第292話 人工知能、相棒の[N/A]まで、あと3分 ~序~

 エスへのアクセスは、これで二回目だ。

 一回目は、蒼天党の一件が終結した後に実施された。

 もしもエスに異常があった際に対処できるよう、通常状態の人工魔石“ガイア”へ魔力干渉ハッキングし、各情報をラーニングしていたのだ。


 その際の情報。

 エスの深層心理にも当たる森林ワンルームには、大自然に不釣り合いな、調理された“美味しい”食べ物が散らばっていた。

 特に屋根がケーキ、壁がパン、窓が砂糖で作られた小さな家は、魔術人形という枠組みから外れて、彼女なりに自らの役割を探した結果出来たものだと考察する。


 そのお菓子の家からは、何色もの灯りが漏れている。

 人の“美味しい顔笑顔”を見ながら、楽しく何かを食べているのだろう。

 ――あの家に、エスの意志がある。


 そんな一回目通常状態と比べ、エスの森林は、途方もなく様変わりしていた。

 “緑”で構成された“ガイア”の魔石は、毀れたインクのような黒色に酷く汚されていた。


「13の脅威ウィルスを検知。これが人工魔石“ガイア”の魔力構造を、不正に書き換えていると認識」


 13の異常挙動をする魔力を見た。“心”が変質した魔力だ。怨念と言い換えてもいい。

 それらが隣の魔力細胞へ、更に隣の魔力細胞へと癌のように、真っ黒に転移させている。

  

 緑は、エスの生命が保っている領域。

 黒は、ノーフェイスゴーストの怨念が奪っている領域。

 

 ノーフェイスが、ガイアを侵食する。

 ガイアが、ノーフェイスを奪い返す。


 俯瞰した視点から、戦況をクオリアは見下ろす。二色の領域を数える。


「[N/A]」


 その戦況を知り、クオリアは蒼ざめた。


「このままでは……5分以内にエスの意志形成部分に……致命的な損傷が発生すると認識する」


 ……ノーフェイスの侵食速度の方が勝っていた。

 即ち、エスの心が喰われつつある。

 “美味しい”の値が、減りつつある。


「エスを……救出する!」


 ハッキングを介して人工魔石“ガイア”に着地したクオリアの魔力意志は、エスの心を削りつつある黒い魔力――13ある、ノーフェイスゴーストの怨念の一つに手を伸ばす。

 

 古代魔石“ブラックホール”を無力化した際に、やり方は心得ている。

 これを排除しない事には、エスの心を救出することは出来ない。


資源開発機構エヴァンジェジェジェジェジェジェジェジェジェジェジェジェジェジェジェジェジェジェジェジェジェ――』


 バチィ!! と電流の如き魔力反応が迸った――ノーフェイスゴーストに触れた途端、クオリアの魔力は弾かれて霧消した。

 これでは無力化も、排除も出来ない。


「エラー……[N/A]」


 嫌な予測予感はしていたが、これは外れて欲しかった。

 この黒い魔力にも、朝に魔術人形“2.0”へのハッキングを防いだ、アジャイル曰く魔石干渉対策のセキュリティハッキング殺しが働いているのだ。


 魔術人形“2.0”の一体、“3号機”は人工魔石の外でクオリアを弾いただけだったが、人工魔石の中でもハッキング用の魔力を無効化する処理が働いているのだろう。そのプロトコルが、ゴーストになっても、そして他の魔術人形を侵食する脅威ウィルスに変わり果てても生きている。

 無防備だった古代魔石“ブラックホール”の無力化よりも、格段に難解になってしまっていた。


「最適解の算出と並行して、エスの意志形成部分を優先して確保する」


 魔石干渉対策のセキュリティハッキング殺しへの対策検討と並行して、クオリアの魔力は、エスの意思形成部分――“美味しい”が集まっている“お菓子の家”に向かう。

 まだエスの意識を象っている部分には、ノーフェイスの領域は及んでいない。

 

 エスの心を優先して守衛する魔力を探り当てれば、最悪の事態は免れる――。


 ――だが。

 


「……想定外の攻撃を認識、エス、応答を要請する」


 現実世界でクオリアの肉体が、エスから遠のいた。

 人工魔石“ガイア”のスキルにより、周りの地面が一斉にクオリアへ、突起や鉄槌となって穿ってきた。

 それをかわした際に離れた為、ハッキングは停止してしまった。


 つまり。

 


資源開発機構エヴァンジェリスト、様、ノ、為ニ」

「エス、応答を要請する」


 魔術人形“2.0”の役割を借りた心無い音声ではなく、ちゃんとクオリアへ向けたいつもの言葉を要請した。

 どうみても、今の攻撃はエスの意志ではない。

 侵食が進んだノーフェイスゴースト黒い魔力によって、その体と、人工魔石“ガイア”のスキルが無理矢理動かされているのだ。


「クオリ、ア」


 今度はエスの声だ。侵食に抵抗している。

何とか顔をクオリアに向ける。

 しかしいつもの愛らしい、無邪気で無機質な“美味しい”モノが似合う少女の顔は、


 

 ノーフェイスゴーストの魔力が作用して、顔のパーツが疑似肉体の中に埋もれて行っている。


「エラー……[N/A]」


 あくまで、クオリアの直感だが。

 ――

 エスの心は、二度と戻らない。

 表情と一緒に、笑顔と一緒に、“美味しい”と一緒に、エスは届かないどこかへ埋もれてしまう。


「私を……排除、してください」

「あなたは……誤っている。あなたは、誤っている!!」


 クオリアは怒鳴った。

 エスを殺すなんて事、引き換えに世界が滅ぶとしても禁則事項だ。


「私は、このまま、では、あの、ゴースト一緒に、なります」

 

 しかしエスは生きているだけで辛いと言わんばかりに、ぎこちなく疑似肉体ゴーレムを動作させる。


自分クオリアがさせない! 救出する! 理解を強く要請する!」

「……クオリア、私は、、しました」


 豪雨に塗れながら、クオリアがこれから救出する事を理解した――訳ではない。


「私は、気付き、ました……魔術人形、は、あれが、本来の、姿……最終的には、全てあのような、存在になる……と……」

「あなたは|

「私は、役割を、探して、いますが。しかし、その役割、は、ノーフェイスゴースト、が、最終の……」

「“違う”!!」

「私達、は、何、だったの、でで、デデ、デデデ、私達、人ニ、進化ヲ」


 エスの挙動が更に不振になる。

 少女の顔から、今度は左耳が喪失した。


「エラー……脅威ウィルスの侵食速度が上昇している……予測修正あり」


 あと侵食完了まで5分と見積もっていたが、甘かったようだ。

 深刻度が増した理由は、直ぐにわかった。


 再構築されたノーフェイスゴーストが、エスとの距離を結果的に縮めてきている。


「仮説。ノーフェイスゴーストとの距離に応じて、侵食速度が上昇している」


 先程からエスを侵食している黒い魔力は、何も馬鹿正直にノーフェイスゴースト本体から飛んできている訳ではない。それならクオリアが察知できる筈だ。

 五感で感じられる以外の方法で、エスに伝達している。

 テレポーテーションのような、量子力学的な作用が働いているのかもしれない。


 だがその分析をしている場合じゃない。

 ノーフェイスゴーストが近づくほど、エスの心がどんどん侵されていくのが問題だ。


「ノーフェイスゴーストの進路は、ローカルホストの最短距離を進行している。インプットした地形より、このままではその途中で、自分クオリア達の現在位置と非常に密着する状態になる」


 ……復活覚悟で、再度排除するしかない。

 霊脈の中心に送り返す事が出来れば、少しは時間稼ぎになる。


『Type GUN MAGNUM MODE』

『Type GUN MAGNUM MODE』


 再び二本の荷電粒子ビームが、かなり離れた距離にも関わらず、正確にノーフェイスゴーストの何もない頭部を貫いた。

 巨人の肉体はまたしても塵となり、暗黒物質に帰っていく。


『クワイエット』

魔石共鳴リ、ハウリ、ング


 だが、エスの方は手遅れだった。

 ノーフェイスゴーストの黒い魔力――その怨念は、遂に魔石共鳴すら強制発動させる域にまで達してしまっていた。


「スキル、深層出力……真赤な嘘ステルス……大地讃頌ドメインツリー……発動、栄光シマス、栄光、栄光、栄光……」


 人格まで溶けてきたエスの周囲から、

 




 エスの心が完全に崩壊するまで、もう3分も無い。

 ……なお、また復活したノーフェイスゴーストがこちらに近づけば、更に制限時間は短くなる。

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