第244話 人工知能、魔術人形『2.0』を見る
「追いついた!」
ラックを含めた数十人の騎士と共に “霊脈の中心”に向かっていると、後方からフィールが僧衣のまま駆けてきた。
クオリアの横に並ぶと、ここまで全力疾走だったのか息を切らしながら顔を伏せる。
「フィール、何故こんな所についてきた!」
そんな娘を見て、ラックが苦々しい顔をして怒鳴る。
負けじと、フィールも食い下がる。
「だって霊脈の中心が脅かされてるって話でしょう!? そんなの無視できないよ!」
「お前はまた危ない所に首を突っ込む……スイッチの一件で何も学ばなかったのか!?」
「霊脈に何かあったら、ローカルホストの人達は生きていけない! それを無視してのうのうと家に閉じ籠ってるなんて、ユビキタス様に仕える修道女として天に顔向けできないわ」
「ちゃんと自分に出来る事を弁えろ! お前が来たところで何が出来る! 政治の世界に修道女が出来る事は何もない!」
「政治の世界には無くても、ここが人間の世界である以上! 身も心もユビキタス様に捧げた晴天教会の修道女として、出来る事を探すまで!」
「ユビキタス様の御言葉を言い訳にするんじゃない!」
「……祈りが人を救う事は、父上だって知ってるでしょう。ママの時は祈りが無かったから死んだ。父上の時は祈りがあったから……」
振り絞るフィールの本音に、一瞬ラックもたじろぐ。
「フィールは
「……勿論我々の騎士達に守衛させるが……娘が、本当にすまない。スイッチから君には本当に世話になっている」
諦めた様に肩を落としてラックが返事をする。
どちらの言い分も誤っていないと判断しつつ、クオリアはフィールと共にラック達の行進についていくのだった。
「あそこが霊脈の中心だよ。あの丘の洞穴から、霊脈が噴き出しているんだ」
フィールが“霊脈の中心”たる洞穴を指差した時には、霊脈たる翠光の曲線は川の様にクオリア達の横を擦れ違っていくのだった。
より元気づけられているような気がする。
人や動物のみが持っていて、人工知能が持たない部分を刺激されているような気がする。
霊脈は洞穴から呼吸の様に噴き出て、重力に従って地を這い、そして各方面へと河のようにゆるやかに浸透していく。“霊脈”の発生源が確かにあの洞穴の中にあるのは間違いない。
「ラック、説明を要請する。“霊脈”は何故この地点から発生しているのか」
「……空洞についても
『無能領主は霊脈を解放しろおお!!』
『ラック侯爵はユビキタス様の御意志に反し、霊脈を我が物にしようとしている!!』
霊脈に混じって飛び交う怒号の声。
丘を見上げると、百名規模の青年が霊脈の中心に押し入ろうと前に進み、同数の騎士がそれを押し返さんとしている。
ラック侯爵がその間に飛び入り、一喝する。
「今すぐ集会をやめろ!! 何の騒ぎだ!」
「……ラック侯爵! 霊脈を本当にこのローカルホストの為に使いたいのならば! 今こそこの霊脈をエネルギーとして扱う方法を模索するべきだ! “
「そうだそうだ!!」
青年たちも負けじと、武装した騎士相手に怯むことなく突き進んでくる。それを止める騎士達との間で拮抗状態となった。
「強力な魔力を認識」
「うおっ!?」
その最中、一点だけ紙吹雪の様に騎士達が弾き飛ばされ、空白が出来る。
慄く騎士の畦道を、集団の軽装から掛け離れた格好の一団が埋め尽くす。
黒いハットを被ったスーツ姿の男達と、彼らを取り巻く少年少女達が何事も無かったかのようにラックの方へ歩み寄ってきた。
クオリアが強力な魔力を認識したのは、その少年少女達だ。
肌で感じる魔力パターンと少年少女たちの挙動は、かつてラーニングしたある種類の存在と酷似していた。
「魔術人形を認識」
しかし、酷似しているだけで、エスや
茶を基調に空色のメッシュが入った前髪が、自信に満ち溢れた右目を隠していた。
ラックに対して反抗を起こしている集団を扇動しているのが、彼だと分かるくらいには堂々と前に出てきた。
「……どうも。ラック侯爵。いつもお世話になっております」
「“アジャイル”さん……」
礼儀をどこまでも探求したような物腰。しかし“アジャイル”と呼ばれた青年の挙動に、ラックに対する所謂“敬意”なるものを、クオリアには感じ取る事が出来なかった。
“アジャイル”の打算的な眼が、今度はフィールに向く。
「これはこれは、フィール様……心配しましたよ。戦いが始まったというのに、突如行方をくらましたと聞いたものですから」
「御心配どうも」
「この後御食事でもどうです? 先程興味深い茶葉を取り寄せましてね。きっと御口に合うかと」
「結構よ。私、お茶にはそこまで興味ないの」
「そう食わず嫌いなんてなさらず。晴天経典にも茶は神聖な飲み物として書かれてますよ? そういった歴史もある地からの特産物で――」
素っ気ないフィールとは正反対にべらべらと動くアジャイルの舌を、ラックが立ち塞がる事で止める。
「娘をナンパする為に、こんな騒ぎを起こしたのか?」
「いえいえ。
自身の後ろにさりげなく隠れたフィールに、クオリアは尋ねる。
「フィール。あの“アジャイル”という人間について、説明を要請する」
「……以前、別の地方でエネルギー源となる
最後の愚痴は余計だったが、だが重要なのはこのアカシア王国に産業革命を齎さんとするヴィルジンからの刺客、
「紹介どうも。逆に貴方は、もしや“ハローワールド”のクオリアさんじゃないですか?」
「肯定」
「これは、これは。私、ヴィルジン国王よりサーバー領の“
クオリアに警戒するでもなく、寧ろアジャイルの方から歩み寄ってきて、右手を差し出してきた。
「これは、“握手”という行為と認識」
「ヴィルジン国王のヘッドハンティングにも中々靡かず、一方で奇跡の様な錬金術を持つ男だと、
「状況分析」
差し出された綺麗な掌を見て、クオリアは一ヶ月前の居酒屋を思い出す。
ロベリアは心の底から世界の為を想い、クオリアならばその世界を成し得ると信じ、その掌を差し出した。決して社交辞令という人間特有の儀式ではなく、共に“美味しい”世界を目指して握手をした筈だ。
今はその途上で迷っているロベリアだが、差し出された掌に込められた値は、こんな軽いものでは無かった。
「あなたとの“握手”を拒否する」
「まあいい。貴方には実績がありますからね。多少は目を瞑りましょう」
両肩を竦めるアジャイル。
クオリアはそのアジャイルの後ろにいる魔術人形に目を向けた。
「説明を要請する。この魔術人形からは、これまで
「ほう。魔力の感受性が高いとは聞いていましたが、お目も高い」
魔術人形達が、アジャイルの隣に並ぶ。
無機質な瞳――ではない。完全にその瞳に生気が宿っていない、という訳ではない。
エスや
「私達は、魔術人形“2.0”です」
その声に、抑揚が籠っていた。
まるでアジャイルに使える事が至福の喜びであるかのような、満足感に満ち溢れた声だった。
「私達は、アジャイル様をマスターとしている事に“光栄を感じております”」
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