第245話 人工知能、曲げられた心を見る

 一ヶ月前、クオリアはディードスに飼われていた魔術人形――エスを、“自らがやりたい事”を模索させるためにハローワールドに参加させた。

 同時、雨男アノニマスが魔術人形達を攫い、雨天決行レギオンとして活動させた。

 どちらも、魔術人形が“心”に目覚めたが故の話だ。


 あの一件で、クオリアは不変の結論に達していた。

 “魔術人形には、心がある”、と。


「“2.0”……エラー、そのような魔術人形の情報はない」

「ええ。一ヶ月前にリリースされたのが“1.0”。一昨日こうして試作型プロトタイプがリリースされましたからね。貴方が知らないのも無理はない」


 しかし目前に並べられた魔術人形“2.0”なる難問は、そのクオリアの結論に挑戦を挑んできていた。


「人類に、進歩を。アジャイル様に、成果を」


 合言葉のように、一人の魔術人形が抑揚ある言葉で口走る。

 直後、呼応して他数体の魔術人形の口が一斉に吊り上がり、“笑顔”で目を輝かせて鳴き始める。


「私は、早く“霊脈の中心”を調査したいです。“資源開発機構エバンジェリスト”の、人類の進歩に貢献したいです!」

「人間の歴史に、正当にして正統なる進化を! それこそが私達の至上の喜びです」

「役割を! 私達に役割を下さい!」

「アジャイル様! “資源開発機構エバンジェリスト”! 霊脈の調査を、霊脈の可能性を私達は実現したいです!!」

「アジャイル様! アジャイル様!」

「人類に進歩を! “資源開発機構エバンジェリスト”に新境地を!」

「やりましょう! やってやりましょう!!」


 魔術人形は、寡黙。

 そんなイメージを崩すには、おやつを待ち望む幼児の様な嘶きは十分だった。


「これが……魔術人形?」


 対抗していた騎士達も騒めく。経験豊富なラックさえも、唾を吞み込んで言葉を零す事しか出来ない。

 その言葉を、クオリアは淡々と否定する。


「否定。これは自分クオリアがラーニングしてきた魔術人形とは異なるパターンと判断」


 魔術人形の胸元、衣服の間に魔石を見た。

 そこから発せられる魔力の感触は大した変化がないにも関わらず、まるでアジャイル達の為に生まれ、アジャイル達の為に生きる事を“心”の底から望んでいるかのような振舞いを検出した。


「エラー。これは、“美味しい笑顔”ではない」


 確かに、“笑顔”だ。

 だが、スイッチで見た“虹の麓”に汚染された笑顔と同じように、クオリアの中でモヤモヤとした雲の様なノイズが、思考回路を埋め尽くす。


「停止」


 アジャイルが手を掲げて、その単語を口にした。

 それだけで、一斉に魔術人形達が動きを停止する。


「失礼。この魔術人形達には調。二の足を踏んでいる内に、どうやら待ちきれなくなったようだ。だが、私達“資源開発機構エバンジェリスト”の言う事には忠実に従います。絶対に保証します」

「……こんなの……ペットの犬じゃない」

「フィールさん。これが魔術人形のあるべき姿ですよ」


 自信満々に、アジャイルが背筋を伸ばす。


「主の指示には、相応の意欲と、最高級のパフォーマンスを持って成し遂げる。逆に主が待てと言えば待つ。それが魔術人形。道具の完成系だ」

「アジャイル。あなたは誤っている。魔術人形は道具ではない」

「クオリアさん。噂通り残念なくらいにロマンチストだ。いいですか、魔術人形は道具です。決して、エスなる魔術人形とあなたの関係の様に、友達みたいな感覚で居られては困る……雨天決行レギオンのように、いずれ暴走しますよ」


 確かに、“虹の麓”を実現する為に活動している雨天決行レギオンは、その行動を是とすることは出来ない。

 しかし、クオリアは同時に彼らの行動をこう認識していた。


雨天決行レギオンの行動は、暴走ではない。あれは魔術人形の個体達が、“心”を持ち、自らの要求を自覚したが故の行動だ」


 だが、言葉はアジャイルには届かなかったようだ。呆れた溜息が帰ってくるだけだった。


「それを暴走と言うのです。これら“2.0”は、その暴走を克服したバージョンです」

「説明を要請する。克服とは、先程の意欲的な魔術人形達の挙動と関連するものか」

「ええ。1ヶ月前のディードスの事件が、開発のヒントとなったそうです。あなたもその事件に立ち会っていたのですよね? カーネル公爵と共に」

「肯定」

「酒の肴にはなりそうな面白い話もありましたね。“魔術人形には心がある”という、クオリアさんの考えとか。道具に心があるなどと……フフ」


 嘲笑が暗にクオリアの結論への否定を示していた。

 アジャイルは知らないだろうが、“かつては人工知能を数多破壊してきた道具である”クオリアをも否定していた。


「……しかし“開発局”からすれば、“心”とは良い着眼点だったようです。ディードスの一件を魔術人形の責任者であるカーネル公爵から聞いた夜明起しアカシアバレー“開発局”は、ある結論を出しました。魔術人形の核である魔石の性質上、暴走を産み出す“心”なるものが生まれるメカニズムは拭えない。ゴーストなる存在も証明されましたからね――

「そ、そんな事が……出来るのか。いや、心の創造など、許されるのか」


 ラックを始めとした騎士達がざわついた。


「宗教上許されるのかどうかはともかく、私も“心を創る”なんてどういう理論でやってるのかは正直、疑問視してますがね。まあ、あの変態……開発局局長“ニコラ・テスラ”ならやりかねないでしょう」

「“ニコラ・テスラ”……?」

「なんでもヴィルジン国王の御友人だそうで。ただ科学者としては間違いなく天才ですよ。未来さき……そして“ニコラ・テスラ”は魔術人形の研究を更に重ねた結果、2.0

「状況認識」


 だとすれば、“開発局”と名乗る集団は。

 “ニコラ・テスラ”と名乗る科学者は。

 確かに“心”を開発した事になる。目を輝かせる魔術人形“2.0”を見ながら、クオリアはそう判断する。


「エラー。しかしそれは、心と定義する事は出来ない」


 しかしその“心”は、人間にとって都合のいい、偏ったコードで創られている。

 それこそペットの犬のように、主ありきのものだ。


「“心”は、他個体に強制されるものではない」

「ははぁ、随分と都合のいい解釈だ……例え恣意的であったとしても、この魔術人形“2.0”は心から望んで私に仕えようとしている。その“心”をあなたは否定するというのですか?」

「肯定。それは“心”ではない」


 例え自分で考えていたとしても。それが心から望んでいた役割としても。

 そんなものが『心とは何か』のヒントに、なって欲しくはない。


「哲学に興味は無いですがね……しかし、1.0旧世代の魔術人形とは、一線を画しています。これだけ観衆がいる訳ですから、2.0


 そう言うと、アジャイルは近くにいた魔術人形の少女を一瞥して、霊脈の中心の方向を差す。

 霊脈が噴き出ている風穴。その近くにある巨岩を示していた。


「“3号機”。お前の力を見せつけろ」

『ヴォイス』


 “3号機”。

 そう呼ばれた三編みの緑髪の少女の中心から、閃光とソプラノの四重音声が迸る。

 魔石内に閉じ込められた魔力の解放――“スキル”。


「要求は受託されました、――魔石回帰リバース!」

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