第286話 重大事故、やらかすのはどの世界でも「人」
まだ“事故”が起きていない時間。
“霊脈の中心”たる洞穴の入口部分で雨宿りがてら、
運んできた幾つもの机の上に、洞穴を描く未完成の地図、深部にまで赴いた魔術人形達が持ち帰った魔石や鉱物、“魔力そのもの”等が所狭しに並べられている。
どれも、魔術人形“2.0”が深部から持ち帰ってきたものだ。
人間が入れば、高濃度故に毒と化した霊脈によって命を落とす深部。
しかし霊脈の発生要因や構成要素を丸裸にし、世界のインフラを支えるエネルギーへと変換するヒントは、その深部、果ては最深部にゴロゴロと転がっている。
ならば、魔術人形“2.0”にて調査を肩代わりしてもらう事こそ、最適だ。
仮に壊れてしまったとしても、人が殺されてしまう事と比べれば些細極まりない。
「時代は変わったな」
副リーダーが、正方形に区切られた水晶を見下ろしながら、余裕の笑みを浮かべていた。先程飲んだ酒が抜けていないせいで、挙動が軽い。
水晶には、対応した魔術人形“2.0”の人工魔石から見た洞穴の深部が投影されている。これもまた、変則的だが魔導器の一種であり、“開発局”の開発品だ。
”最新技術によって人工魔石と連動した”水晶。
今魔術人形が見ている世界を映すだけではない。
この水晶を通して、魔術人形を“操作”出来る。
人間がやりたいことは、大体魔術人形が代替してくれる。
楽だ。
「この洞穴も謂わば
なあ、と副リーダーが周りのメンバーに声を掛ける。雰囲気の作用からか、気の抜けた笑い声が、同じ水晶を見下ろすウォーターフォールの猫耳にチクチクと突き刺さる。
「私達の仕事はまだ、終わっていませんよ」
しかしその祝勝ムードにストップをかけたのは、得た視覚情報から洞穴の地図を完成させていたアジャイルだった。
「デリートの朱い槍が怖いのなら、少しは真剣に取り組んだらどうです」
「……リーダーさんよ。実際調査にまで漕ぎ着けたら、後は余裕だ。霊脈の根源を特定しちまえばいい。後は得た情報を基に、開発局の引き籠り達にエネルギー変換装置を取り付けてもらってよう」
「根源の特定にも、霊脈が本当に無害で、尚且つエネルギー化し得るのかは、この最終確認にかかってるのですよ」
最終確認。そう言ったアジャイルの言う通り、この調査は何も建前的な事前儀式ではない。ちゃんと意味があるからやっているのだ。
そもそも流石に、事前調査も無しにローカルホストまでやってくることは無い。
霊脈に関する過去の文献を読み取って、あるいはローカルホストを包み込んでいる霊脈を採取分析した結果、霊脈が人にとって殆ど無害な形で、エネルギー化出来ると仮説を立てた上で、
仮説を裏付ける実証の為に、現地で最終確認をするのだ。
だが確かに、この最終確認を“建前”として捉えるメンバーも多い。副リーダーもその一人だ。
「大丈夫ですって。事前調査の精度は非常に高い。万が一にも間違っている事はありませんって」
「その事前調査を信用して無理矢理エネルギー化した結果、人が住めなくなった公害がありましたよね。今朝もラック侯爵がクオリア君に話していましたが――あれと同じことを、私の目の前で引き起こす事は許しません」
有無を言わさぬ、乾いた微笑み。
押し黙らざるを得ない副リーダーに対し、少しよろめきながらもアジャイルは公害が起きた時の未来の話をする。
「私はラック侯爵に“公害”の問題はないと言い切っています。にも関わらず、もし公害が発生し、このローカルホストに人が住めなくなるようなことがあれば、それ即ち我々の信用にかかわります。
「……」
「さあ、仕事をしましょう。時は金なりですよ」
胡乱な眼を向ける副リーダーを無視して、リーダーとしてプロジェクトメンバー達全員を鼓舞するアジャイル。
だが直後、アジャイルの体が膝から崩れ落ちる。直ぐにウォーターフォールが寄り添い、肩を貸して立ち上がらせる。
「アジャイルさん、あんたやっぱ休んだ方が」
例外属性“恵”でフィールの命を救った反動が、未だアジャイルの中から消えていない。短い呼吸と、震える声を振り絞るので精一杯だ。
「休みますよ……この仕事が終わったら……またフィールさんに、お茶をお届けに参りましょうかねぇ」
何とか呼吸を落ち着け、自立できるまでになるとアジャイルは“解明班”の下に向かう。
アジャイル達がスーツを纏っているのに対し、解明班の魔術師達は丸まった背中に白衣を着用している。まるで医者の様な格好をする彼らは、今回の
彼らは戦闘が役割である騎士のような強力な魔術は使わない。
ただ分析解読を役割として、職人芸の如く緻密な魔力の操作を実施する事に長けている。
深部から採取された魔石、更には特殊な試験管やフラスコの中に密閉された魔力に対して様々な実験、あるいは試験的な干渉を行い、事前調査の情報と差異が無いかを一つ一つチェックしている。
ちなみに、とある元人工知能はこの手の調査を“ハッキング”と呼んでいる。
また、その元人工知能が一ヶ月前に王都にいなかったならば、古代魔石“ブラックホール”に魔力干渉をして止めていたのは、“解明班”だっただろう――到着する前に元人工知能の少年が解決してしまっていたが。
「アジャイルリーダー、ちょっと……」
丁度アジャイルが近づいたタイミングで、何か歪な物でも見つけたような青白い顔で”、試験管を片手に解明班”の一人がアジャイルを呼びつける。
試験管の中では、元は濃い緑色だった霊脈を構成する魔力が、次々に赤色青色黄色と追加されて行き、次々に濁っていく。
最後には真っ黒になったまま、動かなくなった。
「……確かに、この反応、事前調査した時とあまりに違い過ぎる……」
さらに別の実験結果が、事前調査で創り上げた仮説を根底から崩していく。
アジャイルはその結果を受け止め、疲弊しきった脳に鞭を打って思考を回す。
(事前調査に不手際があったとは思えない……しかしこうも想定外が続いているとなると……)
時間が停止した様に考え込むアジャイルに、白衣を着た解明班が恐る恐る見解を報告する。
「アジャイルリーダー。これ以上の性質の調査は、この短時間では難しいかと。機材も必要です」
霊脈のエネルギー化プロジェクトの座礁。
立ち込める暗雲を理解し、一瞬だけ悔しそうに目を瞑る。
生憎と、アジャイルはこの手の想定外は経験済みだ。
計画と実際が異なる場合の方が大きい。
そっと目を開けたと同時に、リーダーとしてアジャイルは判断を下す。
「分かりました。止むを得ませんね」
「おいおい、リーダー、まさか……」
副リーダーから落胆の声が上がるのも一旦差し置いて、アジャイルは場にいる全員に指示を出した。
「一旦、この霊脈の調査を、私の責任で中止にします」
「なんだと!?」
洞穴入口がざわついた。自らの役割をこなす事に必死な魔術人形を除いて。
狼狽える副リーダー達に、試験管やフラスコの中で蠢く“想定外”の魔力を示す。
「深部でこれです。最深部には、更に我々の想定外である状況が待ち受けているでしょう」
「……けど、そういう異常事態に対応する為に魔術人形がいるんだろう? だったら最初に数体派遣して、潰れるかどうかを確認すりゃいい」
「それで魔術人形が潰れる分にはまだいいです。失うのは金と時間だけですから。しかし命を失ったら取り返しは着かない」
「何言ってんだ」
「“最悪の事態”は、ローカルホストから人がいなくなる事です」
反論を止めない副リーダーに止めを刺すように、アジャイルが消耗していた眼球を真っすぐ副リーダーへ向ける。
「無理に調査を進め、霊脈の発生根源があるであろう最深部に何か悪影響を及ぼし、高濃度化、そして有毒化した霊脈が街にあふれる事ですよ。さっきも言ったでしょう。街全てが死ぬ、“公害”です……ここは一旦退いて、今採取したものから安全性を確認し、問題があれば対策の手を打つべきだ」
「その時間が無いんだろ!?」
「ええそうです。ローカルホストで呑気に分析している余裕もありません。皆さんご存じの通り、デリートがやってきたらどうなるか分かりません。あれに、一般人と騎士の区別がつく人とも思えませんし。だから我々は、このローカルホストを一旦離れます。プロジェクトはいったん中断です」
「まじかよ……」
しかし誰も、楽観的希望は持てなかった。
ランサム公爵やルート教皇が一日で帰ってくれるとは思わない。
デリートが破壊し尽くした結果、この洞穴諸共、霊脈がこの世から消えるかもしれない。
良くて数か月の足止め。
悪くて、根本から霊脈のエネルギー化が不可能となる。
しかしこの判断を、アジャイルは覆す事はしなかった。
「止むをえません。これが最適解です。株主には、私から説明するとして……まずは一旦、深層で集めきれるものを集めて、持ち帰りま――っ」
『ライトニング』
ぱちぱちぱち、と。
何かが迸る音。
それだけを前兆として、急にアジャイルの声が裏返った。
かと思えばアジャイルの体が一瞬のけぞり、そしてその場に崩れ落ちた。
「あ、ぐっ、が……!?」
「アジャイルさん!?」
ざらついた地面に仰向けになりながらも、辛うじて保った意識で下手人ある副リーダーを見る。
歯軋りをする副リーダーの手にあった皮むき器のような形状をした道具。
「これは……人工魔石“ライトニング”……!?」
その先端の牙の如き突起に加工された、人工魔石が光っている。
人工魔石“ライトニング”。
魔術では難しい例外属性“雷”のスキルが付与された、魔術人形の人工魔石としても使われているものの、極めて扱いが難しい魔石だ。
それを“
「……さては魔導器“スタンガン”ですか。どういう、事でしょうかねぇ……“スタンガン”なんて、私達の所には配布されてない筈なのに……」
「もー、もー……穏便に済むはずだったのに、何を日和ってんだゴラ……こっちは、こっちは今すぐに報酬が欲しいんだよ……じゃねーと……じゃねーと……」
ぱちぱちぱち、と。
“スタンガン”の先端と先端で白いジグザグを見せながら、牛の様に憤慨する副リーダーはアジャイルを見下ろしていた。
とてもビジネスには向かない、穏やかではない目付きだ。
「アジャイルさんよ、そんなに“事故”が怖いなら教えてやるよ。事故死なんて、現場じゃ日常茶飯事で気に病む必要性さえないってのをよおおお!」
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