第278話 人工知能、槍を吹き飛ばす
「……これは、まずいですね」
屋根の下、煙草を唇に加えていたアジャイルには、空から降ってきた朱い槍も、空を覆う結界の正体も分かっていた。アジャイルが特別な訳ではなく、“洗礼”を受けた人物ならば大体の人間が分かる。
「フィールさんは……この時間は孤児院の子供達と遊んでいる筈だから、下手すると周りに“洗礼”を受けた人間が誰もいない……となると」
ぶつぶつと演繹を呟く隣に、ウォーターフォールはいない。
“
一方で、“
だが、上空を不思議なドームが覆い、“
アジャイルは知っている。
この子供達を安心と母性で包み込んで、小話を聞かせる修道女の気配を。
その修道女の、“使徒”としての力を――デメリットを。
「杞憂ならいいですが……この状況でフィールさんの使徒化は……まずい……!」
豪雨で仕事用に新調したスーツが汚れるなんて気にも留めず、まだ滋養効果もある美味しい茶の準備も出来ていない事なんて忘れて、アジャイルは駆けだした。
“
遮二無二。
■ ■
クオリアには、今“
何かしらの魔力が、ローカルホストの上空全体を
それは“
一方で、勇敢に立ち向かう戦士を鼓舞する様に、内側から放たれる
恐らく“洗礼”を受けなければ認識出来ない類の魔力なのかもしれない、とクオリアは結論付けた。
わからないが、このローカルホスト全てをフォローする結界は、もしかしたら。
――もしかしたら難攻不落な城壁の防御なのかもしれない。
――もしかしたら温厚篤実な聖母の抱擁なのかもしれない。
――もしかしたら人類救済の方舟の船底なのかもしれない。
“
まだこの使徒たる奇跡の名前と、奇跡を唄った使徒の名をクオリアは知らない。
「状況分析。最適解、変更」
マグナムモードの数え歌もやめた。
代わりに最大火力のフォトンウェポンを一台、生成する。
『Type GUN LAUNCHER MODE』
5Dプリントが、空間全てを使って象る。
数メートルの長さと、両の腕ではとても覆いきれない円周の砲身。
更に固定用に地面深くまで生成されたアンカーと、補助用の足場とその連結部分。
クオリアの中で日々フィードバックされ、更に最適化されたフォトンウェポン最高威力の形態が今、完成した。
『DANGER……DANGER……The safety device has been released』
安全装置解除の警告音を響かせながらも、咆口にて
まだ装填完了していないのに、辺りの街が光に照らされる。
「これよりランチャーモードにて“
ギギギギギギギギギギギィ、と呻き声を上げ、決壊しそうな
狐面に包まれた顔で、未だ“
「この砲台の威力は十分知ってるが、てめぇの最適解とやらを信じてやる義理もないんでな。キルプロの時と同じだ。発射の時までは俺が足止めする」
今度は張り合って長引かせることはしねえよ、と付け加える。
だがクオリアはそんな事を気にしていない。
「あなたは誤っている。あの“
「俺にあるのは“虹の麓”を叶えて死ぬか、あるいは野垂れ死ぬか、だ」
瀕死のマリーゴールドが震えながら唇を動かすが、一切の声が雨に掻き消される。
クオリアとの戦闘を引き起こした要因であるケイも、未だ動けるシックスも、個体差はあれその表情が歪む。
一方
「この街は、“虹の麓”の中心とする……その前にあんな槍落とされちゃ、霊脈が無事とも限らねえし――スキル深層出力“
空気の渦が、
一人と、一つだけの世界。
それ以外の面子を弾く様な強烈な竜巻の中で、龍の翼を伸ばす。
……先程のクオリアとの戦闘では、そういえば出力されなかった翼だ。
「ああ……この結界を張ってるのは“使徒”だが……明らかに命削ってやがる。いつ死んでもおかしくないぜ」
とだけ言って。
ふわり、と
上へ、真上へ、雨空へ、垂直に飛翔。
鷲よりも、鷹よりも、ガルーダよりも、
充分な助走を経た龍の右脚と、槍が衝突した。
「……ぎ、ガガ、ガ……」
果てしない衝撃と、太陽の中にいるような灼熱を一人の体で受けながらも、僅かに“
「古代魔石の力と拮抗かよ……くそ……デリート、やはりコイツが一番の障害……」
全身を砕かれながらも、“焚”の焔に焼かれながらも。
それでも、自身の意識を
「……野垂れ死ぬならせめて、デリートも含めて……ラヴの
そして。
「チャージ完了。
もう一つの長槍と、それを補佐する248の針が、天へ投擲された。
太陽を衒う瞬きを帯びて、“
一つの光線が、大地と雨空を繋ぐ。
光線が千切れた後には、朱い槍すらも残っていなかった。
ただ掻き分けられた雲の狭間から、束の間の日差しが差し込むだけだった。
「エネミー、ダウン」
■ ■
「あれは……クオリア様が、やってくれた……?」
光の柱は、アイナからも見えた。
結果“
しかし、その直前に“
それを生み出したのがフィールである事くらいは、アイナにも想像がついた。
「やった……やりましたよ、フィールさん」
ふと、蟠りを一瞬忘れて声を掛ける事が出来た。
それに気づいた、その時だった。
「……」
フィールは、直立不動で空を見上げていた。
背中から、優しい翼を伸ばしたまま。
アイナの声にも反応せず、群がる子供達の頭も撫でず、乾いた眼で、陽が差し始めた空を見ていた。
しかし自分達の所にはいまだ降り続ける豪雨の中。
眼から鼻から耳から口から溢れた血液が、雨水に濁って薄れていく。
「えっ」
その場にいた全員が凍り付いたと同時。
白い羽根を舞わせながら、翼が消えて。
そしてばしゃりと、崩れた。
「フィール、お姉ちゃん……」
「お姉ちゃん!!」
「フィールさん!?」
痙攣。
滲む、大量の血。
奇跡の代償に、フィールの命が消えようとしている事は、子供でも分かった。
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