第288話 重大事故、流出する。
魔術人形は次々に帰ってきては、深部への道を封鎖する様に並ぶ。
例外なく胸部の人工魔石が真っ黒に濁りきっていた。
技術責任者の破壊された頭部。
一番前の魔術人形は、その返り血を浴びて、真っ赤に染まっている。
だが、同じく鮮血を浴びた人工魔石だけは真っ黒なままだ。
「魔術人形……、な、何がどうなってやがる……!? 何をしてやがんだ! その触手は……いや待て、なんでアイツを殺して……!?」
副リーダーが困惑と共に問いを投げても、魔術人形達は応えない。異常だ。
主人である
右腕が鋭利で硬質的な触手へと変貌している。異常だ。
「栄光栄光栄光栄光栄光栄光栄光栄光栄光栄光栄光栄光栄光栄光栄光栄光栄光栄光栄光栄光栄光栄光栄光栄光!! 私達が求めるのは栄光栄光栄光栄光栄光栄光栄光栄光栄光栄光栄光栄光、
挙動の変化は、魔術人形によって千差万別だ。
頭部を次々に別方向へ傾けたり、完全に脈絡が破綻した言語を甲高い声で叫ぶ個体もいれば、一切の表情を置き去りにした真顔の個体もいた。
真顔の個体が、聞き取りづらい声で呟く。
「人類に、進歩を。
復習の様に魔術人形達がここに居る意味を語った後で、今度はその個体の左腕が巨大化する。触手ではないが、人間を模した掌ですらない。ただの、巨大な肉塊だった。
「私達は、理解しました。この成果をあげる為の、障害があります。それは、あなた達人間と獣人です!」
魔術人形は、いつも通りの笑顔になった。
「だから、
少年少女の大きさと不釣り合いな質量が、天井まで掲げられる。
「えっ、ぷちっ」
「待……ひぶんっ」
鮮血が爆ぜた。
肉塊が、近くにいた
真っ赤な液体が四散するのと並行して、肉塊を中心に岩肌に亀裂が走る。
「あ、わあああああああああああああああああああ!!」
この世の終わりの様な悲鳴が飛び交い、次々と一目散にメンバーが逃げていく。
「どういう事だ!! 俺達をなぜ殺す結論に至った!?」
最早副リーダーを人質にとる事に意味がない。怒号を飛ばしながらも、そう悟ったウォーターフォールは足で制圧している男から離れ、ダメージで脚が震えて立ち上がれないアジャイルを抱えて移動を始める。
「
「異常だな……」
「……最深部の霊脈が、何らかの作用を与えた可能性が高いですね」
肩に抱えていたアジャイルが、まだ小鹿の様に脚をふらつかせながらも、ウォーターフォールに視線で示す。テーブルの上では、人工魔石と同じように黒く濁った魔力が、試験管の中で沈殿している。
「そして私達は、ローカルホストの人間も、ランサム公爵やルート教皇も、そしてデリートという脅威も、同じく殺害するべきと判断しています」
「どんだけ暴走してんだ……ローカルホストの人間は関係無いだろ」
ウォーターフォールが何気なく残した言葉に、魔術人形全員が反応した。
並行して、魔術人形全員、形を忘れていく。
「いいえ。いいえ。いえ」
「人間は、このプロジェクトの妨げになります。何故なら、ラック侯爵を始めとしたローカルホストの人間は、霊脈の調査を何度も中止に追い込みました。これからの調査において、再度妨害行為が行われる可能性は高いです。妨げは全て排除されなくてはいけません。脅威は全て排除されなくてはいけません。私達の喜びを破壊するものは、全て排除されなくてはなりません。全て排除されなくてはなりません。全て排除されなくてはなりません全て排除されなくてはなりません全て排除されなくてはなりません全て排除されなくてはなりません」
「栄光を、栄光を、栄光を、
「やりましょう、やってやりましょう、
「人間の歴史に、正当にして正統なる進化を。だから人間を排除したいです。人間を排除が、人間に進化を、進歩を、人間は、人間は?」
言葉の秩序を失いながら、醜怪な姿へと膨らんでいく。
右腕が左腕が右脚が左脚が胴体が頭が全てがそれぞれの異形へと変わり果てていく。
結果隣の魔術人形と重なっては、互いの境界も忘れて、混ざり合う。
数秒経過した時には、外見上人間と呼べる魔術人形は、一体もいない。
代わりに、“肉塊”が波打って、空間全てを覆いそうなくらいに大きくなる。
「いえ」
「排除、いけません」
「栄光栄光栄光栄光栄光栄光」
「やり、ましょう、殺、が、りま、しょう」
「人間は? 進化は、排除」
本霊脈の調査に連れてきた、13体の魔術人形。
13体分以上の、紫へ変色した肉の流動体が、次第に輪郭を明瞭にしていく。
人型。
それも、赤子の様な頭身で、アンバランスな両手と両足部分で、這い這いの姿勢でいた。
立てる筈も無い。今の“アレ”は洞穴にすら納まる全長ではないからだ。
巨人の、赤子。
あまりの悍ましい融合に、さっきまで逃げていた事さえ失念して、茫然自失で棒立ちになっていた
そして、同じく融合した結果である、胸部の巨大な人工魔石が、13体分のソプラノ音声で自身の正体を言い放つ。
『ノーフェイス』
同時、アジャイルは思った。
この巨人、眼、口、鼻、耳のパーツが――顔のパーツが無い、と。
「……リーベの資料で見た」
その隣でウォーターフォールがアジャイルを抱えつつ、歯を震わせる。
獣人の瞳は、のっぺらぼうな顔面部分よりも、その後ろに浮かび上がる、夜闇全てを凝縮したような“暗黒物質”のオーロラを見つめていた。
「あの暗黒物質、間違いない……
「えっ?」
ウォーターフォールは、言った。
「ゴースト化だ」
途端、巨人の顔面を突き破り、無数の触手が四方八方に飛び出す。
「うわ、ばっ!?」
現在
内15名がその触手に、一瞬で屠られた。
「ばばば、あああああ!!」
「ひぃ、死にだだだあっ、いぎっ、いぎっ」
「やめ、やべっ……でっ!!! あっ!! 助け、母さ」
「ぷち」
ある者は巨大な先端に貫かれ、血を撒き散らしながら千切れた。
ある者は鋼鉄の側面に弾かれ、壁や天井に激突しては染みになった。
ある者は触手に全身を巻かれ、全ての骨を折られて人形の様にぶらさがった。
ある者は圧倒的な質量に全身を潰され、人の形を保てず破裂した――。
「ひいいい!!」
副リーダーが情けない声を上げて頭を抱えながら、一目散に逃げ去っていく。偶然にも、迫る触手からギリギリ逃れていた。
その背中を見て悪運が強すぎる、と舌打ちする暇もない。
ウォーターフォールも必死にアジャイルを抱えて一目散に逃げる。
「離しなさいウォーターフォール……このままでは共倒れするだけです……」
「
獣人故の身体能力の高さと、妙な悪運の強さで数秒は触手の殺戮劇から逃げる事が出来た。しかしウォーターフォールも生きる事に必死で、火事場の馬鹿力で体をフル稼働しているに過ぎない。こんな時に先輩のアドバイスを聞いている暇はない。
しかしノーフェイスゴーストは、見逃さない。
「ぐっ!?」
真後ろで地面に突き刺さった触手。
ウォーターフォールの左脚を掠った。それだけで、肉が酷く抉られた。
溶岩にでも塗りつけられたような激痛に身を捩る間もなく、もう歩く事さえ出来ない足を引きずって、ウォーターフォールは走る。
どこへ、と考える余裕すらない。
ただ丁度目前に身を隠せそうな穴があった。この“霊脈の中心”は人の手が一切入っていない洞穴だ。故に数十メートルの距離を転がり落ちる地獄への風穴もあれば、かくれんぼには持ってこいの身を隠せる場所だってある。
「……一か八か」
回らぬ思考で直感に従い、その穴へアジャイルごと一緒に飛び込む。
深い。
暗すぎる。
穴の底が見えない。
(死んだ)
と直感したウォーターフォールだったが、数秒して水面に叩きつけられた。
外に繋がる川があった事を、今の今まで忘れていた。
■ ■
「成果を」
「もっと成果を、かお、顔」
「成果を重ねて、進化をか、さねて、重ねて、成、進かを」
「にん、ニンゲン、ジュウジン、
「私達は、魔術人形です。入りません」
「魔術人形は、成果を得る対象、栄光を得る対象、入り、ません」
「でも、私達は、間違いなく、やりたいです」
「
「
「
「
「成果、進化、私達は、役わあああああああああああああああああああああああああ」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
強制された心は、未だ強制されていた。
それが、魔術人形“2.0”の根本的な仕組みなのだ。
主の願いを叶える事に、極上の喜びを感じる絶対的な仕様。
その喜びを得る為にしか行動する事が出来ない。
裏を返せば、その為なら何でもやってしまえる。
霊脈の最深部で起きた“化学反応”が切欠で、その肉体も“心”もゴースト化し、13体の魔術人形と一つに溶け合った今でも変わらない。
喜びに至る過程が、とうに論理破綻していても。
なにか、おかしくても。
あたりに主だったものが散らかっていても。
なにか、おかしくても。
もう、自らが人の形をしていなくとも。
なにか、おかしくても。
その意識が、原形を保っていなくとも。
なにか、おかしくても。
なにか、おかしくても。
もう、関係ない。
なにか、おかしくても。
なにか、おかしくても。
なにか、おかしくても。
だって、嬉しいから。
さあ、成果をあげに行こう。
そして
その為に、人類を滅ぼしてでも。
なにか、おかしくても。
『ノーフェイス』
「バババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババ」
13人分の、悲鳴。
それを合図に、一切のパーツがない顔面から、13の左手と13の右手が飛び出した。
それぞれの両手が、13の色に染まる。
13個分の、凶悪化されたスキルが――発動した。
そして、霊脈の中心入り口部分は、爆炎に消えた。
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