第262話 人工知能、匿名雨男、生を背負う者、死を背負う者

 二球の荷電粒子ビームと白龍の蹴撃。

 共に必殺を確約された、“超技術”と“獣の一撃”が、最大の交錯を果たした。

 衝突のエネルギーが具現化し、白色の閃光となって相対する二者を包んでいく――。


「クオリア君!」


 二階に位置する浴場の破損個所。

 離れた箇所から覗いていたロベリアも、その戦場を直視できない程に光と衝撃に目を覆う事しか出来なかった。


「クオリア君………」


 色々なものが叩き折られそうな、怖気。

 それが乗った悲痛な声が、視界零の空間へ飲み込まれていく。



『Type WING』



 だが霧を晴らすように。

 ロベリアの恐怖を拭う様に。

 一つの影が、未だ残光はためく空間から飛び出た。


 ロベリアが無事を願った少年と、眼が合う。

 ロベリアが見上げた眼と、クオリアの諭すように見下ろす眼が合う。


「――理解を要請する。自分クオリアに中度以上の損傷はない」


 ……結論から言えば、ダメージはクオリアの方が圧倒的に少なかった。

 衝突の寸前、“空飛ぶ鎧ドローンアーマー”を装備して離脱したのだ。そもそも距離があった分、クオリアへ伝わる衝撃も少なかった。


「理解を要請する。自分クオリアは、死なない」

「……」


 その直前、ロベリアの瞳が織りなしたパターンを、クオリアは憶えている。

 一ヶ月前、“シャットダウン”への兵器回帰の“承認”をした時に、同じ眼を見た。


 “本当は、こんな事、言いたくなかった”。

 “もう、誰にも死んでほしくなかった”。

 それを押し殺した、“お姉ちゃん”であり“第二王女”としての仮面。

 その隙間に見えた、まだ17歳の迷子の様な双瞼。

 

 クオリアは、直感した。

 ――あの時、ロベリアに承認を求めたのが、今の事態に繋がったのか、と。


「あなたに、“約束”する。自分クオリアは、死なない」


 もう一度、大事な事を口にする。


「だから、あなたはハローワールドの管理者アドミニストレータとして、自分クオリアへの要請を、躊躇なく実行するべきだ。もしそれが誤っている場合は、自分クオリアがその個所を提示する。それが正しい場合は、自分クオリアは確実にその要請を果たす――その際、自分クオリアが“死ぬ”事は、絶対実行しない」

「……」

「あなたに、“約束”を実行する」

「……」

「あなたの“美味しい”を認識」

「う、うっふ、ふふふふふ……」


 ……ラヴの十字架から、副産物の様に受けていた呪い。

 それが解放されたように、僅かに弱まった雨雲の隙間から陽が差し込んだ。

 光は、どこか安堵したロベリアの顔を照らしていた。


「ほんと、面白い子だね。クオリア君。あー……よかった」


 ロベリアは右手を拳にして、クオリアに伸ばした。

 脚部と胴体を覆っていた銀色の奇跡――“空飛ぶ鎧ドローンアーマー”によって、飛翔状態を維持しているクオリアも、ふと鏡合わせの様にロベリアに拳を伸ばした。


「説明を要請する。これは“握手”と同じ分類カテゴリの動作か」

「そうだよ。今は緊急事態につき、簡易版の握手みたいなもんだね。でも、

「肯定」

「……それで、雨男アノニマスは?」


 白光が剥げて、今度は視界零の砂煙に囲われた空間から雨具の少年を探す。


「生命活動の停止はしていない。雨男アノニマスの肉体は、迷宮ダンジョン最下層の魔物よりも、著しく高い生命力を持つ存在しとして認識するべきだ」


 ……ダメージは雨男アノニマスの方が圧倒的に大きかった。

 互いの攻撃は拮抗していたからこそ、直接その身で攻撃していた雨男アノニマスに全ての負荷が押し寄せる形になったのだ。


 しかし恐るべきは、普通の有機物ならば消滅しているところ、クオリアに確実に生きていると認定される雨男アノニマス身体能力スペックだろうか。

 身体能力スペックのみで言えばこれまでクオリアが出会ってきた個体の中で、飛び抜けて最強であることは間違いない。


「しかし、先程の荷電粒子ビームにて、戦闘続行が不可能な損傷を受けている可能性が高い。自分クオリアはこれより雨男アノニマスの無力化を確認、修復行為の上捕縛し、エスの位置へ――

「――


 クオリアが“勝負は終わっていない”と最適解を変更した直後、煙の中からもう一つの影が飛翔する。

 “空飛ぶ鎧ドローンアーマー”を制御しクオリアが直前に離脱したために、その突進は空を貫通するに留まった。


 いつもは淡白なクオリアの口調が、僅かに曇る。


「状況不明……あなたは、明らかに戦闘行為を続行できる状態ではない」


 しかし、この状況は、クオリアの予測から大きく外れた結果になっていた。


「るっせえな……何でもかんでも分かったような顔しやがって……そういう所がラヴと被ってムカつくってんだよ……!」


 戦闘続行不可と判断した理由は単純明快だ。

 ダメージを負っているからだ。

 通常なら死ぬほどの裂傷を、致命的な火傷を負っているからだ。

 決してご都合主義が働いて、マグナムモードの荷電粒子ビームを帳消しにしたとかそんなことは無い。

 “文字通り、荷電粒子ビームをまともに受け、ボロボロに融解され、今にも崩壊しそうになっている”。


 雨具が所々、融解している。

 その奥にある龍の鱗も溶けて、痛々しく赤い中身を晒している。

 例外属性“恵”か、それとも古代魔石“ドラゴン”による分析不明の理論スキルで回復しつつあるが、それでもまだ致命傷だ。

 とても動けない筈だ。

 骨に至るまで、悉く破壊されている。

 微かにヒビが入った狐面の下から、吐いた血だって零れている。

 雨粒に混じって、全身から赤黒いものが零れている。


「戦闘行為の停止を要請する。これ以上の戦闘行為は、あなたに不可逆の損傷を及ぼす恐れがある。生命活動の停止が発生する可能性がある」

「……はっ」


 だが、自身の危機を指摘されても、ただ鼻で笑うだけ。

 とてもこれまでラーニングしてきた人間の心理状態から、掛け離れすぎている。

 しかも致命傷だらけの今の方が、逆に凄味が増している。


 これが、白龍を継いだ匿名の道化。

 怪物――雨男アノニマス


雨天決行レギオンも待ってることだし、とっとと終わらせようか。第二ラウンド」




 思えば。

 聖テスタロッテンマリア迷宮で、ウッドホースに圧縮ジップを受けた時も。

 スイッチで、キルプロ駆る“白龍”の巨大な攻撃をまともに受けた時も。

 今、クオリアにマグナムモードの光を穿たれた時も。


 雨男アノニマスはいつだって、自身の死に無頓着だった。

 それこそどこかの超未来の、心無き破壊兵器のように。

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