第246話 人工知能、魔術人形の心を再確認する

「“3号機”周辺の空気が、異常に振動している事を認識」


 威勢よく“3号機”が返答した直後、辺りの空気が揺れ始めた。微細な共振のせいで、モザイクが掛かり始めているのが見て取れる。


 振動が“3号機”の口に集約されていく。

 透明な靄の球体が形成されていく。

 霊脈たる緑光もその球体に攪拌されていく。

 人間を超越した魔術人形特有の強力な魔力が、振動の球体と混ぜ合わさっていた。


 クオリアじゃなくとも、周りの騎士も直感的にその破壊力を察する。

 超強力な振動の球体が集約された口は、アジャイルが示した霊脈の方向へ向かっていた。


「我らが“霊脈の中心”に何をする気だ!」

「待て! 早まるな!」


 ラックの制止も聞かず、故郷の象徴を破壊される事を恐れた騎士が駆けだした。

 霊脈の中心まで伸びた“射線上”に、勇敢とも無謀とも定義できる“心”と共に聳え立つ。


「最適解、算出」


 もう一つ、影が飛び出す。


『Type SWORD BARRIER MODE』


 その騎士達の動きも直前に把握したクオリアが、5Dプリントで荷電粒子ビームのバリアを掲げて、更にその間に立つ。

 


「スキル深層出力、刑酷音サイレントヴォイスを発動します!」

「強力なを認識」



 口から放たれたのは声ではなかった。音ですらなかった。

 無色の崩壊だった。

 ゾゾゾゾゾゾ!! と射線上の地面を掘削して塀を創りながら、霊脈の中心目掛けて“衝撃波”が突撃していく。

 地面も石も、全て粉になって消えていく。

 消えないのは、クオリアが前に掲げた荷電粒子ビームの傘と、クオリアと、その後ろで屈んでいる騎士くらいのものだった。


「状況分析」


 衝撃波が鳴り止んでも、クオリア達を取り囲むように放射状の塀がくっきり表れても、クオリアは魔術人形“2.0”から放たれた“スキル深層出力刑酷音サイレントヴォイス”をラーニングしていた。

 背後の霊脈の中心に繋がる風穴に損傷は無い事も、特に見ずとも認識しつつ。

 その隣に在った巨岩が、跡形も無く消え去っている事も認識しつつ。


「こんなの……“使徒”級じゃない」


 あまりの破壊力に、ラックやフィールも開いた口が塞がらないのも認識しつつ。


「ディードスにいた時点の魔術人形を非常に上回る“スキル”を出力している事を認識。これは――」


 と言いかけて、クオリアは状況分析結果を口に出すのを憚った。

 これは、“あの心に目覚めた時点のエスに匹敵するエネルギー量だ”、と。


「ニコラ・テスラ曰く――“心とやらが暴走のリスクの根源でもあれば、魔術人形のパフォーマンスにプラスの影響を及ぼす一面もある”……どうです? これが魔術人形“2.0”が出せる“心”とやらの力ですよ」


 “3号機”をラーニングしていたクオリアに、アジャイルが実験の結果でも聞くかの足取りで近づく。

 そんなアジャイルに苛立った背後の騎士を検知し、クオリアが手で二人を通さぬ様制する。


「そんなに警戒しなくても。レクリエーションですよ……我々も“霊脈の中心”を破壊されては困るのは分かるでしょう?」


 深く残った辺りの傷跡を認識し、アジャイルの軽い雰囲気との矛盾を指摘する。


「あなたが魔術人形に指示したレクリエーションという行動は、非常に危険度が高い」

「危険度が高いという事は、戦闘時の有用性については理解いただけた、という事ですね? 例えば“げに素晴らしき晴天教会”の正統派を名乗る狂信者達が攻めてきても、仮に相手が“使徒”であろうとも、十二分に戦えると」

「現在は、“使徒”を基準として適用していない」

「適用するべきですよ。現在、目下、喫緊に迫ったこのサーバー領存亡の秋ではありませんか。スイッチでの“正統派”の撃退に気分を良くし、このローカルホストはどうも戦時中ということを忘れるくらいに牧歌的だ。ランサム公爵とルート教皇がこのローカルホストに来るのでしょう? 交渉とやら上手くいくといいですが……しかしキルプロが死んだとはいえ、“正統派”は未だ世界を掌握できる力を残している」

「アジャイルさん、何故その情報を……」

「このようなお話を秘密になさるとは、領民を信用していない証拠ではありませんか?」


 ラックが眉を顰めた。

 ランサム公爵達が来るのは、ラックやクオリア等、ほんの一部しか知らない筈の情報だ。完全な部外者であるアジャイルが入手している事からしておかしい。


「しかし魔術人形を始めとした戦闘力、そして我ら“資源開発機構エバンジェリスト”を始めとした技術力と知識ならば! 野蛮な“正統派”の連中からも、このローカルホストを、このサーバー領を、そして脈々と受け継がれ、流れ続けてきた霊脈を守り、更なる発展を遂げさせることが出来る! いつまでも古き生活に固執せず、世界中の誰もが貴族のような生活を享受できる時代がやってくる! 今私に賛同してくれる皆様方がその先導者イノベーターだ」


 アジャイルが声高に叫ぶと、先程からラックに対して反旗を翻していたローカルホストの青年たちも、呼応して声を上げる。


『ラック領主では霊脈の真の価値を実現できない!』

『このままではユビキタス様に、我々ローカルホストの住民が思し召しを頂くことは無い!』

『俺達が世界を次のステージに進めてやるんだ! 先導者イノベーターとなって!』


 アジャイルの背景となってラックに敵対的な目を向けて怒号を浴びせる若い領民達。

 クオリアは特段脅威に感じないその連中を見て、状況分析結果を出力した。


「あなた達も、魔術人形“2.0”のように“心”がアジャイルに支配されていると認識」

「なに!? 俺達を人形と同じだというのか!?」

「何もわかっていないくせに……子供のくせに、さっきからしゃしゃり出てきやがって……!」


 若者の一人が、クオリアの胸倉を掴もうとした。

 途端、とん、と。

 次の瞬間には、右から左へクオリアの掌がその強張った顎を突き抜けていた。


「あなた達の発言を肯定、あるいは否定するには情報が不足している。しかしもし暴力的な行動に出るならば、先程の様に無力化を実施する」


 脱力して気絶する若者を見て、他の領民達もそれ以上進もうとしていた足を止める。白目を剥いた顔を見て、フィールも情けないと言わんばかりにその瞼を細める。


「支配じゃなくて、洗脳されてるのよ……考えをアジャイルに依存してるだけ」

「フィール、説明を要請する。“洗脳”とはどのような意味か」

「このアジャイルって男、前々から街の若い人たちに、啓発活動を続けてたのよ。世界の創生、次世代の生活、先導者イノベーターとやらになる事の素晴らしさみたいなのが、この人達には何かかっこよく響いちゃったんでしょうね」

「状況理解。“げに素晴らしき晴天教会”に所属する人間と同じ状態と認識する」

「いや違うからね。サーバー領の“げに素晴らしき晴天教会”は違うからね」

「肯定。少なくともあなたの活動は、先導者イノベーターと定義される彼らとは違い、純粋な“美味しい笑顔”への目的がある」

「……あ、まあ、それは」

「“がん、ば、ろう”」

「お、おう、おう……! この会話のタイミングで応援を受けるとは思わなかったけど……」


 急に発生した、たどたどしいクオリアなりのエールが、フィールの挙動に影響を与えたようだ。少し赤くなった顔をそっと逸らしては、むず痒いような反応を見せる。

 一方アジャイルは、そんな少女らしさにどこか陰のある息を吐くのだった。


「成程。クオリアさんの言葉には靡く訳ですね」

「別に靡いてないし……アジャイルには関係ないでしょう?」

「しかし私は貴方にこそ、霊脈をエネルギーとするこのプロジェクトに参画してもらいたかったのですがね。共に先導者イノベーターとなって、新しい世界を創っていきたいと思っていたのですがね」

「お、こ、と、わ、り。エネルギー化とやらをした霊脈を他方に売って、それで金儲けするって事でしょ? 生憎。私はそんな卑しい事してる暇ないわ」

金儲けビジネスの面は否めません。しかし金があればこそ、また新しい事業に投資する事が出来るという事をお忘れなく。これは、“晴天経典”の教え的にも正しいのですよ?」

「なんですって? というか、貴方“晴天経典”読めたの?」

「金儲けの結果、ブクブクと豚になるだけならユビキタス様の怒りも買いましょう。実際“正統派”はそういう奴らが多い。しかし私は違う。得た金で、また別の事業を起こします。世界を良くする事業は晴天経典曰く、“善行”に当たる。善行たる事業を行い続ければ、晴天経典風に言えば私はユビキタス様の下へ召される訳です……あなたの奉仕活動と、何か違いがありますでしょうか?」


 このアジャイルの言には、フィールどころかラック達も何も言い返せなかった。

 クオリアも、今の所アジャイルのしようとしている事のインプットが少ないのはあるが、アジャイルの言う事を全て否定している訳ではない。


「では、話を戻しましょう。世界を良くする“善行ビジネス”の話です」


 アジャイルは満悦そうに“事業”の全貌を語るのだった。その立役者となる魔術人形“2.0”である“3号機”の肩をポンと叩きながら。


「この魔術人形には、この“霊脈の中心”たる空洞の調査を実行するための役割を与えています。普通の人間ならば空洞の中で高濃度の霊脈によって中毒死しますが、魔術人形ならばその心配も無く霊脈の根源を調査する事が出来ます」

「はい。私達の役割は、霊脈の調査です」


 嬉しそうに“3号機”は自身の役割を反芻した。

 一方、アジャイルはどこか責めるようにラックの顔を見る。


「だがラック侯爵。あなたはその調査の許可もくれない。霊脈管理の権限譲渡もしてくれない。あなた方では、ただ霊脈を持て余すだけでしょうに」

「……」

「ラック侯爵。さあ、2000年もの間、燻っていた文明を一気に進化させる産業革命が、あなたのせいで停滞しています。何故足踏みする必要があるのでしょうか」


 ラックに反対する百以上の眼光。

 しかし、クオリアから見てラックは一切慄いていない

 大樹のようにどっしりとラックが領主としての返答をする。



「……理由は簡単だ。アジャイルさん。君の言う“善行”の通り、霊脈を“資源開発機構エバンジェリスト”に渡したら



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