第248話 人工知能、一旦騒動の終結(仮)を見る
全てを粉微塵へと変える衝撃波が、“3号機”からクオリア目掛けて穿たれた。
厄介な事に、人間の眼球ではその無色透明な破壊は殆ど認識出来ない。
ただ塹壕のように地面を削って突き進む衝撃波に対して、クオリアは放たれる直前にその射程範囲から飛び退く。
「予測修正無し」
“衝撃波の範囲を、完全に見切っている”。
観衆がそれを理解したのは、衝撃波に吹き飛ばされる様子も無く変わらず“3号機”目掛けて突進するクオリアを見た時だった。
「こいつ……! どこにスキルが発動するのか分かってるってのか!?」
「先程の“レクリエーション”からラーニングは完了している。魔術人形“1.0”のパターンと類推する点が多い」
狼狽するウォーターフォールに、機械的に返答。
その間に“3号機”が次の衝撃波を形成していた。
魔術人形の核たる“ヴォイス”の人工魔石をハッキングするには、直接触れる必要がある。このままでは魔石に触れるよりも、第二波に刻まれる方が早い。
「最適解、算出」
『Type GUN』
クオリアの左手にフォトンウェポンが生成されると、“3号機”に向けて
正確には彼女の足元。
二つの脚が接している地面部分に着弾した。
結果、足場となっていた土だけが削れ、“3号機”はバランスを崩す。衝撃波を放つどころではなくなる。
充分すぎる時間稼ぎだった。
立て直す暇も無く、クオリアの右手人差し指が若干膨らんだ胸の中心、緑色の人工魔石にクオリアの指が触れる。
「ハッキングを開――」
バチィ!! と電流が迸ったかのような音が鳴った。
クオリアも“3号機”も突然、互いに吹き飛ばされる。数メートル後ろに引っ張られるも、同じく弾かれた“3号機”から目を離す事をせず淡々と演算を再開する。
「状況分析。また、最適解の変更必要性を認識」
スキル、衝撃波によるものではない。
ハッキングしようとした人工魔石から、何か別概念の反発力が拡散したのだ。それがクオリアのハッキングを遮ってきた。
「明らかに、
「――魔石干渉対策のセキュリティ……あなたの言葉で言えば“ハッキング”ですかね? 許可の無い人間がそれを実行しようとした場合、魔石干渉防止のための緊急魔術が働くようになっています」
しかしそこで、戦闘に終止符が打たれた。
クオリアと“3号機”の間に、アジャイルが割り込んだのだった。
「魔術人形、退がれ。お前達の目的は戦闘ではない」
アジャイルが“3号機”を睨む。
「アジャイル様。要求は受託されましたが、クオリアの存在は障害です。戦闘行為による無力化を推奨します」
「クオリアさんという障害はまた別の方法で乗り越えるとします」
納得したのか、電源が停止したかのように“3号機”の両手がだらんと下りるのだった。
アジャイルは次に、ウォーターフォールと呼ばれた獣人を溜息混じりで見つめる。
「ウォーターフォール。君は沸点が低いのが玉に瑕だ。ちゃんとゴールを見据えて動かないと」
「アジャイル先輩。けど、クオリアさんがいる限り、いつまでも足踏みしたままだ。
「焦る必要は無い。下手な力尽くはスマートじゃない。果報は寝て待て、ですよ。君の場合は、ちょっと個人的な事情が入り込んでるとは思いますが」
後輩の獣人に諭すと、途端にアジャイルは拍手をするのだった。
称賛。
その視線は、クオリアに向けられていた。
「私は戦闘は素人ですが、しかしクオリアさん、あなたの戦闘は一種の芸術だという事くらいは分かる。“2.0”と言えどこの人数では心もとない。“開発局”にはそう伝えておきます。ここであなたと張り合って希少な“2.0”を失うのも馬鹿馬鹿しい……今回はお開きにしましょう」
「いや……ここで終わっていいんですか!?」
ざわめきが、霊脈の中心を包んだ。
まだ不完全燃焼と言わんばかりに、霊脈のエネルギー化に賛成していた青年達が、突如ラックへの抗議活動を中止する素振りを見せたアジャイルに歯軋りを立てていた。
当然の反応。
そう言わんばかりに、アジャイルは慣れた手つきで手を叩き、視線を向けさせた。
「御安心下さい。必ず霊脈は我々が責任を持って皆様の共有の資産とします。皆様のお気持ちは確かにラック公爵に伝わったかと思います。後は我々にお任せください。何かあれば、後程
他の資源開発機構のメンバーや、魔術人形が先程まで霊脈のエネルギー産業化に熱血を注いでいた青年達へ説得に入る。先程までの狂気的なラックへの敵意が嘘のように、徐々に場から掃けていくのだった。
彼らの後ろ姿を見つめるアジャイルの背中に、騎士達が集まる。
ラックがその中心に立ち、低い声で残酷な判断を突きつける。
「アジャイルさん。あなたを拘束させてもらう。せめて“正統派”との会談が終わるまで菜」
「……下手に拘束しようとしたら、魔術人形が暴れますよ」
向けられた刃を予期していたかのように、アジャイルの顔には何の変化も無かった。変化があるとすれば、“3号機”を始めとした魔術人形“2.0”が、人形らしくない形相で騎士達に向かい合ったことくらいだ。
「クオリアさん相手には分が悪いですが、それでも貴方達に大きな被害を齎すのは確実ですよ? 明日教皇を相手にするのに、少しでも余計な消耗は避けたいのでは?」
「……」
ラックが手を挙げ、騎士達を退がらせた。呼応してアジャイルも指を鳴らし、魔術人形達のスキル発動の光を鎮めた。
代わりに先程暴挙の指示を出したウォーターフォールという獣人が、アジャイルの隣に立つ。
クオリアはその猫耳の獣人を見て、改めて認識した。まだ青年に成り切れていないこの獣人は、クオリアと同年齢くらいの可能性がある事を。
「その明日に、“
「さあ……? もしかしたら我々が息抜きに散歩している間に、霊脈の護衛が薄かったらこっそり入ってしまうかもしれませんね。ほら。事業ってそういう遊び心も必要ですから」
あっけらかんとするアジャイルに、騎士達が剣を震わせるが、手を出せない。
実際ランサム公爵とルート教皇の対策で、アジャイル達に回せる戦力が無いのだ。こうなる事を見越した上で、あっさりと霊脈エネルギー化賛成勢力を退かせたのだ。
「とはいえ、先程はウチの新人、ウォーターフォールが大変失礼な振舞いをしました。このお詫びは後日、正式に執り行わせていただくとして……ウォーターフォール。謝罪なさい」
「……」
「ウォーターフォール」
クオリアやラックを忌々しげに睨んだウォーターフォールを、アジャイルが窘めた。
「事業は、君の“晴天教会”に対する憎悪を清算する場所ではない。感情を抑制できないのならばこのプロジェクトから降りてもらいます」
“晴天教会”に対する憎悪。
それを聞いて眉を細めたフィールも見ている中で、遂にウォーターフォールは頭を一度下げると、未だ殺気立った気配を醸し出しながら場を離れたのだった。
残ったアジャイルに、クオリアが尋ねる。
「説明を要請する。ウォーターフォールの“晴天教会に対する憎悪”とは何か」
「……かつて所属していた獣人のコミュニティを、“晴天教会”の信者共に滅ぼされたそうです。まあ、獣人はそういうの、多いですからね」
「肯定」
アイナの兄であるリーベも、“晴天教会”の枢機卿に余興として首を切断された事があった。アイナが“晴天経典”やシンボルである太陽のペンダントを見て拒絶反応を起こすのも、肉親が惨たらしく殺される様を見てしまったからだ。
ちなみに、その直後リーベはゴーストとなったのだが、それはまた別の話。
「“正統派”と対峙していて獣人に対する保護も手厚いとはいえ、敬虔な信者の多いこのサーバー領も、ウォーターフォールには居心地が悪いそうで」
「“晴天教会”への憎悪があるのは君もではないのか? アジャイルさん」
ラックからの揺さぶりに、僅かにアジャイルの表情筋が揺らいだのがクオリアには
「私は“晴天教会”が滅べば良いなど考えてはいませんよ。特にこのサーバー領の教義は好きです。『祈れば救われる』等と謳って教会に引き籠って肥え太る“正統派”の考えとは違い、『善行こそが救いの証となる』と実際の行動を促すこのサーバー領の教義は健全だ。私に賛同してくれる青年達も、“善行”を積みたいという方々が多かったですよ? だからランサム公爵との戦いも、全面的に貴方達を応援します」
「ヴィルジン国王がこのローカルホストに今駆け付けている最中だから、随分と強気な訳かい?」
クオリアもヴィルジンの介入があるとは予測していたが、まさか直接向かってきているというラック侯爵の言葉にはゆるぎない確信がある様に見えた。
「ラック。説明を要請する。あなたはヴィルジンがこの地点に移動しているという情報を掴んでいるのか」
「いや……だがあの人とは昔からの、長い付き合いでね。何となくわかる。ロベリア姫とスピリト姫がこの戦場になるかもしれないローカルホストにいると分かれば、必ず駆けつけてくる。あの人はそういう……父親なんだ」
「あなたは以前、ヴィルジンと敵対関係にあったと認識している」
「敵として刃を交えたからこそ、知っている顔もあるというものだ。霊脈という我々の大切な宝物を、世界の発展の為なら簡単に踏み躙る男であるという事も」
霊脈の中心から蛍のような光が無数に放たれる。
緑色に瞬く光を纏いながら、ラックが睨みを強めて釘を刺す。
「アジャイルさん。ヴィルジン国王の権力を最終的に使うつもりなら、その手の脅しは私には聞かないと考えた方がいい」
「王家の血に目が眩んで、ロベリア王女と何かを企んでいる貴方に言われる筋合いはありません」
「彼女は私の友人として来ている」
「王女を友人とは、案外面白い事を言いますね」
「王女という立場は、彼女には重荷なのでね。せめてここにいる間は、一人の少女として振舞ってもらいたいと思っていたが……」
「しかし……ここは怨敵であるヴィルジン国王の力に頼った方が良いのではないのですか? フィールさんを守る為にも」
掌で差され、ぎょっとするフィールにアジャイルは笑みを取り去りながら続ける。
「間もなくこの街は戦場になるでしょう。私は一応いざという時の備えはしているので問題はありませんが、あなたは謂わばサーバー領においては姫に当たる存在だ。“正統派”の連中に捕まったら、何をされるかくらいはお判りでしょう」
「……」
「肯定。フィールに対して、非常に不利益な行動を取る可能性がある」
非常に不利益な行動。
女性に対する禁則事項を、“正統派”の連中がフィールに対して使う事は大いに予想される。
何せ、クオリアが初めてフィールを見た時、メール公国の騎士に追い詰められ、その豊満な胸を撫でまわされそうになっていたのだから。
「まあ、ラック侯爵。あなたが先祖代々の柵から外れ、ユビキタス様にも恥じない選択が出来る事を願っていますよ。ヴィルジン国王は少なくとも、正しい人間だ」
「それはどうも」
フィールに対する一抹の不安を抱えながらも、アジャイルからの言葉だけは受け流すラックだった。
それを見届けると、アジャイルはフィールの顔を焼き付けておくようにじっと見つめる。
「じゃあフィールさん。私はこれにて。いい茶っ葉、後程持っていきますので」
「二度と声かけないでっ」
徹頭徹尾そっけないフィールに、最後まで興味津々そうな顔を崩さないままアジャイルの姿が遠くなっていった。
■ ■
「……もう創られてしまったんやな。次の魔術人形が」
クオリアも検知出来ないくらいに距離を取った林の中、事の一部始終を見ていた魔術人形が三体いた。
“2.0”等という人間ならばとても付与されないだろう版数。
そのネーミングが、ローカルホストへ先行してきていた
「“2.0”は、“心”を定義した状態で製造されている。主人に対して、献身的になる様に、人間に都合よく……」
「……見ていて気持ち悪いわい」
淡々とした口調で話す茜色の髪の少女、シックスと、金と緑が混ざった爽やかな髪を垂らす老人口調の少女、マリーゴールドは困惑した表情を隠す事が出来なかった。
しかしこの三人の中で最も憤怒に囚われていたのは、間違いなく青髪の訛り口調の少年、ケイだった。
細目の中に、魔術人形には不釣り合いな激情が宿る。
「早く楽園を創らんと……版数が……ワイらみたいな
もう、“
これが、
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