第261話 人工知能、匿名雨男、まずはお立合いの超新星爆発

 浴室の一部が、破裂した。

 木端微塵に弾け飛んだ瓦礫の最中から、二つの影が飛び出す。


 奇しくも先程までフィールがいた庭とは正反対の場所。

 庭というよりは、屋敷の隙間とでも言うべき空間。

 間が悪く警備もいない無人の芝生の上に、クオリアと雨男アノニマスは同時に降り立った。


 浴室のシャワーの如く、豪雨に塗れる二人。

 正対する相手を、互いに睨み合う。


 元人工知能の少年は、過去の戦闘データから雨男アノニマスの戦闘パターンについて予測演算を展開していく。



 一方で元獣は、一切何も考えない。  

 ただ、全ての行動が読まれていると最初から弁えるだけである。


「てめぇのラーニングがどうとか、考えるのはやめた――


 一閃。

 途方もない速度で突進した雨男アノニマスが、クオリアを通過した。

 

 しかし、交差しない。

 クオリアが刹那前にその斜線上からズレた。

 ただ擦れ違っただけの二人は、背後に位置する相手へ振り返る。


「……――」

「……――」


 クオリアは予測と実績の乖離をフィードバックしながら、次の行動を予測する。

 雨男アノニマスは、考えるよりも先に動いていた。


 再び雨具に覆われた龍の体が、クオリアへ接近する。

 通り過ぎることは無い。

 クオリアの真正面で停止し、猛然と右掌を穿った。

 しかしそれも、かわす。


「予測修正、無し」

「ああそうかい、関係ねえな」


 

 

 二撃目が飛んでくる。往なす。

 十撃目が振り下ろされる。かわす。

 百撃目が薙がれる。放たれる直前で防いだ。

 千手観音の如き万の雨粒を、クオリアは全てクリアする。


 たった数秒の間に、スピリトの乱魔に匹敵する密度の猛攻が降り注いだ。

 しかし、当たらない。

 クオリアの方がよっぽど動きが緩慢なのに、全て未然に防がれる。

 全て、クオリアの予測範囲内に収まっている。


 一方で、クオリアが遂に腕を横薙ぎに振る。

 裏拳。

 だがクオリア本体の攻撃力自体は、一般騎士よりも劣る事は雨男アノニマスも見抜いている。

 雨男アノニマスはそう直感し、特に避けずに攻撃の姿勢に入った。


『Type SWORD』


 その直感こそが、クオリアが最適解の中に見出した隙だった。

 効かない、意味のない攻撃などクオリアはしない。

 雨男アノニマスの顎に当たる直前、その掌に青白い光が集まる。

 雨男アノニマスの顎を撃ち抜く刹那、銀色の模造剣が完成した。

 

「……!」


 一瞬、雨男アノニマスの視界が明滅した。

 とてもクオリアでは出せない筈の威力が、雨男アノニマスの顎を撃ち抜いたのだ。


 その模造剣は刃引きこそされていた――ただし“先端が異様に重く、顎を撃ち抜いて頭を揺らす事”に特化した、鉄槌。

 故に、“遠心力”が途方も無く発生する。


 それを、“雨男アノニマスの脳を最大限に揺らす”為の最適な角度から、最高の速度で振りぬいたのだ。


 いかに古代魔石“ドラゴン”の恩恵を受けていようと。

 雨男アノニマスの強度がずば抜けていようと。

 クオリアの身体能力が真反対の落ちこぼれだろうと。


 クオリアの予測通り、致命的に雨男アノニマスの脳を揺らした。


「――この程度じゃ、俺は終われねえぞ」


 しかし、雨男アノニマスは10001回目の攻撃を放った。


「……最適解、変更」


 遂に、クオリアの予測演算を上回った。

 防いだ右腕の骨に、流しきれなかった衝撃分のダメージが注ぎ込まれる。しかしそれも、クオリアが自分から後ろへ吹っ飛んだために、クリーンヒットとはならない。


「おい」


 しかし、雨男アノニマスもそこで無暗に距離を詰めない。

 そもそも、ここまで雨男アノニマスが攻勢一辺倒だった。

 そして今、クオリアの予測を超え、ようやく一撃が当たった。


 にも関わらず、全く喜ぶことも無く、狐面の中で溜息を吐いた。


「何故戦わねえ。


 それもその筈だ。

 そもそも、クオリアの方からは無力化の手段ばかりで、戦闘行為に踏み込んでこない。

 一筋の荷電粒子ビームさえ、この戦いには出現していない。

 ただ雨男アノニマスの攻撃を、一つ一つ処理しているだけだ。


「あなたが自分クオリアに攻撃する限りは、あなたに損傷を与えるべきではないと判断する」

「言っておくが普通に殺すぞ」


 突き。

 あまりに強すぎる、重すぎる一撃。

 圧縮された空気によって、雨粒が爆ぜていく。


「その行為は誤っている。その為、あなたの全ての攻撃を処理する」


 とクオリアが言い終えた時には、破壊の正拳を往なして再度距離を取る。


 一方で、雨男アノニマスも釣られて責める事はしない。

 クオリアが積極的に攻めてこないと分かっても、雨男アノニマスも守備を捨ててまで踏み込まない。

 獣の様な戦闘方法とは裏腹に、佇まいは理性的だ。


「俺の事は傷つけたくねえ。でも自分も傷つきたくねえって事か」

「肯定」


 雨男アノニマスが消えた。

 クオリアはその動きを目で追えない――までも、予測は出来る。

 飛翔。

 縮地もかくやという速度で、上昇。

 これも古代魔石“ドラゴン”としての、スキルの一つ。

 雨男アノニマスにとって、重加速度も空気抵抗も意味を為さない。

 雨をまき散らす雲の隙間、そのどこかにいる。


 だがクオリアは豪雨を零す天空を探すどころか一瞥もしない。

 三歩後ろに下がる。

 直後、クオリアがさっきまで立っていた地点に、雨男アノニマス


「それは優しさとか、慈悲じゃない。“消極性”だ」


 遅れて四方八方の芝生に亀裂が迸る。

 面子の様に裏返っては浮き上がる庭の中心で、狐面の向こうから鋭い眼光を覗かせた。

 だが、爆ぜる地面も最適解の通り。

 島から島へ渡る様に、破片を足場にするクオリア。


「“消極性”が発生しているのは、あなただ」

「あ?」


 一番合理的な道筋を辿ってクオリアが間合いにまで詰めると、再び雨男アノニマスの隙間を縫って、一閃。

 これ以上ないクリーンヒット。二回目。

 狐面は非常に硬い。フォトンウェポンに使われているものと同じ特殊な金属が衝突しても、ヒビ一つ割れる気配がない。

 だが、その面の向こうで脳が、致命的に揺れたのは認識出来た。


 今度こそ、雨男アノニマスは気絶したはずだ。

 クオリアの演算は、確かにその値を示していた。


「……

本気光線も出さねえお前に言われても説得力がねえ、よ」


 城壁も破壊する勢いで繰り出した蹴りを、刹那前に跳んでいたクオリアがやり過ごす。そのまま雨男アノニマスの伸ばした脚を足場にして、後ろに跳んで再度距離を取った。


「何を穏便に済まそうとか甘い事考えてんだ……」


 効いていない訳ではない。フラついている。たとえダンジョン最下層の魔物といえど、古代魔石でコーティングされた龍の体といえど、脳の強度までは鍛えられない。

 ならば、気絶しない理由は一つしかない。


「“虹の麓”を完成させるまで、俺は眠らねえぞ」


 雨男アノニマスが気絶しない理由。

 脳が揺れても、膝を崩さない仕組。


 肉体を超越した、

 “執念”。

 

『――クオリア様!』


 突如耳に降って湧いたのは、気晴らしに買い物に出ていた筈のアイナの声。

 鼓膜に隣接するコネクトデバイスから、焦燥が滲んできた。


「アイナ。あなたの声を受信した」

『良かった……あの、……――!!』


 エスのポインタが、アイナと現在進行形で離れている。

 ハルトにリーベの事を揶揄され傷心状態のアイナを放っておくほどの事態。重要度が高い事はクオリアにも予測できた。

 だがアイナから“”を聞いている間にも、雨男アノニマスによる拳打の暴風雨がクオリアに襲い掛かってくる。


『クオリア様!? 今、何かクオリア様の方でも起きているのですか!?』

雨男アノニマスと交戦している」

雨男アノニマスさんと……!? ……やっぱり』

「説明を要請する。“やっぱり”の意味とは何か」

『エスちゃん、“雨天決行レギオン”の魔術人形達を追いかけたみたいなんです!』

「状況認識。“雨天決行レギオン”が関与している場合、エスは過剰な行動に出る事が予測される」

「……!?」


 クオリアの口から出力された“雨天決行レギオン”というワードを聞いた途端、雨男アノニマスの動きが一瞬硬直した。

 そしてここに来て初めて雨男アノニマスが距離を取った。


「最適解、変更」


 クオリアも状況の変化を感じ取った。古代魔石“ドラゴン”を中心に魔力が流転しているのを認識出来肌で感じたからだ。


「状況分析。あなたは現在魔力を通して、情報の交換を実施している」


 流転。輪廻。

 魔力が入っては、出ていく。

 信号の受信、送信と同じ動き。

 コネクトデバイスと同じ役割。


 エスから聞いた事がある。

 ディードスに支配されていた時代、、と。

  

 その魔力信号がどこから来て、どんな言葉が乗っているかまでクオリアに知る術はない。ましてや止める術もない。

 ネットワーク上で、どんな会話がやり取りされているかは伺い知れない。


『シックスか。丁度こっちからも連絡を取りたかった所だ』


 雨男アノニマスもそれが分かっているからこそ、魔力信号の流転を止めない。


雨男アノニマス――

「……」


 雨男アノニマスの心臓替わりの魔石に入った情報。

 それは仲間である雨天決行レギオン魔術人形メンバーが一人、ケイの暴走だった。


『現在自分シックスと、マリーゴールドがケイを追跡している。しかし……』

『……魔術人形“2.0”絡みか。ケイはその方面に対する憎悪が一番あったからな。俺も迂闊だった』

雨男アノニマス。しかしあなたは、現在は“ハルト”を演じるタスクを実行している為、こちらの救援は出来ないと認識。また、あなたの魔力から現在戦闘中の値が――』

。最低限、何とかケイを“引き留めて”やってくれ』


 その“暗号化されたクオリアには読めない”魔力の流転が、止まった。

 

 クオリアも。

 雨男アノニマスも。

 僅かに沈黙し、互いを見つめ合っていた。


 エス。

 ケイ。


 お互い、仲間の魔術人形が危機に晒されている。

 ここでも状況は同じだった。

 鏡合わせの様に、隣り合わせの状況だった。


 だが、もう“敵の敵”理論は存在しない。

 いい加減、決着をつける。


 ――即ち、覚悟を、決めていた。


『Type GUN MAGNUM MODE』

『Type GUN MAGNUM MODE』

「スキル深層出力“廻閃環状ブロードキャストストーム”」


 クオリアも雨男アノニマスも、


「優先度を変更する。

「こっちも元々のんびりする余裕つもりはなかったんだがな。こっちも火急の用が出来たんで、全力で舞台から降りてもらう事にするわ」


 水平に伸びた螺旋の竜巻が、クオリアと雨男アノニマスを繋ぐ。

 だが、これは同時に最高濃度まで凝縮されていく荷電粒子ビーム対し、一切の逃げ場を塞いでしまった事を意味する。


 全てを融解する荷電粒子ビームのチャージが完了した。

 全てを吹き飛ばす“ドラゴン”の魔力が、雨男アノニマスの右脚に宿った。


「最適解、算出」

「ブチ壊す」


 二つのトリガーを引く音。

 白龍の羽を背負い、跳び立つ音。


 荷電粒子ビーム

 廻閃環状ブロードキャストストーム


 二つの弾丸と、一つの飛矢が正面衝突した。

 あとに残ったのは、超新星が産声を上げたような果てしない輝きだった。

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