第275話 魔術人形、とうとう。

 “禁字島ニライカナイ”が収縮しない。

 それどころか、逆に広がっている。


「……ぐっ!」


 ケイの人工魔石に、反応が跳ね返ってくる。

 秒ごとに何発ものボディーブローが食い込んでくる感じだ。シックスやマリーゴールドも明らかに同じ感触リバウンドを得て、苦しんでいる。


 ピラミッドを収縮せんとする力に、何かが抗っている。

 だが物理的に押し返す等、不可能もいい所だ。押そうと着いた掌から順番に“禁字島ニライカナイ”の餌食になる筈だ。


 当然、中にいるクオリアが起因している。

 クオリアの最適解が、的中している証拠なのだ。


「クオ……リア……これ、お前の為に、対策した、奴やの、に……!」


 クオリアとエスの最適解は、至極単純。

 “禁字島ニライカナイ”の収縮を、荷電粒子ビーム


「続けて荷電粒子ビームを斉射する」


 極限まで凝縮された高密度の荷電粒子ビームが、亜光速で“禁字島ニライカナイ”に叩きつける。その度に“禁字島ニライカナイ”は振動し、果てしなき衝撃を受け止めている。

 最終的には荷電粒子ビームは消失したものの、僅かに“禁字島ニライカナイ”の面が押し返された形になっている。

 しかも同一箇所に間髪入れずに、マグナムモードの超強力な荷電粒子ビームを穿たれている。

 そもそも“禁字島ニライカナイ”を構成する面が軋み、悲鳴を上げている。


 ――先程エスを助ける時、クオリアは認識していた。

 最初に試験的に放った荷電粒子ビーム。あれが“禁字島ニライカナイ”の面と、互いに削り合っていたのである。

 直ぐに損傷個所は補填されていたが、荷電粒子ビームが有効である事さえ分かれば、後は最適解に辿り着くまで容易い。


 “禁字島ニライカナイ”に対し肌で感知できる魔力だけでも、相当ケイ達は人工魔石の魔力をフル稼働している事が分かる。当然、“禁字島ニライカナイ”にダメージが入れば、ケイ達の魔力を使って修復せざるを得なくなる。

 また範囲を収縮は出来るが、どこまで拡大することは出来ないとクオリアは予測していた。だからこそ、連射可能な範囲における最大出力マグナムモードの連射で正面突破するのが最適解だ。


 とはいえ、クオリアの二本の腕だけでは、同時に二発までしか放てない。これではジリ貧だ。

 長期戦になるならば、コネクトデバイスによる遠隔誘導で操作する訳にはいかない。脳への負担は、出来る限り避ける様に医者から言われている。


 しかし今、クオリアの隣には。

 千手観音の如く、無限に手を作れる仲間がいる。


 結果。

 何十発ものマグナムモードの荷電粒子ビームが、四方八方へイルミネーションを展開していた。

 

「フォトンウェポンの照準制御が困難です。大地讃頌ドメインツリーによる操作は、荷電粒子ビームを放つことを想定していません」

「照準を一度定めたら、そこで枝を固定化する事を推奨する。その際、トリガーを引く箇所のみ、流動的に動かす事は可能か。可能な場合、誤差は最低限に抑えられると推測」

「分かりました。試してみます」


 エスの背後に聳え立つ、大地讃頌ドメインツリーの大樹から伸びる無数の枝。

 その先端の一本一本が、フォトンウェポンのトリガーを括りつけた砲台だ。


 全て“禁字島ニライカナイ”の面に向けて固定され、僅かにトリガー付近の表面が揺れ動く。カチ、とトリガーが引かれる音の直後、プラズマという“科学”も組み込まれた荷電粒子ビームが、彼方にある壁へ叩き込まれていく。


「ケイ、このままだと、維持が出来ません、マリーゴールドの魔力も……」

「……堪えるんや、まだや、もっと魔力の供給を増やして、抑え込んで……!」


 荷電粒子ビームの炸裂。

 またピラミッドが僅かに後退した。

 その度、“禁字島ニライカナイ”が押し返され、歪を増やしていく。

 ケイ達の魔力消費を余儀なくされる。


 しかも荷電粒子ビームは一方的に増えていく。


『Type GUN MAGNUM MODE』

『Type GUN MAGNUM MODE』

『Type GUN MAGNUM MODE』


 生成されたフォトンウェポンのトリガーを、更に枝分かれした大地讃頌ドメインツリーが絡め取る。


Existence存在 Auth認証 Success成功!   Hello,ES!!』

Existence存在 Auth認証 Success成功!   Hello,ES!!』

Existence存在 Auth認証 Success成功!   Hello,ES!!』


 そうしてエスの存在認証を成功させ、稼働しているフォトンウェポンは現在――135台にまで登る。

 加えて、クオリアが両手に握っているロングバレルでプラス2台。

 計、137もの銃口から、一切故障もエラーも無く荷電粒子ビームの暴力が展開され続ける。


「……予測修正、無し」


 そして。

 “禁字島ニライカナイ”は、遂に荷電粒子ビームに壁を吹き飛ばされ、消滅した。


           ■             ■


「あかん……!」


 “禁字島ニライカナイ”を構成するだけの魔力を提供出来なかった。

 故に形を維持できず、“禁字島ニライカナイ”は完全に崩壊した。


 ケイもシックスも、しかしまだ完全な魔力切れではなかった。

 しかし一人だけ。

 雨水に塗れて倒れていたマリーゴールドが、人工魔石に異常を来たしていた。

 とっくに、“禁字島ニライカナイ”へ回す魔力が残されていなかったのだ。


「マリーゴールド!」

「……憎いわ……この“”の……疑似肉体カラダ……」


 まだ発音機能は残されているが、完全に危険域にまでマリーゴールドの魔力は擦り切れていた。

 

 “害虫時計デバッカー”で魔力を危険域まで吸われた時と、同じ症状が華奢なマリーゴールドの疑似肉体を襲っていた。

 立てない程の疲弊。短く連続する呼吸と喘ぎ声。

 このまま放っていたら、最悪完全に機能が停止する。

 人間風に言えば、“死ぬ”。


「マリーゴールド……」

「変な顔、じゃな……儂にいつも……悪態ついとる……お主らしく、ないぞ……」


 ケイの顔が、青ざめていく。

 先程までクオリアに啖呵切って、憤怒に満ちていた魔術人形らしからぬ雰囲気が、剥がれて失せていく“禁字島ニライカナイ”と比例して、ケイの背後から成仏していく。

 

「儂もケイの言う事、正直分かってしもうたから……お主の馬鹿を事前に止められなかった……責任があるからの……へっ、これでは、雨男アノニマス様からも絶縁されるというものじゃ……そんなのは見たくないからの……」


 息も絶え絶えに、しかしケイの頬を撫でる様な言葉をかけた丁度その時だった。

 クオリアとエスが、充分近くまで来たのは。


「予測修正、なし」

「……ここまでか、って奴やな」


 倒れたマリーゴールドだけではない。

 ケイもシックスも、もう逃げるだけの余力位しか残っていない。スキルを放つ魔力は、もう一発分も残されていない。

 クオリアとエスに対抗できる手段は、もう三人の魔術人形には何も残っていない。


「あなた達を、ラック侯爵邸まで連れていく。魔力が回復した時の事を考慮し、自分クオリアが監視につく」

「……クオリア、よいのか? 私達を、無力化とやら、しなくて……」

「十分に無力化されている。マリーゴールド、特にあなたは、予測を超えて消耗している」

「……お主も知らん事じゃろうが、ちと儂は特殊でな……しかも悪い方向に」


 エスが前に出てきて、倒れて今にも壊れそうなマリーゴールドの全身を一瞥する。


「マリーゴールド。やはりお前は、“不具合”が治っていなかったのですね」

「……雨男アノニマス様は最善を尽くしてくれたが、こればかりは、どうにもな……お陰様で、魔力も早く尽きるから困りものじゃ……」

「エス、説明を要請する。マリーゴールドの“不具合”とは――」


 途端、クオリアに近づく影があった。

 マリーゴールドから盗んだナイフを握って、マリーゴールドとクオリア達の間にケイが割って入る。

 ナイフの刃をクオリアに向け、シックスに指示を出す。


「シックス、マリーゴールドを連れて逃げるんや」

「ケイ、待つのじゃ……三人で逃げるのじゃ……それか、儂を、置いていけ……」

「魔力ゼロの魔術人形を置いても、足止めにもならへんやろ。ワイが、スクラップには適任や」


 ケイがもう一度前に目を向けると、大地讃頌ドメインツリーが大地から顔を出していた。


「ケイ。戦闘の停止を要請します。もう一度、チョコバナナを食べて、あなたと会話がしたいです」

「チョコバナナなんて、不味かったわ」

「ケイ。お前は誤っています」

「かもな。それでも」


 それでも、ケイは退かない。

 魔術人形が道具として扱われない世界の為に、自分以上に誤っている世界を正すために、もうそのチョコバナナを食べる訳にはいかない。

 だから不味いと、言い聞かせた。


「それでも」


 ――雨と一緒に、雨男アノニマスが落ちてきた。


「最適解、変更」


 いち早く察知したクオリアは、エスを抱きかかえて後ろへぶ。

 一方水飛沫を上げることなく、波紋一つのみしか立てずに雨男アノニマスは着地したのだった。


 勿論、ケイの前に。


雨男アノニマス様、あんた何故……!」

「仲間だろ」


 それだけ言って、未だ傷塗れの体で構え、クオリアに冷たく言い放つ。


「やるか。第三ラウンド」






 ただし。

 もうここで、“第三ラウンド”が行われる事は、無かった。



 淡々とした声が、この瞬間だけは妙な抑揚が着いていた。

 焦燥が、見上げるクオリアの声に乗っていた。


「あれは……」


 クオリアだけじゃない。

 雨男アノニマスも、他の魔術人形も、今置かれている状況すら忘れて、空の彼方を見つめていた。


 朱く燃え上がる、巨大な槍がこちらへ飛んできていた。

 果てしなく遠い。だが早い。三十秒もしない内に、このローカルホストに炸裂するだろう。

 それだけの距離にも拘らず、ひしひしと肌に伝わるエネルギー。

 クオリアの口から、あの朱い槍が齎す影響について、演算結果がぽろりと零れた。



50km



 それは、古代魔石“ブラックホール”の起動時の影響範囲、影響度とほぼ同じだった。


「“焚槍ロンギヌス”」


 後ろで雨男アノニマスが忌々しそうに、朱き槍の名を口にした。







          ■            ■


 デリート。

 正式には、デリート・ルーデル=テルステル。

 ランサム公爵の長男。


 

『最強の騎士は誰か?』


 という問いがあったとする。

 15年前の戦争を知っている人物なら、間違いなくこう答えるだろう。


『デリート』

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