第241話 人工知能、王女姉妹の喧嘩を見る②

 サーバー領の首都、ローカルホスト。

 スイッチと同じく天然の山林に恵まれた地。

 サーバー領の首都である割には、交易拠点であるスイッチよりも質素な印象をクオリア達は受けていた。その質や絢爛豪華で言えば、確実に王都の方が優れている。


 しかし車窓から顔を出すクオリアは、ローカルホストの人間を観察し続け、結果王都の人間より勝っている部分を見つけた。


 顔色が良かった。 


「人間認識。人間認識……“美味しい”が備わった笑顔を検出」


 小雨に負けず、鍬を両手に畑を耕す青年も。

 まだ緑色のレモンの実が成る果樹を見上げる老年も。

 雨粒の音鳴らす、屋根付きの飲食店で騒がしく話しながら食べる騎士も。

 “げに素晴らしき晴天教会”の建物から祈りを終えて出てくる司祭も。


 皆、活き活きとしていた。

 “美味しい”が多かった。


 ……少なくとも、“虹の麓”で笑顔を強制された人間よりも。


「ホントにここは来る度思うけど、幸福度番付みたいなのがあったら多分相当上位に食い込む雰囲気よね。作物が豊かなのもあるだろうけど、ラック侯爵の統治は流石と言わざるを得ないわ」


 スピリトも認める馬車からの人間風景。それを聞いてフィールが首を横に振る。


「父は言ってるわ。自分は特別な事は何もしていない。ただユビキタス様に愛しまれるよう、どうすれば領民の為になるのか、先祖代々から続く霊脈を守るにはどうすればよいかの知恵を絞っているだけだって」

「それを出来るのが名君だって言ってんのよ……そんな人が父親だなんて、羨ましい限りよ」


 と、国王が父親のスピリトが馬車に揺られながら感心する。

 一方でフィールは小さく笑い、両肩を竦める。


「ま、私からすれば信仰ってのが何もわかってない男ですよスピリト姫。それでいて娘のやる事なす事に一々いっちいち文句小言ばかりで……おっと」

「あっ」


 フィールが馬車の揺れで転びそうになり、アイナとの距離が狭まった。

 その瞬間、フィールの胸元に下げられた太陽のペンダントを見て、アイナの表情が硬くなる。


「アイナ、あなたの挙動に異常が再度検出された」

「ご心配をおかけして申し訳ありません、私も馬車の揺れで驚いて……」


 誤魔化しきれていない“かつて兄が断頭された事へのトラウマ”の片鱗をアイナが見せた所で、彼女に同情するように馬車は止まる。

 馬車から降りると、サーバー領領主ラック侯爵の屋敷が広がっていた。

 街の景観を壊さない程度に主張を控えた、しかし大樹のようにどっしりと構えた、少しだけ広い建物だった。



          ■         ■


 屋敷内の応接室。

 普段は政治的な口論が行われるこの場所には、現在三人の人間がいる。

 この屋敷の持ち主であり、領主であるラック侯爵。

 ロベリアの妹、スピリト。

彼女を師匠モデルとするクオリアである。


三人で、ロベリアの到着を待つ。


「君達二人だけで良かったのかい?」

「肯定」


 ラックの質問に、クオリアは首肯した。

 少し不安定なアイナを、いきなりロベリアに会わせるのはリスクが大きい。彼女は今、エスと共に客室にて休ませていた。


「私達の心配も嬉しいけどさ、ラック侯爵は別の事考える必要あるんじゃない?」


クオリアの隣で、スピリトが隣で腕組をする。


「あのハルトを人質に、ランサム公爵と交渉する気なんでしょ? その旨の連絡をランサム公爵に寄越したって聞いてるわよ。それもお姉ちゃんの指示?」

「いや。それは私の判断だ。交渉に有利なカードがこちらにある以上、向こうに準備や、考えさせる時間を与えたくはなかったからね」


 まあ、恐らくロベリア王女もそこまでは読んでいるだろうし、同意見だろうとラックが付け加える。


「……明日には、ランサム公爵と“ルート教皇”がここに来る」

「……あのルートまで?」


 スピリトが眉をぴく、と震わせた。


「教皇が直々に来るのは想定外だが、裏を返せば教皇相手に有利に交渉を進め、教皇との合意結果を各地に知ら占めれば、いかに“正統派”の連中とて状況を覆すのは困難になるだろう。仮にも教皇が認めた内容に背いて、破門なんてされたらたまったモノでは無いからな……教皇の合意が建前でも、充分な威力になる」

「ランサム公爵やルート教皇が、ハルトを奪還するための行動を取る可能性がある」

「あるだろうな。ハルトの護衛は強化しなければならない。あれを奪還されたら、我々は終わりだ」


 キルプロの父親である以上、クオリアはランサムの戦闘力も高く見積る。彼も“使徒”である情報はインプットしている。もしこの街の中心で“使徒”がその力を発揮すれば、間違いなく取り返しのつかない被害が発生する。

 クオリアはそのリスクを懸念していた。


「ま、いずれにしろお姉ちゃんを止める有意義な時間は今日しかないって事ね」

「……」

「クオリア?」

「状況分析……」


 ふと、演算していた。

 『これまでクオリアが“脅威”と定めた存在は、どこから誤っていたのだろう』

 そんな問いを。


 きっと最初から誤った存在ではなかったはずだ。

 最初は小さな誤りだったのかもしれない。そこから雪だるまのように“エラー”は膨れ上がり、いつしか誰かの“美味しい”を奪う脅威と成り果てたのだろう。

 最初はただの傭兵で、いつしか王都の破壊に与していたマインドの様に。

 最初はアイナの兄で、いつしか世界を憎む亡霊となったリーベの様に。

 最初はただの落ちこぼれで、いつしか人型自律戦闘用アンドロイド“シャットダウン”に回帰しかけたクオリアの様に。


 ロベリアも、そうなりかけている。


「ロベリアは翌日の“交渉”に対しても行動を起こす可能性が高い。しかしロベリアが誤った行動をすればするほど、ロベリアは“心が死ぬ”」


 ロベリアは、“握手”を交わし、クオリアをサンドボックスの外へ導いてくれた存在だ。守衛騎士団“ハローワールド”という役割をクオリアに与えてくれた存在だ。

 決してままごとではなく、世界が“美味しい”に満ち溢れるにはどうしたらいいかを、ずっと真剣に考えてきた少女だ。そんな彼女が世界の脅威になる事を、クオリアは断固否定する。


「勿論。そんなことはさせないっての。この私が」


 スピリトも深く頷く。

 直後だった。応接室に、合図の如くノックの音が飛び込んだ。

 開いた先で、ロベリアがニコリともせずに応接室を一望した。


「あれぇ? ラック侯爵、言わなかったっけ? 妹やその仲間達が来たら追い返せって」


 台本を読むようなスムーズさでロベリア。

 その視線はラックを睨む……というよりはクオリアとスピリトから逸らすように動いていた。


「今サーバー領は“正統派”に囲まれている状態だ。下手にサーバー領内をうろつかれるより、ここで保護した方が良い。ロベリア姫としても妹君が目の届く場所にいた方がいいのでは?」

「成程。流石ラック侯爵。私の弱点分かってんじゃん」


 そこを突かれちゃ返す言葉も無いね、とラックが口にした“建前”に小さく笑って溜息を吐く。

 そんなロベリアの仕草を、過去のもの王都にいた頃と照らし合わせる。


「ロベリア。あなたの挙動に異常が発生している」

「うーん。長旅で疲れてるのかな。馬車ってさ、いつまでも慣れないんだよね」


 自らの肩を揉むばかりで、クオリアと目線を合わせようともしない。


「ロベリア。あなたは、挙動を偽っている可能性が高い」

「二人とも、ここでの役割は無いから王都に戻りなよ。この辺の霊脈綺麗だから、観光しながら帰ってね」


 ロベリアから戻ってきたのは返事ではなく、一方的な指示だった。

 確実にいつものロベリアではない。五感から取得できるロベリアの全てに、ノイズが掛かっている。

 

 いつもの天真爛漫さがどこにもない。

 ぎこちない、機械の様な印象だけだ。

 まるで、あのハルトを取り巻いていた“嘘”というウィルスが伝染したかのようだ。

 ただ、どこか摩耗した心の反応が僅かに検出出来るだけ。


「要請は拒否する」


 そんな状態のロベリアを、当然放っておく選択肢はクオリアには無い。


「説明を要請する。ロベリア。あなたは何をしようとして――」


 スピリトがまるで二人の会話を遮る様に、クオリアの前に掌を掲げた。


「クオリア。君も“らーにんぐ”してね。大事な人が間違った道に行きそうな時にどうすればいいかって奴」


 スピリトはそう言うと、ロベリアの前まで歩いて見せた。

 アカシア王国。第二王女と第三王女。

 姉妹は、互いに向き合う。

 ロベリアが何かを言う前に、スピリトが口を開いた。


「お姉ちゃんが考え無しに単独行動取らない人なのはよーく知ってる。一人でサーバー領に来たのも、雨男アノニマスと結託してんのも、多分私みたいな剣と拳だけの単細胞には凡そ推し量れない事情があるんでしょ」


 一見ロベリアを慮るような発言。

 だがその下で、


!! お姉ちゃん側にどんな言い分があろうと!! いの一番にこれだけやらせてもらうっ!! !!」

「……!?」


 


「師匠から学んだこと。一つ目。朝はまず『おはよう』から始める」


 決して全力ではない。少し頬が赤くなる程度のエネルギーしか、スピリトの拳打には込められていなかった。

 しかしその右手に押し出されるように、ロベリアが後ろへ滑り引きずられていく。


「改めておはよう。眼、覚めた?」

「……スピリト」


 僅かに、ロベリアを包んでいた“ノイズ”が消失した事を認識した。


「で、師匠から学んだこと、二つ目。身内が道を踏み外しそうになった時は、頬の一つでもぶん殴って目を覚ましてやる。それやるのが、家族ってもん」

「“大事な人が間違った道に行きそうな時にどうすればいいかって奴”の手法を登録」


 また一つ学習ラーニングするクオリアの前で、スピリトがロベリアの胸倉をつかみ上げて立たせた。


「一人で勝手に、こんな大事持ち運ぶなっての!! この後何を説明されようと、それだけは絶対に許せない!!」

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