第284話 人工知能、大丈夫、大丈夫。

「俺が“霊脈の中心”を調査する許可を出した……!? 待て、全くそんなことは身に覚えが無いぞ……!?」


 ラックの震えた声の通り、“資源開発機構エヴァンジェリスト”は無断で霊脈の中心たる風穴に入った。


 偽造された許可状を出された為に、霊脈の中心を警備していた人間も通してしまったようだ。雨男アノニマスの襲来や“焚槍ロンギヌス”の投擲の後処理、そして明日の会談の準備に追われ、警備が手薄だったタイミングを突かれた事もある。

 実際、“焚槍ロンギヌス”を見て警備の人間も戦々恐々としてしまっており、正常な判断が出来ていなかった。

 ラックがそんな言い訳を口にする警備を罰する暇もなく、強引な手段を取ったアジャイルに苛立つ暇もなく、先に“問題”が発生した。


 霊脈の中心から火の手が上がっていた。

 未だに連なる轟音で、鳥達が辺りの森から飛び立っていく。


「……デリートではないな。ランサムでもない。雨男アノニマスでもない」


 窓を開け、夜闇に同化する黒煙と巻き上がる焔を見る。

 霊脈の中心辺りから、途方もない魔力が嵐の様に吹き荒れている。

 降り始めた雨粒も、あの炎を鎮火するには至らない。


「魔術人形“2.0”の魔力と近似していると判断」

「……だとしたら、まさか“資源開発機構エヴァンジェリスト”が、こんな破壊コトを……!?」

「詳細な状況の把握には、更に接近する必要がある」


 半信半疑と言ったラックの疑問に答えるだけの情報が足りない。距離が遠すぎる。

 ラックも自身が乗り込んで確認しようと振り返った所で、一人の騎士が声を掛ける。


「しかしラック侯爵、ランサム公爵達が到着するのは、明朝です……今準備を始めなければ、時間が」

「……」


 もう陽が沈んで久しい。子供は微睡み始める時間だ。

 しかし今からでもランサム公爵やルート教皇が打ち出してくるだろう逆転の策全てに対応できていない。フルに時間を使ってもヤマを張る必要があるくらいだ。

 ランサムの出方を制限する為に会談の時間を相当早くさせたが、今日起きた想定外の事象のせいで、その時間制限のしっぺ返しをもろに喰らってしまった形となった。


「……だが、霊脈とて我がサーバー領の要だ……放っておくことは出来ん。何よりあのような破壊が街まで続いたとしたら、それこそ一大事だ」


 ランサム公爵の対応か。

 霊脈の中心で発生している謎の破壊現象の対応か。

 いずれにせよ、どちらかにラックはいなければならない。限りある指揮可能な団長たちをどちらかに割り振らなければならない。

 フィールの事で未だ疲弊していた初老の皺を、冷汗が満たす。


 しかし、コツ、コツ、と足音。

 その足音だけで、クオリアは真っ先に人物の名を言い当てる。


「ロベリアを認識」


 同時、騎士達よりも一回りも二回りも小柄な第二王女たる少女が入室する。


「ランサム公爵に対してどうするかは、私が引き継ぐ」

「ロベリア姫」


 騒めきの中心で、尖塔のように両手を額で合わせると、何かを呟いていた。

 丁度唇の動きも見えなくて、ロベリアが何を口にしていたのかは分からなかったけれど。しかし昼までロベリアに憑りついていた“何か”が消えている、そんな値を取得した。


「私の事は、あまり信じられないかもしれない。でも、私はこのサーバー領の事を、ラック侯爵の事を助けたいと思ったのは、本当だから」


 ラックは、先程までと違ってロベリアへ何かを問い詰める事をしなかった。

 雨男アノニマスとの関連性も含めて、その腹の中で何を考えているのか掘り出そうとした先程とは違い、最初からロベリアの言葉を信じ切っていた。

 だが、そんなロベリアの成長を嬉しがるように眉を細めつつ、ラックは一人の父親としての顔をの覗かせた。


「ロベリア姫。君の協力は本当にうれしい。しかしこのローカルホストの命運は、やはり私達ローカルホストの人間の手で解決しなければならない」

「そんな事言ってる場合じゃないって!」

「しかしロベリア姫。そもそも君は、ローカルホストとは何も関係ない筈だ。確かに俺と君は友人として気が合った。時に君は私の悩みに対して、自分事のように聞き入ってくれた。だが今度は君は、自身の命までこの“正統派”との戦いに投げ打とうとしている。雨男アノニマスと連携してまで……君は何故そこまでやろうとする?」


 意地になって参加しようとするロベリアに対し、苛立つ親のような顔つきではない。ただ導くように、ロベリア自身の心の内を吐露させるような、優しい傾聴の姿勢を見せていた。

 それを感じ取ったのか、ロベリアも一度は目を瞑る。


「乗りかかった船って奴。今更降りる訳にはいかない」

「降りればいい。君や、君の仲間の命を落とす様な事ではない」

「聞いて……正直、私は味方が欲しかった。とにかく、あの男と真っ向から対立出来る力が欲しかった」

「ロベリア。あなたの挙動に異常が――」


 葛藤と戦って、ロベリアが懺悔の様に重く口走るその様をクオリアは認め、休養させようと声を掛けたが、途端にロベリアに手で制された。

 “お姉ちゃん”の笑みを一瞬だけクオリアに見せて、そして続ける。


「ラック侯爵は、私が“晴天教会”の問題を解決する時に、いっぱい協力してくれたでしょ。私が晴天教会によって、どれだけ人々が虐げられているのかを理解できたのはラック侯爵のおかげだった。その虐げられていた人々を救うのに、協力してくれたのもラック侯爵のおかげだった。こんなに晴天教会の“正統派”を敵に回してまで、皆が笑顔でいる為に晴天教会そのものを変えようとしてくれたのもラック侯爵だった。私はラック侯爵を利用し続けてきた」


 告解室で浄罪をする信徒の様に、ロベリアは次々とかつて抱いていた闇を語っていく。しかしそこまで来て、刃のような目線をラックに向けた。


「でも、じゃあこのローカルホストが今や消えてなくなるかもしれない危機だからって、ここで離れたら私はラヴ親友に笑われる。私一人だけ逃げて、一人だけ美味しい思いをしようとした奴は、結局不味い思いをするのがお約束パターンだって」

「……」

「だから私は、ラック侯爵に、このローカルホストに恩返しして、“正統派”の理不尽な侵攻を阻止してすっきりしたい――っていう、我儘、意地」


 敢えて忖度なく、こんな“恩返し”も結局のところは自分の事しか考えていないという事を自分に言い聞かせる。やりたいようにやって、後悔しないように航海した自身への罰を待つように、ロベリアはラックの口が開くのを待った。


「ロベリア姫」


 そしてラックは。

 少しだけ強めに、口を開いた。


「……」

「君は大人を軽んじている。


 ラック公爵達を利用した事を指摘しているのではない。

 それをまるで悪い事の様に物語るロベリアに、娘への歯痒さを感じているような、フィールにいつも向けているような口ぶりで、静かな説教を始めた。

 ロベリアもどこか想定外と言った顔で、きょとんとして見上げる。


「頼りなさい。君はまだ若いし、子供とそんなに違わないだろう。俺だって若いころには、周りに相当迷惑をかけた。いいか。そうやって人は誰かに我儘言って、迷惑かけて、頼って生きていくものなんだよ。俺達老人でさえそうだ。それなら若者はその夢の為、もっと人を頼っていいし、利用していいんだ。ユビキタス様もケテルの福音書の8章4節でそう言っている」


 君

 そのは、ロベリアだけでなくクオリアにも、ここにいないスピリトにも、アイナにもエスにも向けられていたように、クオリアには感じられた。


「いいか。ユビキタス様だって、何も一人で大咀爵ヴォイトを倒した訳でも無ければ、一人で世界を救えた訳でもない。その道中で、いろんな人間が敵として、味方として複雑に関わっている」

「それは……確かにそうだけど」

「ユビキタス様はこう仰った。人間は一人じゃ笑えるようには出来てない――」

「――だから私は、世界中の人間を笑顔にしようと戦い続けた。ユビキタスはこう言った」


 ラックは晴天経典から見たユビキタスの話をした。

 ロベリアは伝記から見たユビキタスの話をした。

 頼って頼られて、誰も孤独にしなかったとある主人公の話。

 二人のユビキタス像が、実は誰かに頼って頼られっぱなしだった現人神であり、2000年前の世界を救った英雄が一致した所で、ラックは笑って続けた。


「……いつかは“正統派”とぶつかる事つもりでいたよ。何せ原典ロストワードの存在を嗅ぎまわってるし、晴天経典の解釈内容は“正統派”と正面衝突している。奴らにとって俺達は目の上のたん瘤だ。なあ?」


 部屋にいた老練の騎士達が、両肩を竦めながら何でもない事の様に笑った。ここにいるのは重臣ばかりで、最初からラックと共に覚悟は決まっていたらしい。


「君がいなくとも、どうせ戦ってたよ。君が生きた年月以上に、かつては“正統派”の信徒であり騎士として粉骨砕身戦ってきた身だからな、よく分かるんだ」

「……そう」

「君が私を頼った事は、何にもおかしくない。もしこの戦いから次世代の為に何か活かしたいのなら、学んでいくといい。そして身の危機が迫ったら、全力で逃げなさい。大丈夫、俺達が全力で援護するから」

「……」

「大丈夫、大丈夫」


 と。

 少しだけ涙目になるロベリアに、結局最後は優しく『大丈夫』を繰り返した。

 そのラックに、今度はクオリアが声を掛ける。


「ラック侯爵。あなたは正しい。あなたは誤っていない。しかし今の状況は、自分クオリアもあなたを“頼、る”必要があり、そしてあなたも、自分クオリアに“頼、る”必要があると認識している。“重ね合わせ”を使用できない人間は、二つの局面に同時に対抗することは出来ない」


 二つの局面。

 ランサム公爵への対抗策の検討。そして霊脈の中心の異常現象。

 それらを無視して、クオリア達が手をこまねいて見ている訳も無かった。


「霊脈の中心に行くつもりか」


 ラックも、短い付き合いながらそれを分かっていなければ出来ない質問を投げた。


「肯定」

「少しだけ待ってくれ。今から霊脈の中心に行く騎士を編成する」

「それは誤っている。それでは、間に合わない。ローカルホストへ損害が出る可能性が高い」

「君一人で行かせる訳にはいかない」

「守衛騎士団“ハローワールド”は一人ではない。エスというメンバーが存在する」

「……クオリア君。君も何故、そこまで危険を冒してまで戦おうとする」

「このローカルホストには、多くの心が、多くの“美味しい”がある。その為、このローカルホストから脅威を取り除く事も、守衛騎士団“ハローワールド”の役割に含まれる。自分クオリアがローカルホストの分類に属するかどうかは、この場合は問題ではない」


 王都に始めてきた時よりも、このローカルホストの人間からは活気と、明日への希望と、笑顔が含まれていた。多少は元気すぎてアジャイルに付き従って革命を起こそうと先導者イノベーターにならんとする若者もいたにはいたが、しかしクオリアはこの街を戦火に包みたくない位には、“美味しい”を取得していた。


「……分かった。だが不利と思ったら、迷わず逃げてくれ。それにこちらからも、直ぐに動ける騎士を何人かつける」

「肯定。“あり、がとう”」


 押し黙るラックに、クオリアは付け加える。


「“大丈、夫”、“大、丈夫”」

「……さっきの俺の言葉か」


 しかし、クオリアが動くには承認が必要だ。

 守衛騎士団“ハローワールド”の管理者は、ロベリアだ。


「ロベリア。自分クオリアあなたの承認を要求する。自分クオリアはこれよりエスと共に、“霊脈の中心”へ移動し、状況の分析、場合によっては脅威の無力化あるいは排除を実行する」


 別に拒否しても、何だかんだ理屈着けて行くくせに、とロベリアの唇が動いた。

 そしてロベリアは命令する。

 かつて、古代魔石“ブラックホール”から王都を守らせた時の様に。


「分かった。じゃ、クオリア君。じゃあ守衛騎士団“ハローワールド”としての仕事。このローカルホスト、救っちゃって」

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