第252話 人工知能、嘘の塊と会話する①

 雨男アノニマスは、腹が減るという感覚を忘れて久しい。

 心臓替わりに胸へ填め込まれた古代魔石“ドラゴン”から、活動に必要なエネルギーは供給される。


 食事は、テルステル家の三男“ハルト”という人間へ違和感を抱かれない為の、カモフラージュでしかない。


(“ハルト”的には、そろそろ空腹で死にそうなタイミングだな)


 仕方ない。人間である以上、食事は必要だ。

 秘匿された魔石が心臓替わりの、雨男アノニマスのような例外でもない限り。


(そういや空腹って、どんな感覚だったっけか)


 クオリアと共にアイナが目前まで運んできた、皿の上。

 そこに乗っている“食料”というのは、雨男アノニマスにとっては、そういう無駄な物でしかない。


(おっと……演じなきゃな。ハルトハルト)

「おい獣人……たったこれっぽっちか……!?」


 皿から離れていくアイナの手が、石のように固まった。

 額に青筋が浮かんでいく。瞳孔が開いていく。

 だが構わず、ハルトは不平を並べていく。


「あの潤しき桃はないのか!? 蜂蜜すらもこのサーバー領には存在しないのか!? なんだこのチンケなハムは! 獣人の汚らわしい臭いはちゃんと取ってるだろうな?」

(ああ――)


 雨男アノニマスは、ロベリアと接するにあたって、クオリアを警戒にするにあたって、アイナの事も調べている。

 兄リーベが蒼天党のリーダーで、そして数年前に晴天教会に殺害されたという事情も含めて、油断なく調べ尽くしている。


(アイナの顔)


 そして気紛れで命を助けるくらいには、気紛れであの花屋にて匿名の会話を繰り広げるくらいには、それなりに深く関わった。ある意味、クオリアやロベリア相手よりも、アイナ相手の方が理解しているまである。

 だが、湧き上がる憎悪に憑りつかれるアイナの表情を見て、改めて思い知る。


 


(……)


『Type GUN』


 しかし、動いたのは隣に居たクオリアだった。

 雨男アノニマスも全く良く分からない原理でクオリアの手元に銃が出現すると、その先端の空洞がハルトの体に向けられる。


「これ以上の発言の停止を要請する。さもなくば、あなたを脅威と分類し無力化する」

「あ、あの僕を傷つけた筒……!! 卑怯なイカサマの塊……!! やめろ!! そんな美しくない臨終など、したくな、ま、ま、待て……」

(……フォトンウェポンっつったか。この生成過程、出てくる光線や、魔術でもスキルでもねえよな……系統も毛色も違い過ぎる)


 と、表面ではハルトとして、とことんトラウマがてら怯えてみせつつも、雨男アノニマスの中では“異質な物体フォトンウェポン”の銃口を仰ぎながら思考を推し進める。


(クオリア。空の涙ファブロスキッス――)

「クオリア様、私は大丈夫ですから……!」


 アイナが銃口に手を添えて静止した。

 続いて騎士達が止めようとクオリアの周りに群がった所で、アイナを僅かに慮る目付きになりながら、クオリアもフォトンウェポンを光へと帰化させていく。


「エラーを認識。行動を強制停止する」

「はい。クオリア様の心は、ちゃんと健全です」

「“ありが、とう”」


 先程まで憎悪に駆られていたアイナの顔が、僅かに柔らかくなっていた。

 そんなアイナから出た、“心”という言葉に、“雨男アノニマス”としての中身がざわついた。


「つ、つまらない茶番など見せよって……これだから獣人は……異端は……」

(二人揃って“心”に潤いを求めすぎだぜ)

「むぐっ!?」


 ハルトの頬が潰れた。口がタコの様に飛び出た。

 クオリアとアイナの怒りを代替するように、ラックがハルトの顔を掴んでいたのだ。

 咎める様な硬いラックの顔が、震えるハルトを見下ろしている。 


「それ以上、この少女の尊厳を損なう発言をしてみろ。餓死の苦しさを教えてやる」

「……それが人質の――」

「人としての扱いを心得ない者が、人として扱われると思うな」

「獣人を……人だと……!?」

「そもそも“晴天教会”の教えに、人も獣人も区別は無かったのだ。貴様ら“正統派”が改竄した晴天経典に乗っているだけの、ただの戯言だ。“耳”が有るか無いかで優劣を決める様な教えをユビキタス様が広めただと? ふざけるのも大概にしろ。“正統”とやら」

(その信念は買いだ。だが真に区別のない世界こそが、“虹の麓”だ)


 一方で、クオリアがアイナに提案をしていた。


「アイナ。この場所から、共に離脱する事を推奨する。それがあなたにとって、一番有益であると判断する。あなたの役割は、既に完了している」

「はい、分かりました……騎士さん方、どうか、ちゃんと食べさせてください」

「……分かった」


 ラックが頷くと、クオリアがアイナを庇う様にしながら出口に向かっていく。

 しかしふと。

 アイナが足を止めて、確認する様にハルトを見た。


(……?)


 まだ憎き敵の悪魔を見る様な、剣呑な目線は健在だ。だが一方で、純粋な疑問符が浮かんでいる様にも見えた。



「ハルト枢機卿――?」



(マジか)


 雨男アノニマスの計画を崩す伏兵が、意外な所にいた。

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