第255話 人工知能、“ない少女”に失言をする

 “正統派”とサーバー領の争いには、一切関わらない。

 そう断言したビジネスマン、アジャイルはそれこそ仕事の如く無機質に、その訳を話した。


「“資源開発機構エヴァンジェリスト”はエネルギーを発見、開発するための組織です。下手に干渉して本業が疎かになっては、たちの信頼にも関わる」

「説明を要請する。株主とは何か」

「事業には資金が必要です。“資源開発機構エヴァンジェリスト”の活動にも、莫大な資金が要る。勿論国を挙げての事業ですから支援はありますがね、流石に国も全額出すのは現実的じゃない。そこで“株主”の登場です。株主は、私達のビジョンに共感し、結果資金を投資してくれます。見返りとして、株主には優先して恩恵を与えますし、利益から配当金を渡さなければなりませんけどね」

「要は金借りてるだけじゃない」

「ええ。だから余計な事をしているリソースはないんですよ。我々がやっているのはビジネスですから――私達のような組織は珍しくありません。“”と呼ばれて、最早久しい……株式会社は、投資をしてくださった株主の信頼を失ったら終わりなんです」


 ――クオリアは、その“株式会社”を知らない。かつていた地球という星にいた人類が、その“株式会社”を仮想空間メタバース、経済を循環させていた事を知らない。

 株式会社そんな事は、これから学べばいいと、優先度を落とす。

 今は更に、優先すべき問題がある。


「しかし、現在ローカルホストは大量の“美味しい”が消失するリスクに直面している。これの解決には、あなた達のリソースを含める事が最適解と判断する」

「……そもそも、明日には滅んでるかもしれない方々に投資した所で何にもなりませんよ。それよりも、霊脈のエネルギー化を進めた方が、もっと多くの人々を救える」

「あなたは誤っている」

「何が正しいかは、後世の歴史家が決める事です」

「……クオリア。この手のタイプは協力しない。説得するだけ無駄」


 “美味しい”を求める守衛騎士と、“成果”を求めるビジネスマンの平行線は、スピリトによって断ち切られた。

 しかし第三王女に冷ややかな眼を向けられようと、アジャイルは両肩を竦めるだけで全く響かない。


「しかし、ならばあなたは何を目的に、この地点に位置しているのか」

「別に。ラック侯爵邸は、庭は常に解放されている。僕がいた所で、別に不思議ではないと思いますが? 生憎僕は、あの野蛮な“正統派”のように敵対している訳では無いですからね」


 そう言いながらも、子供達へ晴天経典を読み上げるフィールを、アジャイルは眺めていたた。

 彼の壁に預けている背、涼風に靡くハットと、茶を基調に空色のメッシュが入った前髪。フィールを見つめている時のそれらは、すべてが自然的で、リラックスしているように見えた。

 その目線を追って、どこか見直した様にスピリトが「ふぅん」と頷く。


「……もしかして、フィールに会いに来たとか?」

「いいえ。ただの物見遊山です。そもそも僕は残念な事に嫌われているもので」

「説明を要請する。何故フィールを見に――


 再び問おうとしたクオリアの口が、塞がれた。


「クオリア、それ聞くのは、幾らコイツでも野暮。禁則事項に“らーにんぐ”しといて」


 スピリトが当ててきた剣の柄によって。


「構いませんよ。フィールさんのような女性は、何故か見ているだけで落ち着くし、癒される。特にああやって、彼女なりの善行を行っている所なんて、もう」

「冷酷なビジネスマンも、案外素直な人間らしい所があるじゃない」

「更にはスピリト姫という美人に出会えたので、今日は最高の日ですよ」

「それはよかったわ。取ってつけた営業スマイル感を無くしたら完璧だったかな」

「これは失礼」

「説明を要請する。あなた達は何の話題をしているのか」

「ヒントを言うなら、女性が好きな“女の子の話”の一つと言った所でしょうか」

「……説明を要請する。“女の子の話”とは何か。それは“男性”の分類では出来ないと認識している……!」

「なんか凄い食いつきがいいわね……らしくないじゃない」


 いつもの淡々とした様子とは打って変わって前のめりになったクオリアに、思わず驚愕してしまう。そこで小さく鼻で笑いながらも、余興とばかりにアジャイルが“女の子の話”について説明を始めた。


「出来ますよ。例えば君はスピリト姫をどう思っていますか」

自分クオリアはスピリトを戦闘の師匠モデルとして定義している」

「役割的な話ではありません。スピリト姫という一人の“女性”に対して、君がどう思っているかという話です」

「女性として……良質な“美味しい”に満ち溢れている。“可愛い”。“綺麗”。“好き”」


 ドゴォ!! とクオリアの隣で盛大に滑っていた。

 怒濤にして純朴な誉め言葉のコンボを受けた結果、尻餅を付いたスピリトの引きつった顔が茹蛸のように赤くなっていた。


「スピリトの挙動に異常を認識」

「こ、腰抜けたんだけど……」

「あなたの顔面部分に熱源を確認。あなたは“風邪”と呼ばれる状態にあると思われる」

「いや分かってるわよ……君の言う事に、そんな“つもり”が無いって事くらい……」


 裏表がない、純粋な言葉しか吐かないと知っているからこそ、スピリトもそんな単純な言葉で本気になってしまう。

 だがまだ恋愛という概念を知らない生まれたての心だからこそ、スピリトもどこか残念に感じてしまう。


「また、あなたは家族の様な存在としても、認識している」

「か、家族、家族……まあいいでしょう……師匠と弟子は一蓮托生の関係。その絆は家族よりも深いわ!」

「家族と類推した場合、あなたは“妹”が近い」

「そうそう、妹、妹よ。生卵を扱う様に大事に愛でなさ……いや、違う!!」


 腕組して思わず頷きかけたスピリトが、強く首を横に振った。


「はぁ!? 私が妹!? 君と私同い年よね!? 師匠に対してなんつー失礼な事言ってんのよ! ええい、さっきまで感じてたトキメキ返せ!!」

「しかし外見的特徴からして、あなたは“家族”としては、妹に近いと判断」

「外、外け、がいけ……がいけん、まさか、丁度“比較対象”が君から見えてるから……っ!?」


 何だか雲行きが怪しくなってきた。

 スピリトの目線の先には、平和に子供達に教えを問うフィールの胸部があった。

 エス曰く、巨乳に間違いなく分類されるロベリアよりも更に大きい、僧衣をこれでもかと押し退け垂れ下がる二つの塊に、釘付けになる。


 こうも比較対象があると、互いに際立つ。

 フィール。すごくおおきい。

 スピリト。ない。


「ふんぬ!!」

「予測修正在り、今後の活動にフィードバックを――」


 胸倉を掴まれた。何故か予測演算が効かなかった。

 恨めしそうに見上げてくるスピリトの背後が、途方もない暗黒ノイズに満ちる。


「クオリアぁ……これだけは師匠として言っておくわ。いや、全男子の肝に刻みつけたい……!! よーくその演算回路脳のシワに“らーにんぐ”しなさい」

「承諾された」


 物凄い力で襟を締め上げながら、一言一句に“聖剣聖”の全てをつぎ込む。


!」

「説明を要請する。それはどのような意――」

「はい復唱ォ!!」

「“おっぱ、い、に負ける、奴は、人生、に、負け、る”」

「もう一回ィ!!」

「“お、っぱ、いに負……”」


 スピリトの八つ当たりに振り回される中で、クオリアは一つの単語を深堀していた。

 おっぱい。

 それ即ち、女性の胸の別称と定義されている。


 という事を思い出した途端、迫ってきていたスピリトの胸部を見てしまった。

 今回は裸でも、はだけている訳でもないし、きっちり服に包まれているのに。

 ――一ヶ月前、ちゃんと鮮明に記録されてしまっていた、タオル一枚に危うく囲われていたスピリトの薄橙色の肌を重ねてしまう。


 途端、唇が波打ったクオリアの顔が異常の熱を帯び始めた。


「再生機能破棄……エラー……32日前の情報破棄……エラー……エラー」

「ど、どうしたのよ……」

「エラー……あなたの裸のパージされた状態を……これは禁則事項として分類、ただちに再生機能を停止……不可……あなたの裸のパージされた状態は、非常に大きな悪影響を……」


 流石にスピリトも、自分が今何を見られているか勘付いた。

 途端、クオリアの赤みが伝染し、スピリトの顔が再び真っ赤になる。


「ば、馬鹿、そこは想像しなくていいんだって……!! てかいい加減浴場で見た事は忘れ……ってか欲情して……まさか、こんな情けない私のにもやっぱり嫌らしい気持ちになれるって……君……」


 先程までの殺意、悪意、憤怒、憎悪に満ち足りた絶対零度の表情から一変。

 女の子の顔になっていた。

 それでいて恥ずかしがりながらも、何故か嬉しそうだった。


「ひ、ひひひ、ひひひ……」


 しかし“普通の少女”にどうしても慣れていない聖剣聖ことスピリトは、いっそ不気味な引き笑いを繰り返していた。


「い、いいわ……おっぱいに負けてない……! 流石私の弟子……!」

「説明を要請する。“女の子の話”とは……“おっぱ、いに負け”……エラー、エラー……」


 ――そんな少年少女のやり取りを、少し生暖かい眼で見ていたアジャイルは、再びフィールに目を向けた。


「“資源開発機構エヴァンジェリスト”としての役割には全く関係ない、素人目線の意見と聞き流して結構ですが……もし私がランサム公爵なら、人質交換を狙いますね。ハルト枢機卿と、例えば……ラック侯爵の愛娘である、フィールさんを」


 まあ、それが分かってたからラック侯爵も当初フィールを亡命させようとしていたんでしょうけど、とラックの先見性を認めるような事を付け加えた。


「なので、フィールさんの守衛は厳重にやった方がいいと思いますよ」

「肯定。あなたの意見を採用する」

「あと、フィールさんに伝えておいてください。ここから亡命したかったら、あなた一人くらいは僕でも何とかできる、と。どうせ断られますがね」

「肯定。要請を受諾した」

「心配? フィールの事が」


 去り際のアジャイルの背中に、スピリトがその心中をさり気無く曝け出そうとして、野暮だと分かっている質問を投げる。

 

「“正統派”に捕まったら、おおよそ見当付きますからね。特にフィールさんの様な高嶺の花が、異端審問という私刑リンチ場で何をされるのか」

「見てきたかのような感じね」

「……


 一体それはどういう意味か。なんて事を聞くのは、“野暮”だと演算回路が働いてしまった。

 しかし聞かずとも、アジャイルは一回だけ振り返り、被っていたハットを脱いで何事もない様に続きを語るのだった。


「ああ、勘違いしないで下さい。その人が異端審問で殺されたのは、枢機卿から金を借りて、しかも返さなかったから」


 ほんの一瞬だけ。

 その母と重ねる様に、フィールを見る。

 その横顔を、日光が寂しく照らす。


「金も力もない。優しさしかない。、ですよ」


 まるでユビキタスへ救いを求める迷子の様な目線を一瞬だけ見せるも、深く被ったハットで隠すのだった。


「では、お互いにお互いの仕事ビジネスを頑張って、より良い世界を目指して頑張りましょう」

「……エラー。“ビジネス”の定義は不明」

「知りたければ、夜明起しアカシアバレーに来なさい。では、これにて失礼」


 手慣れた挨拶をして、アジャイルは普通に歩いてクオリア達の前から姿を消したのだった。

 その後ろ姿を最後まで見送ると、クオリアは一人、突如今後の動きを口にする。


「ビジネスの定義は不明。しかし、これより自分クオリアのすべきことは、認識している」

「クオリア?」


 アジャイルが去った方向と反対、屋敷の中へと向かうクオリアにスピリトは着いていく。


「説明を要請する。ロベリアは今、どこで“休憩”をしているのか」

「……

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