第264話 剣聖少女、思わぬ所で師匠の名を聞く
「行かせる――」
当然、追う。
クオリアの離脱を、許す道理はない。
背後から、ボロボロの雨具を纏った龍人の肉体が、
「――かっての!」
一方、再び跳躍。
そして振り抜かれる刃。
今度は
だがスピリトの狙いは攻撃ではない。
足止めだ。
結果、
追いかけようとすれば、地面に着地したスピリトがまた跳躍する姿勢を見せる。
片手間で何とかできる相手ではない。
そうやって、十分に
一旦仕切り直し。
「どいてくれよ。“聖剣聖”。女を甚振る趣味は
「そりゃどうも。こっちは姉を誑かしてくれたアンタを甚振りたくて仕方ないって感じかな」
「ああ、そうかい」
「大体……別に私が女じゃなくても、本気出さないでしょ。アンタ」
「は?」
「別に私も剣を交えれば相手の気持ちが分かるとかじゃないけどさ……あんた、クオリア相手にも全然本気出してなかったでしょ」
雨が打ち続けるだけの、水を打ったような静寂。
スピリトがため息交じりに、それを破る。
「ま、クオリアにも言える事だけど……あとで師匠として、お灸据えてやんなきゃ」
「クオリア君も
「本人たちは本気のつもりでしょうけどね。正確には、本気を出せていなかった、って感じね」
「それがどうした」
今にも崩れそうな体を揺らすことなく、直立不動で佇む
「戦いたくも無い相手と戦う。別に珍しい事じゃない。現に、そうやって歴史は空転してきた」
「認めるのね」
「けど、そうやって言い訳しながら、屍を積み上げていったのも事実だ。てめぇが邪魔しなきゃ、クオリアは
「最初から殺す気で行けば、私や他の騎士が辿り着く前に、決着ついてたでしょうに。どっちが勝ったかはさておいて」
「他の騎士?」
『いたぞ! 間違いない、
多数の、金属の足音。
スピリトの背後、
当然、甲冑を纏った全員の敵意は侵入者たる
「潮時か」
「どうする? まだ戦う? あんたが本当はどれだけ優しかろうと、どれだけ傷ついていようと、私達は多勢でそこに付け込ませてもらうけど」
「好きにしろ」
(どちらにしろ、衛兵にかけた“暗示”も時間切れだしな)
狐面の下で囁いた声は、流石に雨に掻き消される。スピリトにも、ロベリアにも響かない。
「……ところで、結構合理的な思考をするんだな。スポ根系かと思ってたぜ、スピリト」
「生憎、別に剣士としての矜持はどうでもよくてね。理想の剣士から外れていたら、そりゃ失礼」
「そんなことは無いさ――“ワタヌキ”の弟子だってんなら、全然納得だ」
“ワタヌキ”。
そのワードが出た途端、ぴく、とスピリトの瞼が震える。
「ちょっと待って。なんでアンタが、私の師匠知ってんの?」
「時間だ。ハルトを殺す」
「時間?」
「魔術なんかなくとも、爆弾は簡単に仕込める」
大勢の騎士が一瞬足を止める程の、爆発音。
当然の連鎖として、雨でも掻き消せない程の火炎と、夥しい黒煙が上空へ舞い上がっていた。
「あの方向……確かハルトが幽閉されてる……あれ?」
スピリトが再度
「逃げられた……? いや違う、ハルトの所に向かったんだ!」
しまった、と顔を顰めた。そもそもあの雨具の男は、公然とげに素晴らしき晴天協会と相対してるのだった。ならばいの一番に狙うのはクオリア等ではなく、ハルトであって然るべきなのだ。
“ワタヌキ”の話を出され、更に何らかの方法で予定されていた爆発で意識を誘導された。不覚と後悔しつつ、“師匠”の話題が出た事に訝しげに感じながらも、ひとまずは狼狽する騎士達を押しのけて爆発の現場まで向かおうとする。
が、勿論スピリトは忘れない。
一部始終を見ていた、姉の事を。
「お姉ちゃん」
ロベリアを指差し、スピリトはにこりともせず、手にしていた刃の如く真剣に伝えるのだった。
「後で話があるから。今度は逃げないで。私も逃げないから」
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