第274話 魔術人形、答える。

「クオリア」


 ケイが、話かけようとする他二人を制止する。

 知っている。雨天決行レギオンの魔術人形が、どれだけクオリアに大恩を抱いているか、感情が芽生え始めて一層その恩に縛られているかを知っている。

 マリーゴールドも、エスを相手取った時以上に動揺している。

 シックスに至っては顔には出さないようにしている一方で、魔力の制御が不安定になり“トリニティ”が崩れかけた。


「……ワイは、確かお前に魔石へ干渉された際、こう言った筈なんや。『与えられた指示内容に異常が発生。再度指示を与えてください。主人マスタ』」

「肯定。30日前に、あなたへ“ハッキング”した際に、その発言を認識している」


 だが、ある意味ケイの方がクオリアは縁がある。因縁がある。

 一ヶ月前、ディードスの指示で獣人を追ってきた日の事。

 


「その後、お前からはこう言われたな。『否定する。それは、あなたが最適解を算出する問いだ』、ってな」

「肯定。その後あなたは、行動を停止した」


 一言一句だけでなく、一挙一動までクオリアはケイの事を憶えている。

 元人工知能としての、正確な映像記能力だ。


「しかし、あの時点でラーニングした情報は、既に正確ではないと認識している。あなたの挙動や、あなたが実行したとされる大洪水現象から、改めて再ラーニングを実行する必要があると認識する」

「……まあ、色々紆余曲折はあったわ。ただな、お前の耳をかっぽじって入力したい事は一つだけや」


 ケイは両手を広げて、一ヶ月前にクオリアから跳ね返された問いに、解答する。


「ワイらのようなが生み出されない世界を創る、。だから、“虹の麓”を完成させる……!」


 鮮烈に打ち付ける雨天の中、ケイの声は少し離れたクオリアの耳にも入った。

 ディードスに飼われていた頃ならば、ただ単に台本を読む様に、雨に掻き消されるくらいの声量で呟いていただけだったろう。

 大きい声。しかし若干の迷いもある所が、ただの商品だった頃と大いに差がある。


 実際、矛盾点を突く事も出来ない。

 スイッチにて“虹の麓”の影響下に入った騎士は、エスに対しても“笑顔”にせんと献身の姿勢を取ってきたという。“虹の麓”の中では、人間も獣人も、魔術人形も関係ないのだろう。

 “虹の麓”こそが、魔術人形に依存しない世界を創るのだろう。

 新しい魔術人形は設計も量産もされない。

 既に生まれてしまった魔術人形は、人の笑顔の中で生きていける。

 

 クオリアも大きな声で返さざるを得ない。

 再び否定の文字を、誠心誠意を込めて返さなくてはならない。


「否定する。あなたの最適解は、誤っている」

「……」


 ケイは、ただ諦める様に目を瞑った。


「あなた達と、即ち雨天決行レギオンと、別の最適解を共に演算したい」

「ないで。別の最適解なんて」

「現在は無い。しかし、新規作成する」

自分クオリア、認めてくれへんか。そんなものはない」

「否定する」

「じゃないとワイは、ワイらを救ってくれたお前まで、他の人間達と同じに見ないといけなくなる。それは、したくないんやがのぉ」

「もし応じない場合、自分クオリアはあなたを無力化する必要がある。“虹の麓”は、あらゆる“美味しい”を消失させる」


 ぱっと光って、低く破裂して鳴った。

 屈折した雷線が、全員の網膜に深く焼き付く。


「なら、その“美味しい”とやらを消してでも、ワイらは前に進まないかんな」

「あなたは、誤っている」

「こんな道具に心を宿らせた、世界が間違ってんねん!」


 叫ぶ。

 数秒前の雷鳴よりも、芯に迸る怒鳴り声だった。


「心なんて、いらへんかったんや!!」


 三人の魔石が、煌めく。

 稲光すら霞むくらいの、強烈な閃光を解き放つ。

 “トリニティ”。

 だがマリーゴールドやシックスは迷った挙動のまま、まるでケイの意志に引きずられている様に、魔石の制御が出来ないでいる様だ。


「ケイ、これ以上の発動は――第一、クオリアは――」

「シックス。お前は雨男アノニマス様への恩に報いんでええんか!? マリーゴールド、お前の雨男アノニマス様への想い、そんなもんか!?」


 シックスの諌言にも耳を貸さず、一層輝きを強めるケイ。


「ケイの魔力上昇を確認」

 

 怒りによって、ケイの魔力が更に引き上げられている。それに共鳴して、マリーゴールドやシックスの魔石まで無理矢理共鳴させられている様に見える。


「覚悟、きめーや。ワイらも、クオリア、お前らも――魔石集合“トリニティ”スキル深層出力、“禁字島ニライカナイ”!!」

「ぐ、あああああ……ケイ……!!」


 マリーゴールドの苦悶の表情を置いてきぼりにして、再び三人の魔石から極細の閃光が駆け抜ける。

 先端の筆先が、正三角形を四面生成する。

 ピラミッドが、“禁字島ニライカナイ”がクオリアとエスを閉じ込める。


「状況分析。変則的な“プラズマ”によって、本領域は構成されていると認識」


 一方のクオリアは、三人の魔術人形が編み出した奇跡の角錐を見上げ、順番に紐解いていた。


「“プラズマ”とは何ですか」

荷電粒子ビームの構成要素にも入っている、気体液体個体に続く第四の状態だ。状況の優先度から、説明は省略する」

「はい。スピリトの様に、“うーん、ブクブク”になっている場合ではないと、私も判断します」

「ただし、自分クオリアが認識するプラズマとは異なる部分があると認識。それが荷電粒子ビームに匹敵する融解能力に繋がっている可能性がある」


 と、エスへの説明は一部省略したが、タネはマリーゴールドの人工魔石“ライトニング”だろう。

 彼女が放電や、肉体活性に用いている雷も、元をたどればプラズマだ。

 ただし、雷を司る魔石単体で、この“禁字島ニライカナイ”を構成する荷電粒子ビームに近似した特殊なプラズマを構成できるとは思い難い。

 シックスの“マグマ”や、ケイの“オーシャン”が魔術書にも載っていない魔力的作用を働かせた可能性があるが、今はそこまでハッキングして分析するだけの時間はない。


「余裕やな……抜け出せるもんなら抜け出してみい!! さっきの銀色で逃げ出すんなら、何度でも閉じ込めるだけや!!」

「エラー。“余裕”は登録されていない。事態を打開する最適解の演算に、全パフォーマンスを注いでいる」

「……さっきの“銀の弾丸”でワイらを狙う気か?」


 それも解の一つだろう。“禁字島ニライカナイ”と共に、銀の弾丸METAL MODEで人工魔石を撃ち抜けば、それで終了だ。

 鼻で笑うケイも、覚悟の上の様だ。彼からは生命活動の停止を恐れる値が出力されない。魔術人形から解放され、感情表現も豊かになった様に見えるが、自らの停止への恐怖はまだ学習していないようだ。


「クオリア、それを最適解にすることは、否定します」


 エスが、クオリアの服を引っ張った。

 そこまで強くない。でも、どんな悪天候でもこの掌を引き剥がすことは出来ない。

 これも、魔術人形の仕様から離れた行動である。

 即ち、クオリアが問うてきた概念が関連する。


「要請は受諾した。理解を要請する。エス、自分クオリアはそれを最適解としない」


 クオリアは絶対に、しかもエスの前でそんな安直な死路は選ばない。


「エス。既に最適解は算出している。禁字島ニライカナイ

「要請は受諾されました。私は、ケイを止めて、もう一度チョコバナナを一緒に食べたいです」

「あなたの要求は理解した」


 そして5Dプリントは、優しく光る。


「エス。やはり魔術人形には、“心”がある」

「……クオリア。“ありがとう、ございます”」

「“どう、いたし、まして”」


 十二個。

 同時に、生成された。


『Type GUN MAGNUM MODE』

『Type GUN MAGNUM MODE』

『Type GUN MAGNUM MODE』

『Type GUN MAGNUM MODE』

『Type GUN MAGNUM MODE』

『Type GUN MAGNUM MODE』

『Type GUN MAGNUM MODE』

『Type GUN MAGNUM MODE』

『Type GUN MAGNUM MODE』

『Type GUN MAGNUM MODE』

『Type GUN MAGNUM MODE』

『Type GUN MAGNUM MODE』


 消滅が確約されたピラミッドの中、魔術人形達の心が織りなした奇跡の中、クオリアは最適解に従い、ロングバレルのフォトンウェポンを象った。

 精製完了と同時、エスの魔石から緑光の小川が迸る。

 霊脈の踊りに、よく似ていた。


「魔石“ガイア”スキル深層出力、“大地讃頌ドメインツリー”を発動します」


 地面から湧き出た宝珠。

 その枝が、浮かび上がっていたフォトンウェポンのトリガーを掴むのだった。


Existence存在 Auth認証 Success成功!   Hello,ES!!』


 なおそのフォトンウェポンはどれも、“大地讃頌ドメインツリー”の枝に合わせて伸縮自在に変形できるように調整されている。

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