第271話 魔術人形、問う⑥

 相次ぐ破裂音。建物の崩落音。

 通りの人間や獣人は即座に人智を超えた戦闘を目の当たりにし、雨に濡れる事も構わずに逃げた。


「ひ、ひいいいいいい!?」

「魔術人形同士の喧嘩だ!!」


 四方八方に飛び散る、破壊砲弾としては十分すぎる圧力の水球。それが建物に着弾し、ガラガラと土砂崩れの様に形を失っていく。

 一方、無関係の通行人を突如隆起した地面の壁が守る。

 人の頭蓋骨なら間違いなく破裂するだろう水球の砲弾が炸裂しても、その後ろ側にいるエスや一般人には水飛沫さえ掛からない――雨は打ち付けているが。


「逃げる事を要求します」

「す、すまねえ……!」


 詫びながら去り行く青年が最後だ。

 辺りに人がいなくなったことを確認すると、雨を浴びるように澱んだ空を見上げるケイに視線を向けた。


「お前は誤っています。お前は無関係の人間の生命を停止させようとしています」

「ずーっと計算してた。王都を攻めた時の蒼天党の獣人って、いったいどんな気持ちで人間を襲ってたんやろかって……獣人も人間からよう道具扱いされてるって聞くしな」


 稲光。

 十数秒遅れて、遠雷の音。

 それが“蒼天党の獣人”の気持ちについて、考察していた時間だったのだろうか、まるで簡単な計算式の答えに辿り着いたように鼻で笑って見せた。


「人間と獣人両方から道具扱いされるワイらからしたら、大したことな――」


 ケイの足元から、円錐が飛び出した。

 咄嗟に水球を放ってへし折るも、間近だった為に破裂の衝撃でケイが後ろに引きずられる。

 

「お前が蒼天党の獣人と同じ役割を持つというのなら、私はお前を殺害する事で、無力化します。“虹の麓”を強制実施する場合も、同様です」

「……変わらないな。エス。お前は、“その喋り方のままで居られたんやから”」


 キッ、と雨水を貫く視線を向けると、今度は極細の線をスキルによる海水で描いた。ウォーターカッター。水の剣。それが三日月の軌道を描いて、エスに襲い掛かる。

 しかしエスはただ目前に地面から壁を召喚するだけだった。しかも山なりの、ウォーターカッターを受け流す形状の表面をしている。普通ならば鋼鉄をも両断する筈なのに、土の塊でエスは防御を仕切って見せた。


「魔石“ガイア”によるスキル深層出力、大地讃頌ドメインツリーを発動します」


 泥濘の大地に、亀裂が走った。

 大樹の幹が蠢きながら天へと押し上げられていく。

 縦横無尽に暴れ狂う枝が、その大樹から無数に生えてきた。


 大地讃頌ドメインツリー

 ここから追加のスキル深層出力“桜咲クハニーポット”との組み合わせで、少なくとも雨天決行レギオンの魔術人形を全員、即無力化できてしまう途方もない宝樹。

 例外としてシックスならば“マグマ”の人工魔石を持つが故、天敵として対応できるかもしれない。だがそれでも一度この枝に締め付けられれば終わりだ。


「エス。お前はやっぱり、同じ工場出身のワイよりも全然優れとる。魔術人形“2.0”でも、お前の右に出る奴は恐らくおらん」


 

 この大地讃頌ドメインツリーに、天敵として対抗できる策がある。

 そのが、今ケイの手元には全て揃っている。


「でもな、それでもお前も、魔術人形なんや。魔術人形は、人間にも、獣人にもなれん。この世界は、まだ第三の存在魔術人形を受け止める準備が整ってなかったんや。ほんの僅かしか、ワイらの居場所はないし、それも安定していない」

「お前を、無力化します」


 大地讃頌ドメインツリーの枝が、何十本も迫ってくる。

 一本でも届いたら、ケイに勝ち目も、未来も無い。


「ワイはその準備をしたいだけなのに……お前が、エスがそれを邪魔するなら――」


 視界すら不明瞭になってきた豪雨の中。

 ケイの胸元だけが、特段蒼く光っていた。



「魔石“オーシャン”によるスキル深層出力――“滄海一粟シーラングレッジ”!!」



 ぴゅん。と。

 放たれたのは、ウォーターカッターだった。

 ただし、ケイの手元から出ない。


 辺りの水溜まりから、大地讃頌ドメインツリーを断つウォーターカッターが何本も飛び出していた。


 結論。

 ケイの下に向かった枝や幹は、全てバラバラにされた。


「想定外の事象を認識しました」

「運って奴が悪かったな、エス。


 同工場出身なのに、このケイのスキルは知らない。

 ウォーターカッターにも、水の砲弾にも加工できる水は、自らの魔力で生成したものに限られる――筈なのに、今のウォーターカッターは明らかに


「ええんか? ワイばっかり見とって」


 大地讃頌ドメインツリーの制御から手を離し、エスの周りに何重もの地面の壁が隆起する。

 直後。

 その壁を次々と粉々に砕く強烈な水圧が、四方八方から押し寄せた。


 砲弾。

 ウォーターカッター。

 あらゆる凶悪な手数が、エスの防御壁を砕いて削っていく。 

 

 エスも負けじと防御壁を展開しながら、その隙間からケイのシルエットを視認する。

 その中心で瞬く、“オーシャン”の人工魔石も。

 辺りの水溜まりが、意志を持ったかのように何度も強烈な水圧でもって防御壁を破壊しようとする様も。


「よかったなぁ。川の近くやなくて。本来この深層出力、川や海のすぐ近くでしか使えん代物なんや……


 エスも大地讃頌ドメインツリーや地殻変動による地面からの攻撃でケイを狙うも、予め備えてあったかのような無数の水溜まりから途方もない迎撃を受ける。

 超高圧力で固められた、水流の竜巻。

 樹僕も、大地も、全てがへし折られる。


「理解しました。スキル深層出力“滄海一粟シーラングレッジ”は、自然発生したものであろうと、

正解や。この深層出力のは、ワイにも扱いきれてへん。今ワイが操れるのは雨水か泥水や」


 全て、この記録的豪雨が齎した恵みだ。

 みるみるうちに水溜まりの嵩が上がっていく。エスの足元は、ケイのスキルを察知したエスが地形をうまく弄った事で、水溜りが出来ない様になっているが――それ以外の領域は、全てケイが自由自在にその雨水を書き換える事が出来る。


 今、剥き出しになっている地面が無い。

 全て、雨水に覆われている。

 何もかも、ケイの所有物だ。


 天候が。

 大雨が。

 全てケイの味方をして、エスという戦力を上回り始めた。


「この“滄海一粟シーラングレッジ”が行き着く先は、一定範囲の液体すべての圧力、挙動を操作可能にすることなんやが……どうや。雨水だけしか扱えんくても、充分やろ」


 体を掠める、僅かな雨水の波間に、エスは感じた。

 魔力が明らかに一か所に集中している。

 降りしきる雨すら、途中から妙な軌道を描いている。

 防御壁の死角に向かって、全体的に何かが蠢いている。



「雨水だけでも、



 それぞれの水溜まりから噴き出ていた雨水による連続攻撃は――


 本命は、エスの真上で完成していた。

 月がそのまま落ちてきたような、超巨大な水球。

 

 “滄海一粟シーラングレッジ”。

 その真価の一つ。

 付近の豪雨を集約する事で、巨人の一撃すら凌駕する砲弾を完成させる事。


「あれは、受けきれません」

 

 エスは現状況を冷静に受け止める。

 あれが着弾すれば、エスの防御壁が木端微塵に砕けるだけではない。


「これではローカルホストも深刻な被害を受けます。即刻中止すべきです」

「それぐらい弁えとるわ。この辺りの人間は賢明にも、皆避難したで。ここにあるのは人間の建物とかいう道具だけや」


 両腕を上部に掲げるケイは、ずぶ濡れの顔で僅かに笑って見せた。


「第一、道具に遠慮する必要あらへんと言ったのは、人間の方やで」


 そして、蒼い星は落下する。

 水風船の如く。

 パンと割れて。

 洪水が、建物とエスの防御壁を呑み込んだ。


 狙いはエスの溺死ではない。魔術人形に溺死は無い。

 しかし、瓦礫と超水圧でその疑似肉体ゴーレムを完膚なきまでに潰すには十分すぎる“激流”だった。


「お前は先程、蒼天党の獣人についてどのような気持ちだったかと問いました」

『クワイエット』


 しかしその激流に飲み込まれる直前。

 エスもまた、懐から切札を取り出していた。


 かつて蒼天党の首領リーベと、真正面から対峙した証を。


「私はその答えを持っています――魔石共鳴リハウリング



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