首にある魔導器“害虫時計デバッカー”を紫の巨人へ向けた。

 昔、フィールみたいな母親から教えてもらった、英雄ユビキタスになった気分だった。


魔石回帰リバース


 ……ユビキタスなら、そもそもこんなヘマはしないでしょう、と高揚感を雨で冷やした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る