第290話 人工知能、ノーフェイスゴーストのスキルを思い知る

「状況分析。あの個体は、ゴーストに分類されると判断」


 人型の外見から“改宗者”の亜種とも考えたが、『特定条件で、強い感情を持ったまま死ぬと、極稀に感情そのものが魔力の塊となって、具現化する』“ゴースト”であるという結論で落ち着いた。

 ゴーストは、背後に本体である暗黒物質のオーロラを時折出現させる。

 前回のリーベと同じく、かの巨人の背後にカーテンの様にはためく、漆黒の靄を認識した事が決め手となった。


「よろこび!! よろこび!! よろこび!! よろこび!! ヨロコビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビ」


 まだ、どのような能力を持つゴーストかも不明だが、今の時点でも分かる事がある。


 一点目は、その暗黒物質は犬の首輪に繋がれたリードの様に、霊脈の中心に繋がっている事。

 二点目は、あのゴーストが元は魔術人形である事――という情報は、今隣で震えているエスからインプットした。


「あれは、私達と同じ、魔術人形です」

「状況分析、エスに異常が生じている」


 人形の様な風貌が、壊れていた。

 普段はクオリア以上に淡々としているエスが、ここまで凍り付いた表情を見せるのは、アイナが殺されかけた時以来だ。

 

「説明を要請する。何故あのゴーストが、元は魔術人形だと判断できたのか」


 あのゴーストが、元は魔術人形なのかどうかは、もう少し近づかないとクオリアでも分からない。だがエスは一発で分かった。


「……」


 しかしエスはその理由を語らない。語りたがらない。

 がたがたと震える唇を見て、一旦これ以上の質問を取りやめた。


 まずはゴーストだ。

 このままではあと数分で街に入る。そうなれば確実に一般人に死者が出る。

 悠長にラーニングしている時間はない。


「正体不明のゴーストを脅威として認識。排除する」


 5Dプリントの青白い光が、二つの兵器を象る。

 エスを背負うと、空いた両手でグリップのシルエットを掴む。

 同時、生成が完了する。


『Type GUN MAGNUM MODE』

『Type GUN MAGNUM MODE』


 フォトンウェポンのロングバレルを二つゴーストに向けると、先端に荷電粒子ビームが集結した。

 数秒間、荷電粒子ビームが凝縮され、摩擦音が迸る。

 そして強い閃光が二つ、巨人の実体を突き抜けた。


「私達は、栄光。え、いこう」


 大きな風穴を開けたゴーストは、粒となって崩壊した。

 

「状況分析」 


 だがこれで終わりならば、誰も苦労しない。

 ここからがゴーストの真骨頂だ。

 ゴーストは、“復活”をする。

 倒しても倒しても、暗黒物質から実体が再構築されるのだ。


「状況分析。次回の復活地点を予測」


 肉体を失った暗黒物質は、何故か元々か細い直線で繋がっていた、霊脈の中心へと強い力で引っ張られていく。

 リーベの時には無かった反応だが、次回の再構築地点は霊脈の中心と見て間違いなさそうだ。そもそも魔術人形“2.0”を率いていた、資源開発機構エヴァンジェリストが不正な方法で霊脈を調査していた事が関係しているのは間違いない。

 だとしたら、資源開発機構エヴァンジェリストはどうなったのだろうか。

 同じくゴースト化したか、あるいはゴーストに屠られたか。

 この情報を収集する必要も、ありそうだ。


「エス、応答を要請する」

「はい、はい、はい、はい」


 と、ここまで最適解を順調に演算しながらも、クオリアは一旦地面に降りる。

 震えるエスを、このままにしてはおけなかったからだ。

 

 小さな矮躯が水溜まりの上に降り立つや否や、エスはすぐさま膝をついた。

 元々ずぶ濡れになったり、服が汚れるのを気にするエスではなかったが、この反応はあまりにも深刻だ。


「戦闘は自分クオリアが実施する。あなたは今回は休息行為を取るべきだ。あなたを帰還させる」

「それは、誤っています。私の役割は……今の役割は……守衛騎士団“ハローワールド”として、脅威を、無力化する事、です」

「あなたの声からも、異常が検出されている」


 先程から降りしきる豪雨が主要な演算回路をショートさせたかのように、エスの発する声は断続的に途切れていた。

 その瞳は、クオリアを見ていない。

 ゴーストの暗黒物質の様な闇で塞がれているかのように、恐らく何も見えていない。


「それならば、私をここに放置して、ください」

「それは誤っている。現在のあなたを、単独で行動させることはできない」

「私をここに放置して、ください」


 しかも、放置を口で要求している割には。

 先程からエスの力ない指が、クオリアの裾を掴んで離しそうにない。

 ふと指が触れる。冷たい。


「……あなたの人工魔石に異常を認識」


 服の上からでも、人工魔石が心臓の鼓動の如く常時見せる、仄かな発光パターンに異常が生じている事が分かった。

 直感して、クオリアがエスが着用している服の、襟元のボタンを外す。

 真っ白な胸元と一緒に、中心に嵌めこまれている人工魔石が露わになった。


 いつもは緑色に光っている筈なのに。

 今は、黒い濁りが、心なしか存在していた。


「説明を要請する。

「……私には分かりません」


 はだけた胸の人工魔石を一瞥すると、震える唇でエスは続けた。


「でも、私には分かりました。私には、あれが魔術人形である事は、分かりました。分かり、ました、分かり、わか……もう一つ、あのゴーストは、“ノーフェイス”のスキルを持っている事が、分かりました。理由が分かりませんが、その情報は、分かり、ました、分かりませんが、分かりまし、た」

「……理解。これより脅威を、“ノーフェイスゴースト”と認識」

「あと、見えました」

「説明を要請する。何が見えたのか」

「……1326です」


 クオリアは、掌に該当する脅威を検知していない。だが、このエスが虚偽の情報を出力していると思えない。

 ひとまず“掌”については、一旦保留にしておく。


「仮説。ノーフェイスゴーストの機能によって、エスの“心”に異常が生じている」

 


 恐らくこれが、顔無し巨人の能力。“ノーフェイスゴースト”の機能スキル

 



 どんな悪影響かまでは分からないが、最悪を想像することは出来る。

 ノーフェイスゴーストの意のままに操られるのかもしれない。

 あるいは第二のノーフェイスゴーストとなって、ただ排除されるのを待つ脅威になるのかもしれない。


「やはりあなたを単独で行動させることは出来ない」


 ここでエスを置いていく事は、とても大きなリスクだ。

 彼女の心を、放置する事は出来ない。

 凍ってしまった心のまま、一人ぼっちにする事なんてできない。

 そんな事をしたら、エスは二度と“美味しい”を味わう事が出来なくなるかもしれない。クオリアと一緒に、自らの役割を探す事が出来なくなるかもしれない。


「クオリア。説明を、要請、します」


 ここでのクオリアの役割は決まった。

 まず、ノーフェイスゴーストの完全無力化を果たす。


「私達魔術人形は――最終的には、全てあのような、存在になるので、しょうか」


 そして並行して、ノーフェイスゴーストの術中スキルに嵌ってしまったエスを、“心が死ぬ”状態から救い出す事だ。


 

 

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