第285話 人工知能、再度霊脈の中心に向かう。

「これより守衛騎士団“ハローワールド”はロベリア承認の下、霊脈の中心で発生している破壊活動を確認する。脅威を認識次第、これを無力化する」

「……」

「エス、応答を要請する」

「……」


 エスの頬がまん丸に膨らんでいた。

 風船のように膨らんで、りんご飴のようにちょっと赤くなっていた。

 部屋で、霊脈の中心における異常現象調査の概要を説明していたら、ただでさえあどけないのに更にあどけなくなっていた顔を認識し、クオリアは一瞬演算を停止せざるを得なかった。


「説明を要請する。あなたは何を食事しているのか」

「何も食事していません」

「説明を要請する。あなたの頬が膨らんでいるのは何故か」

「これは、お前に怒っている挙動です」

「頬を膨らませる行為は、人間が“怒っている”際に見られる挙動だ。それを前提に説明を要請する。あなたは何に“怒っている”のか」

「お前が“資源開発機構エヴァンジェリスト”魔術人形“2.0”の事を、私に報告していなかった事です」


 結構重要な事だった。

 確かにクオリアは魔術人形“2.0”が設計、量産されている事を伝えていなかった。

 更に“霊脈の中心”たる危険な洞穴の調査作業に、“2.0”駆り出されている事をエスに伝えていなかった。

 確かに、至急伝える必要は無かった。

 それでも、エスが魔術人形“2.0の新型”の事を知らないでいる状態は、何かが誤っていた――エス自身が、現在魔術人形“1.0の旧型”に格下げされていた事を、知らないでいるのは。


「しかしお前が、必要な情報を報告しない事には、理由があると推測します。理由は何ですか」


 エスの言う通り、クオリアは意図的に教えていなかった。

 あるいは、無意識的にとも呼ぶ。


「あなたの“心”にどのような不利益な影響を及ぼすかを演算した結果、早急に伝える事は見送っていた」

「私に、どのような影響が及ぶと推測していたのですか」

「この情報は、あなたを道具と同一視しており、誤っている。魔術人形には“心”がある。しかし、“心”が無い存在として扱われた場合、あなたの“心”に非常に大きな損傷を与える可能性もあった」

「私は問題ありません。お前や、アイナ達がいます。また一緒に“美味しい”物を食事すれば、“心”は回復します」

「ラーニングした。今後のあなたへの報告にフィードバックする」

「はい」

「また、あなたに出力する。“ごめ、んなさ、い”」

「いいえ、それはお前の“優しさ”です。だから、謝る必要性はありませんでした」

「理解した。ならば、謝罪を撤回する」

「いいえ、一度出した謝罪を撤回する事は誤っています」

「しかしあなたは、謝る必要性が無いと発言した。その為謝る事は誤っている」


 という傍から見れば眉を顰めるレベルに奇怪な会話へと変貌させながら、二人は廊下を歩いていた。


「アイナを認識」

「あっ、クオリア様、エスちゃん」


 猫耳のメイド少女と角で鉢合わせしたのは、丁度その時だった。

 尚クオリアの予測能力により、廊下の角で衝突するタイプのイベントは必ず回避される。


「さっき窓の向こうで物凄い爆発音みたいなのがありましたけど……もしかして、その現場に行くとか?」

「肯定」


 クオリア達が一応は騎士の身分であり、故に危険地帯に行くことは仕方ないと分かっていても、こういう時アイナは良い顔をしない。だが引き留める事はせず、何とか二人の帰宅を信じて送り届ける事に徹してくる。


 一方でクオリアも、アイナの歯を食いしばっているような顔をほぐすために、今から自分達が何をしに行くのかを説明する。

 『何もわからない』。その状態に人間が弱いという性質もまた、この一ヶ月でクオリアがラーニングした|地球では得られなかった学習内容である。


「“資源開発機構エヴァンジェリスト”? あのアジャイルさんが、ですか?」

「肯定」


 途中、向かう霊脈の中心に“資源開発機構エヴァンジェリスト”がいる可能性が高いと話したところで、アイナの猫耳が僅かにピクピクと揺れた。

 

「……私には、あのアジャイルという人はそのような破壊活動を実施する人には思えません」

「説明を要請する。それはどのような理由か」

「……丁度その時、エスちゃんは近くにいなかったのですが……子供達を孤児院に送り届けた時の事でした。孤児院の修道女さんから、こんな話を聞いたんです」


 修道女相手はアイナの過去が僅かでも蘇る故に、“こんな話を聞いた”時間も消耗していたのだろうとクオリアは推察しつつ、“こんな話”をラーニングする。


「どうやら……

「説明を要請する。“寄付”とはどのような意味か」

「要は、無償でお金を上げちゃうんです」

「状況分析……アジャイルの行動パターンと一致していない」


 クオリアの中の記憶ログを掘り起こす。

 彼のやっている事は株式会社の運営であり、株主の利益になる事以外は、やらないと言っていた筈なのに。

 余計な事にリソースを割く余裕はない、言っていたのに。


 まるで用もなくフィールを見に来ていたようなを、他にもしていたのはクオリアにとっても意外だった。


「それだけじゃなくて、虐待の噂が絶えない評判最悪の孤児院が、近頃次々に閉まっているようなんです。それもアジャイルさんが裏から手を回して、子供達を別の孤児院に移したうえで潰しているみたいで……」

「状況理解。ひとまず情報をインプットする」

「さらには本人は、『自分が持っててもお金なんて事業以外には使わないから』、って……『事業に必要なお金は、緊急事態分も含めて既に備えてあるから』、って、言っていたそうです」


 アジャイル。

 彼もまた、クオリアがこれまで見てきた中でも、初めて見るタイプの存在だ。

 利益になる事業と、利益にならない孤児院への干渉という、180度矛盾している事を両立している。


 人工知能の場合なら、複数の機能はあっても側面は一つだ。

 あらゆる資源を消費して、あらゆる手段を尽くして、たった一つの目的を叶える。


 しかし人間は、少ない機能にも関わらず、二つ以上の側面を持つことがある。

 金が一番と言い張る事業家でありながら、その金を寄付する面を持っていたり。

 胸を張る王女でありながら、夢を追う少女だったり。

 蒼天党の頭目でありながら、妹を想う兄だったり。

 子供を人質に取りながら、子供を殺したくないと願った獣人だったり。

 ……自らが滅ぼされると理解しながら、人工知能を創り出した地球の人類だったり。


「疑問。それも、心の性質なのか」

「クオリア様?」


 集中していた、一瞬周りが見えなくなっていたクオリアは直ぐに元の認識状態へと戻った。だがそれはそれで、もう一つ疑問が浮かんでいた。


「しかし、それをフィールは認識していないと判断する。もしフィールが認識している場合、アジャイルへの態度としては矛盾が生じる」


 もし知っているのなら、フィールがアジャイルを毛嫌いしている理由が掴めない。

 しかしアイナは、丁度孤児院の人間からその事も聞いたようで、


「でもフィールさんには内緒にしてるみたいです。孤児院の人も、口止めされていました」

「説明を要請する。それは何故か」

「どうやら、『こんな事でフィールさんの気を引きたくない』とかなんとか。もしかして、アジャイルさんってフィールさんの事気になってるんじゃ……ないでしょうか」


 アイナがたどたどしく、“女の子の話”を口にしていたが、まだクオリアは気付かない。恋沙汰関連は、まだ人工知能には話が難しい。

 だが隣で、エスはまた頬をぷくー、と膨らませていた。


「しかし、アジャイルは魔術人形“2.0”を使用しています。私は、アジャイルを評価できません」

「えっ? 魔術人形“2.0”?」


 アイナが目を丸くする。

 どうやら先程アジャイルに付き添った時には、魔術人形“2.0”の存在には気付かなかったようだ。


「はい。ケイはそれが許せなかった結果、“資源開発機構エヴァンジェリスト”を攻撃したのだと推測します」

「エス。まずは“霊脈の中心”の中心に至急行くことを要請する。アジャイルのラーニングは、その後実施するものとする」

「要請は、受諾、されました」


 少し不満げになりながらもエスが頷いた。

 アジャイルが一体何を考えているのかをラーニングする意味でも、エスのわだかまりを解くヒントとしても、何よりこの街を謎の破壊から守る為にも早急に飛んでいく必要がある。


 アイナが若干の不安を隠しながらも、それを踏み越えて両手をぎゅっと握りしめる。

 戦いに赴く二人を見送るのも、帰還を信じて待つのも、帰還の後に二人の心を見るのも、アイナの役割だ。


「クオリア様、エスちゃん、無理はしないで下さいね」

「肯定。自分クオリア達は死なない」

『Type WING』


 空飛ぶ鎧ドローンアーマーを5Dプリントから生成して、エスも空飛ぶ鎧ドローンアーマーから伸びた、お腹を一周するアームにて固定し、二人して窓から飛び出した。

 霊脈の中心に向かって。


「クオリア、破壊現象が近づいてきています」

「肯定。至急対応する必要がある。これより自分クオリアはあの破壊現象の座標まで移動する」


 一方、ラックが用意した、霊脈の中心にクオリアと共に向かう先遣隊が、連携もせず飛び出したクオリアに大声を掛けた。


「待て! 俺達を置いて行ってる!」

「今は非常に緊迫した緊急事態の為、後から追いつくことを要請する」


 空飛ぶ鎧ドローンアーマーと馬の速度は同等くらいと言えど、全く障害物の無い空の道を進んだ方が早く着くのは道理である。

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