第287話 重大事故、起きた。
この岩肌の要塞には、
人を守る騎士もいなければ、咎人を断罪する使徒もいない。ただ金で世界を回す活動家がいるだけだ。
しかし魔導器というアイテムは、ただの一般人を凶悪な戦力へと変えてしまう。
興奮冷めやらぬ顔でアジャイルを見下ろしながら、魔導器“スタンガン”をこれ見よがしに発動している副リーダーが、まさにその見本市だ。
「魔術人形、副リーダー達を止めろ!」
一瞬思考が止まってしまっていたウォーターフォールだったが、痺れて動けないアジャイルと、今にも二度目の電気ショックをお見舞いしそうな副リーダーを交互に見て、とっさに魔術人形へ指示を飛ばす。
魔術人形は従順だ。特にアジャイルの権限は上位に設定されている。
間違いなくアジャイルを助けに割って入る筈だ。
という、ウォーターフォールの期待を悉く裏切って。
魔術人形は通常通り、“霊脈の中心”の深部とこの場所を行ったり来たりしているだけだった。
「何故俺達の指示が届いていな……ぐあっ!?」
明滅する視界。
全身の筋肉を電撃が削る。骨の髄まで焼かれたような感覚だ。
初めての感電を激痛と共に実感しながら、背後で二個目の“スタンガン”を向けていた背の低い男を睨みつける。
「ききき」
「魔術人形の技術責任者……そうか……あんたが魔術人形の設定を……!?」
「そうさ……僕と、副リーダーの言う事を優先的に聞くようにしている……逆に君やアジャイルの言う事は、何にも届かないようにしちまったんだなあ、これが」
ウォーターフォールが倒れても、全身に力が入らず藻掻いていても、魔術人形は介入しない。積極的に通常業務を繰り返すばかりで、一切の命令を受け付けるどころか、アジャイル達の危機を見ようともしない。
ウォーターフォールはその理由を理解した。
今ウォーターフォールに“スタンガン”を押し当てた、短背の男。普段は副リーダーに媚び諂って、共に酒を飲んでいるような頼りなさを見せるが、実は魔術人形と人工魔石の構造を熟知し、専門的なメンテナンスを行う技術責任者である。
この男ならば、確かにアジャイルやウォーターフォールの指示に耳を貸さない様に、魔術人形を改悪する事だって可能だ。
「ずっと前から鬱陶しかったんだウォーターフォール
「……俺、何かアンタに嫌われる事しましたっけげげっ!?」
またスタンガンを押し当てられた。
猫耳ごと頭を踏みつけられた靴底の真上から、有頂天になった技術責任者の顔面がこっちを見ている。
「俺は獣人が大っ嫌いなんだよ!」
「……なら晴天教会でユビキタス祀ってきたらどうっすか。丁度教皇もお見えになるチャンスだ。媚売って稼ぐの得意でしょう、アン、ダっ……!」
顔面を蹴り飛ばされる。鼻や口から血を出しながら喘ぐので精一杯になった。
一方副リーダーは呆然とする他のメンバー達を睨みつけ、“スタンガン”の起動音を迸らせる。半ば脅迫だ。
「このままおめおめと帰ったら、ここにいる奴ら全員クビだぞ!?
自己の正統性を主張する副リーダーだが、周りの眼はただ手にしているスタンガンと、“こんな風”になっているアジャイルとウォーターフォールを怯えた眼で見ているだけだった。
「大丈夫だ……皆黙ってりゃバレやしねえよ……なぁ?」
パチパチパチ、と小さな破裂音が副リーダーの言葉を恐怖で修飾する。
周りのメンバーに許されたのは。
沈黙と、見て見ぬふり。
「さあ、魔術人形達、最深部に行くのだ。粉骨砕身働いて、最深部にあるだろう “霊脈の根源”を探し当ててこい! 予定変更は無し、万事順調だ!」
「要請は受諾されました! やりますやれますやってやります!」
「
魔術人形達は元気だった。生きがいの様に副リーダーの指令に返事すると、即座に最深部へ突き進んでいく。茶番を見たかのように副リーダーが鼻で笑い、途端に上機嫌になる。
副リーダーも騎士ではない。“口封じ”を始めとした人殺しは初めてだ。
そのせいで、自身の気分を制御出来ていないのだろう。
「事故死、事故死……大抵事故死って一瞬なんだよなぁ……俺もグロいのは苦手だ。一思いにやってやるよ……!」
そう言いながらも、
「笑えるのはこちらの方ですよ」
「あ?」
地面に突っ伏しながらも、例外属性“恵”の反動に体を冒されながらも、未だ目の死なないアジャイルも一緒になって小さく笑う。
「先輩であるあなたから学びたいことは大いにありました……結果、失敗例を学びましたよ。反面教師として」
「おいおい、状況分かってんのか? 俺が人殺しも出来ないビビリだとでも思ってんのか?]
「……まあ人間追い詰められればなんでもするものです。追い詰められた時にこそ理性は損なわれ、原始時代の本性を曝け出す。そして残るは修羅の道だけだ」
「ならお前らも本性を曝け出すがいい。これから死ぬ気分はどうだ?」
「ええまあ、怖いですよ……もし万が一の公害が発生したら、フィールさんの命まで危ないって考えると……だから」
這って、副リーダーの足元まで向かう。
最早死にかけ同然なのに、寧ろ今にも喰ってきそうな蛇の如き気配に、副リーダーの嘲笑がきっちり凍り付く。
「とりあえず私も本性曝け出して、あなたを道連れにするぐらいは……! 副リーダー、“使徒”って知ってます?」
「アジャイルてめっ……まさか」
使徒になれるのか?
これが、先程から笑みを崩さなかった理由とでもいうのか?
と頭の中で余計な思考を回しながら、“追い詰められた”アジャイルの狂気そのものといった営業スマイルを目の当たりにした副リーダーは、すぐさま“スタンガン”を起動してアジャイルに突きつけた。
同時。
アジャイルは、副リーダーのズボンを掴んだ。
「あっ」
電流。
人体を焼く閃光が、アジャイルと副リーダーへ、平等に迸った。
「ぎ……く……」
「ばばばばばば!!」
電撃で痺れ、硬直した副リーダーの右手から“スタンガン”が零れ落ちた。副リーダーが倒れたと同時、息も絶え絶えになっていたアジャイルが叫ぶ。
「ウォー、ターフ、ォール!」
電流を受けすぎて回らぬ舌で呼ぶが、そもそもその必要はなかった。
「ごはっ!!」
瞬時に立ち上がったウォーターフォールが、副リーダーの傍に落ちた“スタンガン”を拾い、かつ同時に全身全霊で副リーダーの背中を踏み潰す。
「俺も電撃受けたんだぞ……人使いが荒い!」
「仕事、ですから」
「割に合わねえんだよ、こんなの」
文句を吐き捨てながら、肺の空気を全て吐き出し悶絶する背中を踏んで制圧したまま、狼狽える技術責任者の男に“スタンガン”を向ける。
「てめぇも動くな、技術責任者さん。最深部に向かった魔術人形を戻すんだ」
「ね、ネコミミのくせに……蒼天党の、犯罪者のくせに!」
「ああ、俺の自慢の猫耳だ。三年前に抜けた身で大変恐縮だが……蒼天党舐めんじゃねえぞクソが」
大逆転にざわつく
「あんたも無茶をする……下手すりゃ死んでたぞ!?」
「大丈夫、結局死んでませんから……それにしても“スタンガン”、やはりまだ試作段階だ……良かったですねえ、副リーダー。そんなに殺傷力は無さそうですよ」
と、軽傷で済んだ副リーダーに言うも、一方アジャイルへ蓄積されたダメージは大きい。
アジャイルの霞む視界の中、副リーダーは頬を引きつらせていた。
「だました、な……アジャイル!」
「はは……使徒になんかなれる訳がないでしょう。大体私はユビキタスなんて“くたばれ”としか思ってないですし」
「く、そ……」
「それはそうと、副リーダー。あなた、借金があるんでしょう」
「何故それを……」
「配下の人間が何を抱えるかを知らず、何故マネジメントが出来るんです」
まあ、それがこんな挙句になった私が言えたことでも無いですが、と天を仰いで自虐も忘れない。
「……だからさっさと成功させて、報酬で借金を返済したい、ってとこですかねぇ」
「……ちくしょう」
「しかし……“枢機卿”に金借りてるはちょっとまずいかな」
「そこまで知ってやがったのか……!」
「奴ら、金にはうるさいですよ……清貧をモットーとする割には、自分達は例外とばかりに金貸ししてますから……で、私の母は火炙りされました。金返せなくて、異端審問というショーに引っ張り出されたんです」
「……」
「どろどろに肉が溶けて、炭になっても死ねない。痛みによるショック死が先か、煙による窒息死が先か……って感じで“事故死”の方が万倍、楽だと思いますけどね」
説得力が、充分にあった。副リーダーの鳥肌を立たせるくらいにはあった。
「……魔術人形が帰ってきたな」
ウォーターフォールが気付いたのは、その時だった。
深部の方から、技術責任者の帰還命令を聞いたらしき魔術人形の影がちらほら見え始めたのは。
「魔術人形に施した改造を解除しろ」
「ぐ……」
「それとも、この副リーダーと一緒に監獄の不味い飯を食べたいか? 俺らが裁判沙汰にすれば、魔術人形の違法改造や暴行罪エトセトラエトセトラで重罪だぜ?」
悔しそうな表情を見せながらも、技術責任者は動いた。
魔術人形へ向かい、アジャイルとウォーターフォールの指示を聞かないという違法改造を元に戻すべく。
「言っとくが、魔術人形“2.0”に俺らを攻撃させようとしても無駄だ。そうしたら俺は、副リーダーを盾にする。副リーダーの優先順位を上げてるってさっき言ってたよな? だったら魔術人形もおいそれとスキルを放てまい」
「分かって――」
そして。
“事故”は、起きた。
「んぼっ!?」
その結果、まず技術責任者の顔面に大きな風穴が開いた。
「何っ!?」
丁度頭部よりも僅かに小さい、触手。
一番前にいた魔術人形の掌が触手に変形して、伸びた。
そして顔面を貫通した技術責任者をぶら下げて、空間を蠢いていた。
「な、な、ななな……!?」
アジャイルもウォーターフォールも、あんな機能は知らない。
副リーダーさえも、完全に想定外と言わんばかりに口をあんぐりと開けている。
そこにいたのは、紛れもなく魔術人形“2.0”。
深部からどんどん集まってくるのは、魔術人形“2.0”。
の、筈だ。
「……人間の歴史に、正当にして正統なる進化を……」
「……人類に進歩を……」
「“
ただしその人工魔石は、採取した霊脈の魔力と同じように、黒へと濁っていた。
「私達の喜びびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびび」
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